変貌のオリビア 2
「で、依頼はこの女の暗殺で間違いないかしら? 綺麗な人ね」
無事に依頼者の家へ到着した二人は家に招かれ、応接室で机を挟んで向かい合っていた。机には依頼の女の写真が何枚も並んでいるがどの写真の顔も異なっている。その横には資料が煩雑に置かれており、市長が調べたと思われる女の行動や情報がまとめられていた。
「あ、あぁ。そうだが。ダリルさんは大丈夫なのか?」
ニコニコとほほ笑みながら話を聞くシェリーとは対照的にダリルは心ここにあらずで、だらだらと冷や汗をかいていた。
「くすっ。ダリルは少しお疲れなの。仕事はしっかりやるから大丈夫よ」
「そうか。ならいい。こいつはオリビア・ロング。11人の男を殺した連続殺人犯だ。どいつもこの女の美貌に惚れて、金をしゃぶりつくされた後に殺されてる。顔を変える魔法を持っていることが厄介だ。魔対に逮捕されて死刑を待つ身だったが、我が身可愛いらしい。ただ奴を野放しにすれば、また殺人は起こってしまう」
「美しさを使って男の人を殺すなんて酷いわね。サクッとやっちゃいましょう」
「あ、あぁ。だがよ。市長さん。人を殺すってのはあんたの人生に刻み込まれる。あんたが直接手を下したわけじゃなくてもな。実際夢に出てくるって奴もいる。覚悟は出来てるんだな?」
まだ肩で息をするほど、気持ち悪そうにしているダリルが眼光鋭く依頼人を睨んだ。ごくりと唾を飲んだ依頼人は睨み返して、胸を張って言葉を放った。
「もちろんだ。この街でこれ以上の命が奪われるのを黙っていられん」
「ならいい。今すぐにでも殺しに行こう。死体は?」
「や、殺るなら夜の方が良いのではないか? この辺りは繁華街だ。昼間は人通りも多い」
ダリルはピクッと眉を動かした。シェリーもくすくすと笑っている。
「…なら夜にしよう。夜に寝床でも狙うか」
「死体については任せる。だが奴を恨む者は多い。海に流すなり、土に埋めるなりしたほうがいいだろう。とにかくバレないようにやってくれればいい」
「任せてくれるなら大丈夫だ」
交渉を切り上げた二人は依頼人の家を出ていた。その後はシェリーの望み通り、街の観光に躍り出た。
「私はあのパンケーキが食べたいわ」
「おお。仕事の前には甘いものを食べないとな」
「甘いものを食べると頭が働くわ」
二人は繁華街の中でも賑わうパンケーキ店に入った。女性客やカップル客で溢れかえる店内は明るいBGMと笑顔の店員が出迎え、シェリーのテンションは上がっていた。
「私はこれにする。生クリーム大盛りよ。あとフルーツジュースもお願いするわ」
「お前、よく甘いものと甘いもので食べられるな。あ、パンケーキとブラックコーヒーで」
注文を終えた二人はパンケーキが運ばれて来るまで、店内を見回した。シェリーはダリルの後方、ダリルはシェリーの後方を頭を動かさず、目線だけで客一人一人の顔や後ろ姿を見ていく。
「いたわ」
「そうか…食ってる間も目離すなよ」
小さな声で囁いた。
シェリーが何かを見つけた。視線の先にはシェリーから見て、右隅のテーブルに座り、1人でパンケーキを食べる女性が映っている。美しい金色のボブカットの後ろ姿だ。この店内で1人客は珍しかった。それだけに少し浮いて見える。
「本当に行きつけの店なのね。ダリル」
「あぁ。ここのパンケーキは絶品だ。頼んだのはメニューはどれだっけ?」
「この一番右のよ」
会話に混ぜ込みながらダリルも的の位置を知る。
「お待たせしました~」
メニューを開いている所でちょうどよくパンケーキが運ばれてきた。二人はナイフとフォークでパンケーキを切り分け、口に運んでいく。その間もシェリーの視線が女から外れることは無かった。
器用に生クリームをナイフで掬って、パンケーキに塗り付ける。食べ慣れないパンケーキでも生クリームを唇や頬に着けるお茶目はしない。
ブラックコーヒーがパンケーキの甘さを中和して、程よい味が口の中で蕩け合う。ふと仕事の事を忘れてしまっているようだ。
味わうダリルに呆れたシェリーが催促した。
「ダリル、味わいすぎよ。ほら食べ終わったなら出るわよ。もう向こうも出るみたい」
「すまん」
ダリルは手を合わせて謝った。すぐに席を立ち、当然のように支払いを済ませる。意外と高いなと内心驚いたダリルである。
店を後にした二人は女を追う訳でもなく、目的地も決めずに歩き始めた。
「シェリー、ちゃんと魔法はかかってるな?」
「ばっちりよ。うーんやっぱり綺麗な人ね。少し殺すのが可哀想だわ」
「その顔もどれだけ魔法で変えた顔なんだか。本当の顔はどんなものだろうな。とはいえ魔対、魔術犯罪対策課から逃げ出してるんだ。見破られないようにしろよ」
「私の位置特定魔法が見破られたことなんかないわ。安心して頂戴」
シェリーはダリルを見上げてにやりと笑って見せた。
「そうだな…」
過去を思い出しながら頷く。
「あ、誰かと接触してるわ。男かもね」
「ったく。こりゃ様子見じゃいられないな。追うぞ」
ダリルは頭を掻きながら歩き始めた。
「ちょっとそっちじゃないわ。勝手に行かないで」
シェリーに方向を正され、そうだったと踵を返して、シェリーについていく。彼女の魔法は他の誰かと共有は出来ない。彼女の脳内にだけ提供される情報だ。
「やっぱり男ね。逆ナンってやつ? 私もやってみたい」
「お前じゃロリコンしか引っかからねえよ…いだだだ!」
失礼な物言いにシェリーが少しお返しをした。脇腹を抓ったのだ。すぐさま抓る手を弾いたダリルだったが残る痛みに悶えていた。
「こっちよ」
シェリーは脳に映る位置情報を基に女の元へ導いた。繁華街の人混みを掻き分けて走る。何分か追いかけた後、シェリーが急停止した。
「ちょっと待って。的が止まったわ。ここ…家かしら。広くて良い部屋ね。綺麗な照明と大きなベッドがあるわ。ワンルームかしら。それにしては家具が少ないわね」
「男を連れ込んだわけか。ったくシェリーの教育によろしくない」
「私はもう大人のレディーよ。ちょっと成長が遅いだけ!」
「で、どこだ」
「もう少し先の建物ね。あそこよ」
シェリーは一つの建物を指さした。そこは世界が統一された今では王都以外では見ることも無くなった城の形をしている。ダリルはその指先を追って、建物を視認すると一つため息をついた。
「まだ昼だぞ。お盛んが過ぎる」
「綺麗な場所に住んでいるのね、女王様なのかしら」
「いや違う。悪いね市長さん、犠牲者が出ると不味いんで先に殺させてもらおう」
「えぇ。そうね。ここからはお願いするわ。部屋の番号はえっと…202ね」
「了解…」
ホテルの前で会話を終えた二人は、二手に分かれた。シェリーは近くの塀に腰掛けて、バッグから漫画を取り出して読み始める。一方のダリルはいつの間にか姿を消していた。
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