新興宗教 天生教 3
「まあ堅苦しい挨拶から入ろうか」
1人だけ椅子に座った男は凄まじいオーラを放っていた。顔を斜めに横断する刀傷がそう思わせるのか、鋭い眼光を放つ三白眼の目がそうさせるのか。クロフォードと思しき男は3人をその気がなくとも威圧していた。
「私が依頼人のマイルズ・クロフォードだ。クロフォードファミリーのボスでもある。そして後ろにいるのが私の組員でもあるアサシン組織シャドウ・セイバー。先日は彼等が世話になったようだね。申し訳ない」
「いや、大丈夫です」
ダリルも思わず、喉が渇いて声が出なくなるほどの威圧はシャドウ・セイバーの皆々にも伝わっているようで、全員が手に汗を握りしめていた。
「君がダリル・エルズベリー、そしてそっちの小さい子がシェリー・コールだね。そちらのお嬢さんは?」
「お、オリビア・ロングと申します。今は彼等の元で世話になっていて…」
「そうか。まあ人手は多い方が良い。座りなさい」
クロフォードに促されて、3人はクロフォードと対面するソファに座った。そしてクロフォードの後ろにいたシャドウ・セイバーの内4人がダリルたちの後ろへ回った。
「まあ一応ね。これから依頼することは君たちにとって少しショッキングなことかもしれない。いいかな?」
「えぇ。だいたい見当はついてます」
「結構。では本題に入ろう」
そうしてクロフォードは依頼内容を話し始めた。
「電話口でも話した通り、私の依頼はシェリー君を生み出した新興宗教の魔法研究施設に関わる者の排除だ。その前に宗教について説明しておこうか。彼等の宗教は天生教と言う。およそ30年前から活動を開始している。彼等の目的は一貫している。天国へ行くことだ。天国へ行くことでこの世の理から外れ、全ての苦しみが解決すると考えたらしい。天に生まれ変わる教団で天生教だ。ただ天国へ行くには死を待つ必要がある。彼等の共通認識では自死を選んだものは必ず天国へは行けないと言う認識があった。だから自死ではなく迅速に天国へ到達する為にある魔法を生み出す必要があった」
「転移魔法…ですか」
「その通り、シェリー君が持っている転移魔法こそが奴等の狙いだった。転移とは簡単に言うが、人をどこか違う場所に移動させる訳では無い。まったく別の次元、別の世界へ送り込む魔法だ。この世には存在しない新たな魔法を生み出す為には多くの犠牲を伴った。彼等は子どもこそ純粋無垢で天に近い存在だと考え、魔力が強く、実験に耐えうる子どもを大量に拉致した。そしてそのほとんどが残虐な実験に耐え切れず死に絶えた。だが一人だけ実験に耐え、その能力を開花させた子どもがいた。それが…」
「…わたし?」
「らしいな」
「あとは君も知っての通りだ。シェリー君は転移魔法を使いこなす様になっているようで少し安心したよ。無差別に使われては世界が滅亡してしまう」
「この孔は死者にしか反応しません。それに死者をこの世界に再度転移させることも出来ます。そうした場合、死者は再錬成され、再び生を受けることが出来ます。これは仮説ですが、恐らく別世界へ送られた人々も恐らくは…」
「生き返っているか。なるほど。面白い。奴等が生み出した魔法も存外悪くないようだ。ただそれに伴う犠牲は看過されたものではない」
「随分とお詳しいですが、天生教と何かご関係が?」
「あぁ。私の妻がね。私が家庭を顧みなかったばかりに妻は天生教へとのめり込み、あろうことか私たちの子どもを実験台として差し出した。子どもは亡くなったよ。そして妻も10年前の事故で行方不明のままだ」
「10年前ってことは…」
「あぁ。妻は魔法研究施設の職員だった。私は失意のどん底に落ちた。妻も子供も失い、生きる理由を失ってしまった。それから私は街からこの森へ引っ越してきた。それから私は天生教への憎しみで動いたよ。彼等のことを徹底的に調べた。その過程で君たちのことも知ったんだ。そしてようやく尻尾を掴んだ。彼等はまだ研究を続けている。以前よりもさらに山奥でひっそりとな。これ以上奴らを生かしておくわけにはいかない」
「なるほど。お話はよく分かりました。ここまで話してくれたので、こちらから聞くことはありません。我々は仕事へ向かいましょう」
「あぁ。シャドウ・セイバーも同行させる。山奥までは車で移動するが、数時間はかかる長旅だ。しっかりと準備は整えておいてくれ」
話が終わるとクロフォードは席を外し、部屋には3人とシャドウ・セイバーの面々だけが残った。ハワード以外の面々の名前は知らない3人はお互いに自己紹介を行った。それぞれが違う魔法を持っており、活躍の場、リーダーは仕事ごとに適宜変わるシステムらしい。そして今回のリーダーがハワードである。
「今回のリーダーは俺だ。クロフォード様が戻ってくる前に一連の作戦の流れを説明しよう」
ハワードはそう言いながら大きな地図を用意した。目指す山奥にある研究施設を中心に据えた地図である。ハワードの説明では、3手に分かれ、研究施設を目指すようだ。
「三手に分かれる理由は2つある。1つ目は敵の妨害が考えられるためだ。我々の力を持ってすれば敵の総力は恐るべきほどではない。どこか1部隊でも施設へ到着すれば殲滅できる。2つ目はシェリー君の保護をする為だ。恐らく敵はシェリー君を狙ってくる。三手に分かれることで敵の戦力を分散させる」
東、西、南の三方向から施設のある付近まで上り詰め、そこで合流した後、一気に施設を叩くという作戦が最も上手くいった場合の作戦である。一方でどこかの部隊が施設まで到着できなかったとしても、残った部隊で敵を殲滅する作戦も用意されている。
「分かった。じゃあこれで行こう」
「私は役に立たなそうね。直接戦闘向きの魔法じゃないし」
「そうとは限らない。向こうは山奥に陣取って、索敵や近辺の監視も密に行っている。正直行って我々の接近はバレると思った方が良い。そしてその中に以前、天国へ行くための魔法を体現した少女がいたらどうか。真っ先に狙いに来るだろう。そこでオリビア君の魔法が役に立つ」
「シェリーに成りすますってこと?」
「そうだ。勿論我々が護衛する。だが危険であることに変わりはない」
「大丈夫よ。向こうはシェリーを取り返すつもりで殺すつもりはないんでしょ? そんな奴らは首をナイフでぶすりといってやるわ」
「その心意気があれば大丈夫だな」
「話は済んだか?」
話が落ち着いたところでタイミングよくクロフォードが部屋に戻って来た。小さな黒目の鋭い視線が全員に刺さり、硬直させた後、定位置の席に腰掛けた。
「私から選別と言っては何だか、魔力回復薬や腹を満たす食べ物を用意した。長旅で疲れるだろうから食べてくれ」
大量のパンやレーションなど旅で食べられる携行食が用意されていた。班ごとに食べ物を分け合い、手を振って見送るクロフォードを背に研究施設へ向けて出発した。
班分けはダリル、シェリー、ハワードともう一人の一班。オリビア、シャドウ・セイバーの4人の二班、最後にシャドウ・セイバーの4人で三班と分かれた。
一班は、ハワードの運転の元、ダリル、シェリーを後部座席に乗せて長い旅路の始まりを迎えた。