プロローグ
ご覧いただきありがとうございます。
「今回の的も弱かったわ」
「何もやってねえだろ。死体処理しといてくれ」
「分かってるわ。また会いましょう。可哀想な貴方」
雨音が響く夜の繁華街。雨、人々の声、全ての音が死の音をかき消した。長身でぼさぼさの髪、手にナイフを握った男は、その場に座り込んだ。雨で濡れたコンクリートに座ったせいで尻が濡れる。だが既に全身濡れ切っていた彼等に関係は無かった。
ここは繁華街のビルの屋上。下を覗き込めば、傘を差した人々が酒だ女だと闊歩している。彼等の殺しは場所を選ばない。たまたまビルの屋上であっただけで、どこであっても完全なる殺しを実現する。それが仕事だ。
「さて報告へ行くぞ。暗殺速達便をご所望のお客様だ。夜だろうが報告は早い方が良い」
「眠いわ。それにこんなにびしょびしょじゃ風邪引いちゃう」
「じゃあ一人で家に帰って寝てろ」
「それは嫌よ。一人は嫌」
二人は軒下まで移動し、美少女はびっしょりと濡れた腰まで伸びた長髪を雑巾のように搾る。溢れるほどの水が地面に滴り落ちた。男もタオルで髪を包み、美少女にもまた別のタオルを渡した。
「さて雨が止むのを待ちたいところだが、我慢して依頼人の家まで戻るぞ」
二人は鞄を頭に乗せて、出来る限り雨で身体が濡れるのを防ぎながら走った。そして目的地に幢ちゃうくするなり、チャイムを鳴らし、家へ押し入る様に入った。
「いやはや仕事が早くて助かる」
依頼人は白髪に眼鏡。そして長い髭を蓄えた紳士だった。こんな紳士風の男ですら殺しを依頼するのはこの世の競争社会を現している。
「それが仕事なんでね。出来ればシャワーでも貸してくれると助かる。うちのチビが風邪ひくと困るんでね」
「あぁ勿論だ。自由に使うといい」
「ありがたい。シェリー、行ってきな」
シェリーと呼ばれた美少女はこくんと頷いて、シャワールームへ案内されていった。
「で、しっかりとやってくれたかね」
「えぇ。死体は絶対に見つかりません。見つかったら契約通り全額返金しますよ」
「ならいいんだ。ダリルくんに頼んでよかったよ。流石は最強と呼ばれるアサシンだ。その分、金はかかるがね」
「死体の完全隠蔽。それはうちのウリですから。企業秘密、知りたいですか?」
ダリルと呼ばれた男は口元に人差し指を当てて、ウインクをしてみせた。
「知りすぎると私が消されそうだ。遠慮しておくよ」
「さて、報酬は振り込みでお願いしますよ。シェリーの準備ができ次第、我々は帰ります。」
依頼人は驚いた顔をして立ち上がったダリルを追いかけるように立ち上がって引き留めた。
「まぁまぁ。今日はもう遅い。一晩くらい泊って行ったらどうかね?」
「あ、ほんとですか? いや何かそれを待ってたみたいになっちゃって申し訳ない」
ダリルはにやにやと笑いながら依頼人の方を振り返った。だが直後に真剣な眼差しで依頼人を見つめ、釘を刺すような物言いをした。
「でも、俺達は世界最強のアサシン。口封じに殺そうったって止めといた方が身の為だぞ?」
「も、勿論だよ。私はそんなことはしない」
その言葉を聞いて、ダリルは再び笑顔に戻る。
「それは良かった。今までそうやって寝首を掻こうとする人もいたので。疑ってしまいました」
「そ、そうかそうか。今日はゆっくりと休むといい」
たじたじになってしまった依頼人は二人に寝室を提供した。二人はお言葉に甘えてと形だけのあいさつをして、金持ちのベッドを楽しんだ。
「さてシェリー。帰るぞ」
「またあのボロ小屋に帰るの? ここにいたいわ」
そして帰ってきたのはシェリーの言う通り、ボロ小屋という言葉がぴったりな街の高台の上にひっそりと建つ一軒家。
ここが2人の最強のアサシンの営む暗殺事務所。エルズベリー暗殺事務所である。
今日も幾つもの、殺しの依頼がダリル・エルズベリーの元には舞い込んでくる。しかしそれを全て受けることは彼はしない。知る人ぞ知る合言葉を言う者だけが彼らを雇うことが出来るのだ。
今日も仕事が来ない事を祈りながら、彼は電話を取る。
「はい、こちらエルズベリー暗殺事務所」