8 十一月 打ち上げは焼肉と相場が決まっている
「「「文化祭お疲れ様ーっ! かんぱーいっ!」」」
ガチャンとグラスのぶつかる小気味いい音が鳴る。薄暗いロマンチックな照明に照らされて光り輝くお肉たちと、網の上でじゅうじゅう焼かれる美味しい音が響く。
焼肉、万歳。
私たちのクラスは、学校近くの焼肉店で打ち上げをしていた。クラスメイトのほとんどが参加しているのは、文化祭最終日の当夜だからかも。鉄と一緒。ノリと勢いと熱が冷めないうちに。
店の奥の掘りごたつ式のテーブル席のいくつかを占領し、私たちのテーブルでは大和が鍋奉行ならぬ焼肉奉行になっていた。
「牛だし、このくらいでいいか。食ってよーし」
「はーい」
「ちょっ、ちあき取りすぎじゃね?」
「あんたが遅いのが悪い」
「がっつくなって。ほら、ちゃんと野菜も食いなさい」
しかも野菜を食べさせようとしてくる。
サラダを取り分けてくれるのはいい。が、私の目の前で野菜を焼くなんて、あってはならない。特にピーマンは言語道断。トングで横にスライド。
「ピーマンはちょっと。ちあきパス」
「え、やだ。私お肉食べたいもん。京介、食べな」
「俺も肉食いたいから無理。責任取れよ、大和」
「おい、俺の皿にいれるな! まだ半生だし!」
ピーマンは網の上でたらい回しにされた末に、無事大和のお皿の上に納められた。ふう、一件落着。
同テーブルのクラスメイトたちがふふっと笑った。
「大和たちってほんと仲良し。ね、この中で誰か付き合ってたりするの?」
「ゴリラと? ないない」
ちあきちゃん、驚きの即答。否定なのは合ってるけど、クラスメイトたちが一瞬びっくりしていた。
「じゃあさじゃあさ、ちあきたちの好きなタイプってどんなの?」
「何よ、急に」
「やー、ちょっと知りたいって言われてて」
「野球部か?」
「まぁ、そこらへん」
そういえば、この二人はチア部だった。
お肉もぐもぐのちあきの小皿に、大和が焼きたてカルビを一乗せし、「どうなんですか、ちあきの姉御」と催促。ちあきはごくんと飲み込んだあと、迷いなく言った。
「好きなタイプは、そりゃお金持ちでしょ。一生お金貢がせる。私はそれで課金する」
わあ。完全に相手をATMだと思ってる人の発言だ。
「立派なソシャゲ廃人じゃねえか」
「ちあきと付き合えるやついないな、これは」
「うっさい。今ガチャのクマさんとシカさんめっちゃ可愛いんだから!」
ババーンとスマホのゲーム画面を見せてきた。紅葉にデコられたクマとシカ。これは可愛い。ふふんと得意気なちあきも可愛い。
でも、チア部の二人はクマとシカには興味がなかったらしい。
「はいはい、お金持ちね。小町は?」
今度は私をターゲットにされた。
好きなタイプ、好きなタイプかぁ。
「そういうのは今はいない」
「そこをなんとか捻り出して!」
「んー」
お箸を置いて考えてみる。思い当たる人は一応いる。
好きより、もうちょっと遠い、憧れって感じだけど。
「……Emiemi、かな」
「えみえみ?」
「うんうん、Emiemi」
私がそう言うと、京と大和は一気にどうでもよくなったみたいにお肉を食べ始めた。
「なんだ、毎度お馴染みのあの人か」
「好きっていうか、推しだろ」
「あんたたち、さっきから茶々入れてくるの何なの?」
「なんでもないっす、さーせん」
ちあきがツッコんだけど、ちっともさーせんって思ってなさそう。まぁ、いっか。
私はチア部の二人のほうを向いた。いいですか? Emiemiはめちゃくちゃ素敵な人なので、君たちも今すぐSNSでフォローし、拡散するのです!
「Emiemiはね、SNSのインフルエンサーさんなの。可愛くてカッコよくてオシャレさんで、笑顔がすごく良い。見て、これはね、一昨日の新作フラペの写真なんだけど、商品にピントを合わせて絶妙に自分が軽くぼやけている自撮りを上げるおちゃめさがとてもかわ」
「お、おっけー。わかったわかった!」
渾身のプレゼンが打ち切られた。小町ちゃん、ショーック。
「ってか、えみえみって人、女の人じゃん?」
「そうだよ。Emiemiはポニテがよく似合う美女」
「もう、二人とも相手のハードル高すぎでしょ! お金持ちと美女って、野球部になんて言えばいいの」
一言一句そのまま言ってください、もちろんEmiemiの魅力ポイントも含めて。
食べ飲み放題コースのソフトドリンクは、ドリンクバーで取ってくるシステムになっている。
ということで、おかわりは各自取りに行くスタイル。
照明の光が弱めな店内は、ぶっちゃけ暗くて、少し高級感が漂っている。
軽く鼻歌を歌いつつドリンクバーのところへ行ったら、先着がいた。きょろきょろしている萩原くんだ。こちらに気付いて軽く会釈してくれた。
「あ、どうも」
「えと、どうも」
今日、褒められたことを思い出して、なんとなく前髪を整え、ドレスから着替えたロンTの首元も正す。
「萩原くん、どうしたの?」
「その、コップってどこなんですかね。僕、最初は友だちに頼んで取りに来なかったので……」
困惑した顔色でこてんと首を傾ける。あぁ、そういうこと。
この店のグラスはサーバーの台の下に置いてある。引き出しみたいな感じなので、わかりづらい人もいるかもしれない。
「グラスならここだよ。はい」
二本取って片方を渡す。
「そこにあったんだ。ありがとうございます」
「萩原くん、氷入れる?」
「あ、いや、はい」
どっち。と思ったら、おずおずとグラスを差し出してきた。氷をグラスにからんころん。
「萩原くんは何飲むの?」
「烏龍茶です」
「さっぱりしてるのいいね。私もそれにしようかな」
サーバーの前で二人同時にハッと動きを止めた。お先にどうぞ。そう視線を送ったら、萩原くんにどうぞどうぞのジェスチャーをされた。いいんですか、ではお先にごめん。
「ありがと」
「いえ、お構いなく」
萩原くんは大変な紳士さんらしく、注ぎ終えたあとに席に戻るときも私に先を譲ってくれた。徹底的なレディーファーストだ。
それぞれの席に戻る前に気付く。なんだか物足りないような。からころ鳴るガラスを見つめ、ぴこんと思い付いた。
「萩原くん萩原くん」
「はい?」
振り向いて、萩原くんのグラスに自分のグラスを当てる。打ち上げといえば、これをしなきゃ。
「かんぱーい」
かちゃんと控えめな音が鳴って、照明の光が反射してキラッと光った。俯きがちな萩原くんがようやく顔を上げて、私を見た。瞬き多めな上目遣いの瞳と目が合う。
「……か、乾杯」
のあと、消え入るような「……です」。
あ、まだ敬語は続けるんだ。そんなとこまで徹底的。
席に戻ると、ちあきと大和が移動しかけているところだった。チア部の二人はすでにおらず。なになに。
「あ、小町。チア部で野球部の好きな人聞き出すんだって。野次馬しに行くわ」
「いってらー」
見れば、野球部と女バスのテーブルにチア部の二人、大和とちあきが集まり、騒ぎに誘われて他にもワラワラと人が寄って行っている。今日一の盛り上がり。
その横の横のテーブルでは、萩原くんとか持岡さんとか、吹部の男女とかが穏やかそうに談笑していた。萩原くん、楽しそうで良かった。
席についてグラスを傾ける。なんとなく選んだけど、ミルクティーと違って烏龍茶は苦い。私、飲み切れるかな。
斜め前に座る京はスマホをいじっていて、あ、あくびした。
「京、眠たいの?」
「寝てねえの、今日。いや、昨日?」
「まさか夜通しゲーム? あの、銃でバンバンするゲーム」
「バトロワな。金晩だったからフレもずっとインしてて、いつの間にか朝になってた的な」
京だって、ちあきのこと言えないレベルのゲーム廃人ってやつだ。
「今日、無理せず寝てればよかったんじゃ?」
「そうするつもりだったんだけどなー」
食べ飲み放題の制限時間は半分を過ぎたところ。焼肉奉行がいなくなった網はとっくの昔におとなしくなっていた。
打ち上げ特有の無秩序的な空気とマイペースな京につられて、私にも睡魔がこんにちはしてくる。でも、口がデザートを欲しているような。
みんながいるテーブルをぼんやり眺める。恋の話に参加する気になれなくて、私はテーブルに寝そべった。
「小町」
「ん?」
「金置いて抜けちゃわね?」
置いたはずの烏龍茶のグラスが不意に浮いた。音もなくグラスの外側についていた水滴が落ちて、じゅっと炭に消えていく。
体を起こすと、私の烏龍茶を一気飲みしてニッといたずらっぽく笑う京と目が合った。
「向かいにコンビニあるんすけど、帰りにアイスでもどうすか?」
「んー、気分はバニラです」
「決まりすね」
コソッとちあきと大和に代金を渡したあと、荷物を取って京と二人で焼肉店を出た。熱気に包まれた店内と違って、無風の晩秋の冷たい空気は気持ちよかった。
二人きりの二次会は、コンビニから駅まで、アイスを食べ歩きながら。