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7 十一月 文化祭限定カジノに咲く可憐な花々

 一年E組のカジノのシフトは、やりたい人がやるシステム。部活のイベントで忙しい大和や、何もやりたがらない京みたいな人間がいるからだ。

 カジノに出る人は大人っぽいワンピースまたはスーツっぽいシックなセットアップの格好をすることになっている。私とちあきは二日目の午前のシフトに入っており、二人ともパーティードレスで参戦することにした。


 白い電飾やパーティーモールで彩られた赤ワインの壁に、黒カーペットが織り成す落ち着いた空間の中、ドレス姿の私たち。

 女子が揃うと、絵面が華やか極まりない。


「やばーい! 小町ちゃん可愛すぎ! 好き!」

「私もちあきちゃん好きー。写真撮ろ!」


 ゲストが来るまで暇々タイムは撮影タイム。

 美術部が黒板に描いたカジノモチーフのトランプなんて、最高の撮影スポットだ。トランプ舞ってるし、ウィール回ってるし、飛び出して見えるし。

 

 今日の私は、カジノのイメージに合わせて赤と黒で統一させたカッコいい雰囲気にしてみた。

 ドレスは、いとこから借りたインフォーマルな気品ある光沢ブラックのカジュアルな膝丈ドレス。リップは血色の良い赤で仕上げ、ネイルは赤と黒の配色でばっちり決めた。

 上品な毛先巻きポニーテールにした髪は、動く度にするんと良い子に揺れ動く。

 

 撮影の写真をチェックしては、にまにましてしまう。メイクも前髪も理想通りの日はテンションが上がる。こんなにも可愛く盛れて、私は天才なんじゃないかと思う。

 なんだか今日は、最高な一日になる予感がする。




 ちあきと一通り満足が行くまで撮り終えると、教室の隅にいた美術部の持岡さんや吹奏楽部の金森さんが一息ついたようにやってきた。

 私たちと一緒のシフト時間の子たちだ。呆れたように笑っている。


「やっと撮影終わった? なんか無駄に大量に撮るよね」

「文化祭とか体育祭になると、やたら張り切るよね」

「わかる、女バスの子たちもやばかったけど」

「たかが学校行事なのにねー」


 持岡さんたちはシンプルな無地のロング丈のワンピースだけど、どちらも腰の位置で絞るシルエットで上品さがあり、深い綺麗な色をしていて素敵だった。

 普段使いもできそうな、良いワンピースだ。


「二人もめちゃくちゃ可愛いよ。あと黒板の絵もありがと! これ超良い!」

「ね、カジノって感じだし、このクイーンとか写真みたい」

「せっかくだから一緒に撮らない?」

「……え。や、別にそれはいいけど」


 持岡さんたちが引いて黙ってしまった。まぁ、いいや。

 私はドレスの裾を持ち上げた。


「ちあき、ちあき。今日の午後は着替えずにこれで回ろ」

「ありあり。昨日はゴリラたちがパリピ化してたし」

「あれはグラサンが、ふふっ」

「一生ドヤってたやつね」


 文化祭一日目は、わたしとちあき、京と大和の四人で回った。メンズはそれぞれ射的で当てた星型とハート型のサングラスをずっとつけていて、何回見ても面白かった。

 真面目に宝探しゲームで考え事してても、サングラスのせいでギャグっぽくなっていて傑作だった。



 私たちだけでけらけら笑って盛り上がっていても気まずいので、私は持岡さんたちにも話しかけてみた。


「ねえねえ、二人は昨日何した? 面白かった出し物とかあった?」

「えーと、私は友だちと適当に回ったけど……」


 金森さんが目で持岡さんにバトンパスして、持岡さんはそのバトンを渋々といったようにため息をついて受け取った。


「私は美術部の販売してたよ。男子と二人で店番してたんだよね」

「へえ。何売ってるの?」

「自分たちが描いた絵とか」

「へえ。いっぱい売れた?」

「まぁ、そこそこ。お客さん来ない間は男子と二人っきりで話しするしかなかったけどね」

「いいじゃん、青春じゃーん」

「そんなことないけど」


 不満げな言葉とは裏腹に、口調はどこか嬉しそう。素直じゃない人なのかな、と思った。

 ところで美術部の男子といえば。


「その男子って萩原くん? あの子も美術部だったよね」

「そうだけど、里也くんが何?」

「午後前半のシフトに入ってた気がして」

「あー、里也くんそう言ってたかも」


 スマホでシフト表を確認する。やっぱり、萩原くんは私たちの次のシフトだ。私はドレスの裾を軽く持ち上げた。


「交代のときにドレス自慢しちゃおーっと」

「あ、それならさ」


 私の横でちあきがスマホの液晶をトントン叩いた。写っているのは、私たちと京と大和の、四人グループのトーク画面。


「ついでに、こいつらにも褒めさせない?」

「ありあり! さっきの自撮り送り付けよ。『褒めてくださーい』って」

「おけ。『既読無視したらしばくよ』と」

「いけいけー」


 無事に画像を送信し、二人でニヤニヤ。なんて返してくるかなー。楽しみ楽しみ。




 二日目の今日は土曜日ということもあって、中学の友だちが遊びに来てくれたり、ちあきの中学生の弟が友だちを引き連れてやってきたりした。

 今はオンラインでもカードゲームができるけれど、顔を見ながらやるのもいいなって思った。ゲストの楽しそうな様子を見て、ほっこり。


 そんなこんなでお昼どき。次の部の人とチェンジだ。

 交代相手は、私たちと真逆でオール男子だった。特に仲良しではないけれど、ほぼ毎日顔を見かける人が全員スーツで並んでいると、おお、となる。


「スーツ、カッコいいね」

「おー、さんきゅ」

「あ、萩原くんはベストなんだね」


 男子を順々に見ていたら人影で縮こまっていた萩原くんが目に入った。ジャケットを着てる他のメンツに対して、萩原くんはぴちっとしてないゆとりあるベストのみ。


「あ、兄のを借りたんですけど、色々大きくて……ジャケットを着ると手が出なくなったので……」

「そうなんだ。ベストも良いよ。ね、持岡さん?」


 こちらを突き刺すほどにじっと見つめていた持岡さんに話を振ったら、慌てた声で「えっ? あー、うんうん」と適当な返事がきた。

 私も合わせてぱちぱち拍手する。


「うんうん! 萩原くんすごく良いよ」

「……い、いえ、そんな、ありがとうございます」


 萩原くんはあわあわ照れてペコペコお辞儀した。

 そんな真っ赤な生き物の前で、くるりと回ってひらりとドレスを見せつける。


「私は? どうかな」


 褒めて褒めてビーム。ニコッと笑いかけたら、萩原くんはゆっくりと視線を上下させて、最後に私と目を合わせた。ふわっと口元を緩ませ、


「山城さんって何色でも似合うんですね……」


 まるでぽろっと落としたみたいに呟いた。お世辞っぽくない言い方に、ついにやけそうになる、というかすでににやけてる気がする。純粋な褒め言葉、嬉しくないわけがない。


「ありがと、萩原くん」

「や、いえ。僕そろそろ準備しますので、では」


 再度ペコリと頭を下げて男子たちのほうに小走りで向かっていく。「頑張ってねー」と男子たちに声をかかて、私たちは教室をあとにした。

 もう解散しようとしている持岡さんにソッと話しかける。


「萩原くんって褒め上手なんだね」

「褒め上手っていうか、里也くんは素直で良い人なの」

「へえ」

「部活でも、みんなのこと褒めてるんだから。別に今回が特別なわけじゃないから」


 ツンと返された。どうやら萩原くんは普段から褒め上手らしい。




 外はちょうど太陽がぽかぽか照らすお昼どき。

 ちあきとともにクラスの教室から離れ、お化け屋敷や脱出迷路の前を通りすぎたとき、軽快な電子音が鳴った。ぴこん、とメッセージの通知。しかも、私とちあき同時に。


「あ、京がグループ通話始めたって」

「急になんで?」

「わかんない。私、出てみてるね」


 そよ風が吹く廊下の窓際で、ちあきとスマホを覗き込む。小音のスピーカーにして、雑踏に紛れて通話開始。


「はーい」

『あ、小町? ちあきいる? カジノは終わった?』

「ちあきもいるよー」

「カジノは終わったとこ」

『今どこ?』

「一年B組の迷路の前だよ」

「何? あんた今日は来ないんでしょ?」


 京は初日回ったから二日目はサボると言っていた。それは私も覚えている。それなのに、なんで居場所を聞く必要が?


『いや、来ないつもりだったんだけど』

『お、電話出たか?』


 大和の声がした。そっちも二人一緒にいるんだ。

 ……一緒にいるんだ? なんで? ハテナが大渋滞。


「大和って、今日は部活主宰の仮装コンの雑用じゃなかった?」

『雑用は午前だけ。今終わったから、京介と』

「京と?」

『…………』


 続きが聞こえない。なになに、気になる。


「何かあった? 事件?」

『…………』

『こっち見んなよ。言えって』

『いや、恥ずかしいだろ、これは』

『俺だって恥ずいすね』

『……じゃーんけーん、ぽい』


 私とちあきは同時に小首を傾けた。


「じゃんけんしてる」

「何この通話。ほっといて回らない?」

『待って待って、切んないで。頼む頼む』


 この声は京だ。


『まだ聞こえてる? Bの迷路前にいんだよな。あー、できれば、そこから動かないでほしいんすけど』


 ちょっと早口な声が途切れて深呼吸。


『直接褒めたくなったんで、会いに行く』


 プツッと切れた。京介がグループ通話を退室しました、の文字をなぞって、私も退室。


 自然と笑みが漏れた。ちあきも照れが混じった嬉しそうな顔でニッと笑う。きっと、私も同じ顔。

 ねえ、直接褒めに来てくれるんだって。なんて言ってくれるかなー。楽しみ楽しみ。



 メイクもヘアセットもドレスも何もかもパーフェクトにできた。それだけで自分の気分は最高潮だったのに、さらにいっぱい褒めてもらえるなんて。 

 今日は予感通りの最高な一日だ。

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