6 十月 ハロウィンといえばお菓子パーティー
学校の廊下には各クラスの出し物や各部活のイベントのポスターがいくつか貼られている。教室の背面黒板には、デカデカと『文化祭まであと二日!』の文字。
どこもかしこも、もうすっかり文化祭色に染まっている。
十一月の最初の金曜と土曜には、二日間開催の文化祭が行われる。
今日から準備期間が始まるので、午後からは授業ゼロ。ちなみに明日は丸々授業ゼロ。
昼休みが終わってから、本格的な準備が始まった。
一年E組はカジノをする。私たちはディーラーとなって各テーブルに一人以上参加し、ポーカーやブラックジャックなどのゲームを仕切る。そして、勝者のゲストにはお菓子のプレゼントをする、という出し物である。
教室の内装は、華やかなシック、を目標に。
床には黒いタイルカーペットを敷いて、テーブルと壁全面を赤ワイン色の布で覆い、ところどころをイルミネーションライトで装飾する予定だ。
「じゃあ、帰ってくるまでに教室の片付け頼むなー」
「やだ。俺も残りたい」
「お前は絶対サボるからダメ。俺が見張る」
「大和ひどーい。他にもサボるやついると思うんすけど」
「駄々こねんな。ほら、行くぞ」
大和たち買い出し組と、連行される京を「いってらっしゃーい」とお見送り。そのあと居残り組はお互い顔を見合わせた。
「片付けっていっても机出すだけだから秒で終わるよな。何する?」
「見てこれ、ハロウィン限定のお菓子。食べる?」
「パケ可愛い! お菓子なら私も持ってきてるよー」
「この流れは菓子パか?」
「菓子パいいね! コンビニに買い足し行こ」
「トリックオアトリート!」
「「「いえーい!」」」
本格的な準備? ノーノー、お菓子パーティーの始まりである。
ポテチやらスナック菓子やらポップコーンやらを広げ、誰かが持ってきていたおもしろパーティーグッズで遊び、飾り用の風船を膨らませてゲームをする。
ぷかぷかな風船をバレーの要領で相手の元へ返し、……あっ。
「ごめん! 風船注意!」
軌道がずれて、ほのぼのと何か絵を描いている人たちのところへ落ちていった。あちゃー。
「ごめんね、飛んでっちゃった」
「別に全然大丈夫。風船だし」
「ありがと」
拾ってくれたのは、持岡市香さん。地毛の内巻きミディアムヘアがよく似合う、おとなしそうな子だ。あんまり喋ったことはないけど、たまにツンツンした目線を感じることはある。
その向かいには、じっとスケッチブックを睨む萩原くんがおり、スケッチブックには色鉛筆でウサギや少女やトランプなどが書き散りばめられていた。
「わあ、上手! 二人とも美術部なんだっけ」
「黒板に出し物に合うイラスト描いてほしいってお願いされだだけ」
「えと、今どんなのがいいかなって案を出し合ってるんです」
「そうなんだ。すごー」
美術部の体育祭の海洋生物アートはとても良かった。今回も素晴らしい出来に期待だ。私が「頑張ってね。楽しみにしてる」と風船バレーに戻りかけたとき、
「あの、や、山城さんはどれがいいと思いますか」
萩原くんに引き止められた。真剣な眼差しでスケッチブックをこちらに向ける。
「私の意見でいいの? 美術で褒められたことないんだけど」
「えと、率直な感想でいいので」
ふむ。私は少し考えて、四個ほどの長方形の枠に囲まれた、おそらく黒板のイラスト予想図をすっと指差した。一番上はシルクハットを被った可愛い動物たち。
「B組がアニマル脱出迷路をやるから、ウサギとかリスはお揃いになるなーって思う。教室近いから、モチーフ被りはちょっと」
「あー……」
「あとね、二年生でアリスモチーフのカフェやるクラスがあるって聞いたから、トランプ兵もちょっと」
すすっと指を動かして、下の二つのトランプのイラストをなぞる。
「これとこれはトランプが立体的に見えてカッコよくて好き」
「どっちがいいですか」
「んー、一番下かな。多分、うん、こっちのがカジノの雰囲気に合いそう。白色が多いから少なくして、少し赤を増やしたらもっと馴染むかも」
教室内の想像図を頭の中で浮かべて、ハッと口元を手で覆った。私、さっきから偉そうなこと言いすぎた。
恐る恐る二人のほうを見たら、萩原くんは「下のほうなんだ」と呟いた。だ、ダサいほう選んじゃった?
「私のことは気にしないでね。本当に、聞かなかったことにしていいから」
「いえ、山城さん、ありがとうございます」
「下って私が描いたほう?」
「そう。これメインで考えようか」
二人ともスケッチブックと見合って再び考え始めた。黒板アートがこんなにも大変だなんて知らなかった。さらさらーって描いちゃうのかと。絵を描くのも簡単じゃないんだな。
私は風船を置いて、菓子パテーブルのチョコをいくつか手に取った。
「ねえねえ二人とも、ちょっと休憩するの、どうですか」
萩原くんと持岡さんにそれぞれチョコを渡して笑いかける。甘いものでも食べて一休みしてくださいな。
「ハッピーハロウィーン!」
休憩という名のお菓子タイム。パーティーはまだまだ終わらない。
ちあきが「Bから借りた!」と持ってきたウサ耳を私につけた。自分にはネコ耳を付け、息をするようにスマホのカメラを構える。
「はー、小町ちゃんほんと可愛い。連写止まらない」
「ちあきちゃんもほんと最高。ネコ似合う」
「動画も撮ろ。絶対映える」
「私たちの存在がもう映えてる」
自撮りでウインクしたり、他撮りでモデルポーズしたり。撮影会って無限にできちゃう。
だんだん盛り上がっていき、流行りの歌に合わせてダンスの動画を撮っていた、そのとき。
「あ! ねえ、大和が『今から帰る』って! クラスのグループに送ってきてる」
な、なんだって。その一言でクラス中が騒然となった。
「え、マジ!? 片付けなきゃ!」
「駅前から学校まで何分だっけ? 十分くらいか?」
「急げ急げ! 机運べ!」
「お菓子のゴミ集めよ。はい、ゴミ箱!」
人間、ピンチになったときこそ本領が発揮される。居残り組はこれまでにないほどの団結力を見せ、凄まじい速度で片付けを進めていった。
カーペットを敷くため、机と椅子は一旦全て空き教室へ。手分けして、黒板を拭いたり掃き掃除をしたりして教室をピカピカにしていく。
しばらくして買い足し組がぞろぞろ戻ってきた。どうどう? 教室綺麗になったでしょ。
「たっだいまー。おお、なんもない!」
「窓も黒板もめっちゃ綺麗じゃん! すご!」
そうでしょそうでしょ。ドヤッとにんまり笑う。
サンタさんみたいに大きな袋を片手で背負った大和も、教室をぐるりと見回してニコニコとご満悦。そして、ぽんと私の肩を叩いた。
「片付けさんきゅー。で、いつの間にうちにウサギが潜り込んだんだろうな。なあ、小町?」
なんのこと?
きょとんと小首を傾げたら、大和が私の頭の少し上を人差し指で弾いた。トンッと何かに当たった感覚がした。しまった、うさ耳、外すの忘れてた。
「いつウサギになったんだ、お前は」
「えっと、なんかさっき生えた。ニョキニョキって」
「ちあきも突然変異でネコになったのか?」
「そうだけど」
「んなわけないだろ。お前らゴリ押しやめろ。さっさと人間に戻りなさい」
えー。ウサ耳族とネコ耳族にも優しくしてくださーい。我々は生存権を主張します。ちあきと二人でブーイング。
「Bの子が返すのは放課後でもいいって」
「片付けたんだからちょっとくらい遊んでてもよくない?」
「いや、よくない」
大和は静かに首を振って、後ろを振り返った。京がクラスメイトと話している。
「歌って踊ってたぁ? めちゃくちゃ遊んでんじゃねえか! ほら見ろ大和! やっぱこうなると思ったんだよな! 俺も残ればよかった! 二度と買い出しなんか行かねえ!」
「な? ああいうやつが現れて面倒になる」
京が拗ねた。これは確かに面倒かも。遊んでごめんね。
追い打ちをかけるように、買い出し組だったクラスメイトが「ねえねえ」と大和の肩を叩く。手にはゴミ箱、たんまり遊んだ証拠入り。
「ゴミ溜まってるから捨てに行こうとしたら、めっちゃお菓子のゴミあったんだけど!」
「大和、俺らも菓子パやりたくね? 今日ハロウィンだし!」
「お腹が減ってたら動けないよー」
大和はぽかんと口を開けて呆れ散らかし、ふぅと息を吐いて「そうだな」と考え込んだ。
「ま、準備期間は明日丸一日残ってるし、賞品用のお菓子は多めに買ってきたしなー……」
文化祭の実行委員と短く言葉を交わしたあと、大和が教卓前に立って手を叩いた。ざわざわ雑談していた教室がしんと静まる。
「今日はタイルカーペットは敷いて、要る分だけ机と椅子を空き教室から戻す。買ってきた装飾類は明日飾り付けってことで。それで」
それで? みんなの期待した目が大和に集まる。
リーダーシップのある大和は、ただ律儀なお堅い人ではなく、
「喜べお前ら。今から菓子パな! 買ってきたお菓子の一部は食ってよし!」
ノリの良いやんちゃボーイの一面もあるのだ。これだから大和は人気者。
みんなで菓子パだ、菓子パ!
「やった! さっすが大和!」
「自分が食べたかったの買ってきて良かった〜!」
「お菓子、めっちゃ量あるけど予算足りたの?」
「セールしててめちゃくちゃ安かったんだよな」
「ジュースは買ってきてないから、買い行こ」
「こらこら、菓子パはカーペット敷いてからにしなさい!」
「「「はーい」」」
買い出し組も合流して、いよいよ本格的な菓……カジノ準備が始まる。パーティーはまだまだ終わらない!