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50 九月 君にとっての新しい日常とこんにちは

 ショックもワクワクも詰め込んだ私たちの長期休暇が終わった。長かったように思えて、案外あっという間だった夏休みが過ぎ、涼やかな秋風が木の葉を揺らす。

 新学期の夏季課題テストの直後、私たちの学校では体育祭が行われる。


 各自体育委員主導で種目決めしたと思ったら、もう本番が迫っている。恐るべきスピード感だ。

 今年の私は、選抜リレー系は運動部にお任せし、綱引きとか借り物競走に出る予定なので、特に練習という練習がない。京を誘ってどこか行こうかなと考えていた放課後、市香に声をかけられた。


「ねえ小町、今日って忙しい?」

「超暇〜。どしたの?」

「今から多目的ホールで、モザイクアート貼り合わせるの。手伝いに来てくれたりしない?」

「するする!」


 教室を出るとき、スマホの個人のトーク画面を開いてキーボードを叩いた。


『多目的ホールで美術部のお手伝いする!

 暇だったら京もおいでよ』


 多分来るだろうなぁと思いながらスマホを鞄に入れる。いや、来てほしいなぁの間違いかもしれない。



 京はあくびをしながらホールに現れた。私たちが到着して間もなく、突然ガラッとドアが開けられたのだ。

 部長がぱっと表情を明るくさせる。


「あ、倉崎くんだ! どうしたの?」

「なんか手伝いがあるって聞いたんで」


 私と京、そして美術部と、美術部の子たちがそれぞれ呼んだ助っ人たちみんなで、モザイクアートを貼り付ける作業が始まった。


「あ、ここにちゃっかりまんまるヒヨコいる」

「書いちゃった」

「職権乱用だ」

「違う違う。美術部の特権だから」


 岩陰や草木の影に隠れて潜むまんまるとした生き物たちについて、市香の言い訳を聞いたり、


「京、糊」

「へい」

「貼りまーす」

「へーい」

「よし、次」

「へい」


 言葉少なでも伝わる以心伝心プレーで京と一緒にサクサク作業したり、


「ねえねえ、ちあきと大和が委員会終わったって。こっち呼んだら来てくれるかな?」

「古郡くんたち? 委員会で疲れてると思うから大丈夫だよ」

「まぁ、大和たち来んなら、多分二年の体育委員はほとんど来ると思うけど」

「な、なにそれ。冗談でしょ?」


 気まぐれとヘルプを兼ねて、ちあきや大和たちを誘ってみたり。

 番号の通りにシート同士を貼り付けていくだけなのだが、いかんせんサイズが大きいので後半になるにつれて大変だった。しかし、だんだん絵の全貌が明らかになっていく過程はワクワクして、飽きも疲れも感じなかった。



 結局、体育委員たちも合流し、みんなでホールを埋め尽くす巨大サイズな今年のモザイクアートを完成させた。

 雪を被ったアルプスの山々の頂でオオカミが毅然と佇み、岩壁でユキヒョウたちが狙いを定めるようにこちらを睨めつけ、崖上でアイベックが青い草原を見下ろしている。

 今年のスローガンは『威風堂々』。嵐の前のような静けさすら感じる厳かな今年のイラストとはうってかわって、躍動感のある派手な行書体で書かれていた。動物たちと文字とのギャップがやけに目を惹く。


「この字、綺麗だね。誰が書いたの?」

「僕だよ」

「里也が? すごくカッコいい感じ。素敵な字だね」


 ぼーっと眺めていたら、横でふふっと里也が笑った。


「小町、去年も同じこと言ってたよね」

「え、そうだっけ」

「体育祭の日に僕に話しかけて、同じようなこと言ってたよ」

「あー、言った気がする。よく覚えてるね」

「そりゃあ覚えてるよ」


 蒸し暑さのない空調の効いた室内で、青空ではなく強烈な夕焼けが部屋を染める。

 放課後の目標が達成された部屋で、写真を撮る人や後片付けをする人、帰る支度をする人がいる中、里也はふうっと息をついて後ろの壁に軽く背を当てた。


「あの日からずっと、まるで夢みたいだ」


 リーダー気質が騒ぐのか、体育委員なのにあと片付けを指揮する大和を見、途中から寝始めたすやすやな京にくすっと笑いかけ、友だちと写真を撮るちあきを眺め、最後に部員たちと話す市香へ。


「一生関わることないんだろうなって思ってた人たちと話ができて、ずっと好きだった子と付き合えてさ。人って一年でこんなにも変われるんだね」

「今では立派なイケメン部長になっちゃって。成長しすぎ」

「しすぎって。これ半分小町の影響だからね?」

「えーっ? 大和じゃなくて?」

「だって僕に服のいろは教えてくれたのは小町だし、市香ちゃんのことアドバイスくれたのも小町だし、花火とか勉強会とか色々誘ってくれたのも小町だし、そうだ、あと」


 指を折って数える里也の動きがふと止まった。思い出し笑いの柔らかく懐かしむように、一人微笑んで続ける。


「金髪の人でも案外怖くないんだなって知れたのも小町のおかげだ」


 夕日を反射する瞳が私を映す。やっとこっち見てくれた。もうどこにも怯える色なんて一切ない瞳で。


「小町。改めて、ありがとう。僕の世界を広げてくれて」

「こちらこそ、ありがとね」


 肩を並べてモザイクアートを見つめる。

 きっと変わったのは里也だけじゃない。私もだ。里也がいたから、私も告白を克服できた。

 一つの大きな出会いと小さな恋と、忘れもしない失恋の気付きは、自分が思うよりずっと私を強くした。元好きだった人とこうして簡単に話せるくらいには、強くしてくれたのだ。


「これからも仲良くしてね、里也」

「もちろん。よろしく」

「あ、でも、市香を泣かせたら許さないからねー?」

「小町こそ、市香ちゃんひとり占めしないでよ?」


 肘でつついちゃったり、軽口を言い合っちゃったり。

 初めて里也と、友だちとして会話できた気がする。過去のおどおど里也やドキドキ里也とは違って、心地よく気さくに話せる。ただただ楽しい友人の誕生だ。

 私のほうこそ、本当にありがとう。




 帰り道は、ちあきたちと一緒に駅まで。よく行く駅前のコーヒーショップから今月の新作フラペが出たので、飲みに行くことになった。

 道中までも、放課後の委員会内容を振り返っている体育委員二人は、ミーティングで決まらなかった借り物競争のお題決めや、種目の順番決めを話し合っている。サービス残業、お疲れ様だ。

 私と京は忙しない背中について行きながら、だらだらと生産性のない会話をしていた。


「新学期始まっちゃったよー」

「夏休み終わんのはえー」

「もう九月だよー。クリスマスケーキの予約始まっちゃったよー」

「一年終わんのはえー」


 そうだ、九月だ。私のスマホのカレンダーのとある日には、ケーキのマークがちょこんと付いている。


「そういえば京さー」

「なーにー?」

「何か欲しいものとかあるー?」

「彼女」

「え」

「彼女」

「かのじょ?」


 間延びしたのんびりトークでさり気なく偵察するつもりが、突然ハキハキとした回答がきた。なんて言った?

 一瞬遠い記憶の嫌な顔が脳裏をよぎるも、ツンッと引っ張られて京に意識を集中させられた。


「俺のは冗談なんかじゃないすよ」


 見ると、ブラウスの袖口が親指と人差し指で小さくつままれている。

 ゆっくりと視線を上げていく。大きく膨らむ胸板、長く息を吐き出す唇、ちょっぴり赤くなったほっぺた、私をまっすぐ見つめる瞳。

 夕日はとっくに沈んでいる。赤くなる理由なんて一つしかない。


「本気なんで」


 秋が混じる夜風が私の髪を揺らし、声を震わし、袖を持つ手を動揺させた。

 袖を掴む手がするりと手に落ちる。京のドキドキが、手を伝って、私までドキドキしてくる。瞬きが一層頻繁になって、薄明ですらわかるほどうっすらと汗が見えた。

 数回浅く呼吸し、京が私と向かい合う。


 きゅ、急展開だ。さり気なく聞いた質問がこんなことになるなんて。

 つ、ついに。私はごくりと息を呑んだ。ついに、私たち。


 京がぎゅっと強く手を握り、


「小町、俺と――」

「小町ーっ! 見てあれ!」


 ちあきとハモった。二人揃ってちあきを見る。


「めちゃくちゃ並んでる! やばーい!」

「すげえな。これが新作行列か」

「ちょっと、あんたたちも早く来なー!」


 駅前広場のコーヒーショップは店外まで長い列が続いており、最後尾に向かってちあきが走り出す。大和もそれを追い歩きながら首だけこちらを振り向き、軽く手を振ってきた。

 ええと。京と目を合わせ、ぽかんとした口とまるまると開いたお目々がぱちぱち瞬きすること、一、二の三。直後、ふふっと同時に笑いが漏れた。


「息ぴったりだったね」

「幼なじみの悪いとこ出た。マジで、ああもう」


 わしゃわしゃと自分の頭をかき、乱れた前髪ごとかき上げる。呆れて笑うしかないって表情だ。


「あのー、告白はまた改めてでいいすか。俺、もっと良い雰囲気のときにしたい」

「あ、今度は私が待つ番だ。私もいくらでも待つからね」

「んな待たせないんで」


 次があるなら三回目の告白チャレンジだ。一体いつになるんだろう。こんなにもドキドキさせられるのは、さっさと終わらせてほしいような、まだまだ先伸ばしにしてほしいような。


 小走りでちあきたちの元へ向かう。早く行かないと列が伸びる。


「ところで小町、今度、俺と一緒にネズミー行かね?」

「ネズミー?」


 ここでデートのお誘い? 告白はためらうのに、デートにはすんなり誘うの、へーんなの。

 でも京とのデートはしたい、ネズミーならばなおさら。

 

「行きたい!」

「よっしゃ」


 京がにまっとして小さくガッツポーズ。そうして駆け足を速めた背中を、私も追いかけた。

 秋風がほてったほっぺたと頭を冷やしていく。



 京は別にネズミー好きじゃない。なのに、ネズミー? しかも去年も行ったのに。

 確かにネズミーは、景観が良い場所が多く、長蛇の列ができる美味しいレストランもたくさんあり、デートスポットとして名高い場所だ。どこを切り取っても良い雰囲気だけど。

 ……あれ?


 ネズミーに行くなら体育祭のあと。前例に則れば、京の誕生日前後だ。そして、もうじき誕生日を迎える主役のご所望は『彼女』。

 まさか、……まさかね。


 私と京が友だちじゃなくなる日は、果たしていつなのか。それは神のみぞ知るところである。

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