45 八月 憧れの人生の先輩による恋愛指南
里也を諦めるとは言ったものの、さてはて、どうやったらいいんだろう。
写真を全部消す? ちあきや市香が写っているものもあるのに。
連絡先を全部消す? 完全に縁を切りたいわけじゃない。今後とも仲良くしていきたいとは思っているのに。
ゴロゴロと悩むうちに夏はどんどん過ぎていき、考えれば考えるほど頭が疲れて嫌になってくる。こういうときは、SNSだ。世間の明るくて楽しく、癒やされる話題を摂取するのだ。
夏休みの朝っぱらから、ベッドに横たわってスマホを手に取る。一番に開くのは憧れて止まない大好きなEmiemiのアカウントだ。
カッコよくてEmiemiに激甘な彼氏がいて、大勢の友だちがいるEmiemi。いいなぁ、すごいなぁ。こんなにも知り合いがいて、みんなと仲良さそうなのが本当にすごい。人間関係の構築の仕方を教えてほしいくらいだ。
と思っていたら、Emiemiが質問を募集していた。試験が終わってようやく夏休みが始まったよ嬉しいね記念のライブで答える用の質問をジャンル問わず求めているという。
な、なんと私に都合が良すぎるタイミングなのか。人生の先輩Emiemiに、彼氏と円満生活をしている憧れのEmiemiに、恋愛の質問してみたい!
「ど、どうしよ。私も質問してみちゃおっかな。でもEmiemiも変な質問されたら嫌だよね。市香もライブ見るかもだし、私ってバレるのはちょっと……。いやいや、私の質問読まれないかもだし、そもそもどうせ匿名だし!」
私はガバッと起き上がってスマホにタタタッと文字を打ち込んだ。勢いのままに送信。
しばらく画面を見て静止し、ぼふっと枕に突っ伏せる。
「送っちゃった〜……」
好きな好きなEmiemiに読まれたい気持ち半分、恥ずかしくて読まれたくない気持ち半分。しかしすでに賽は投げられた。Emiemiが読むか読まないかは天命に任せるのみである。
ライブ当日は夕方にはささっとお風呂を済ませた。ライブの時間にはきっちりとベッドの上で正座して待機。『Emiemiがライブを開始しました』の通知が来た瞬間に連打してライブ画面を開く。
Emiemiは甘く透明感のあるストロベリーブロンドの髪をふわりと揺らして、続々と集まるリスナーたちに向かって手を振った。
『おーい、見えてるー? おお、コメントありがと! うんうん、見えてそう見えてそう、ありがとね!』
長いまつ毛、ふんわり染まる頬、ぷるぷるの唇、笑うとぷくりと出る涙袋。私をオシャレ人生へと導びかせたお人形さんは、よく通る元気いっぱいの声で話した。
『最近めちゃくちゃ暑いよねー。わかるわかる。あっ、台風来てるとこあるんだ。雨やばい? わぁ、気を付けてね!』
コメントを読む度に、目が丸くしたり線になったり。ころころ変わりゆく表情で、見ているだけでも楽しくなってくる。
ひとしきり雑談をしたあと、Emiemiはぱちんと手を叩いた。
『質問送ってくれた人たちありがと! めーちゃくちゃ来てるから、今日はトラぴが帰ってくるまで、いっぱい答えちゃうね〜!』
配信用の端末とは別のスマホがあるらしく、そのスマホをこちらに見せてくれたかと思えば、たぷたぷと操作し始める。
『まずはー、これにしよっと。『最近の髪色可愛いです』、ありがと! 『なんてオーダーしたらその色にできますか?』だって。この髪可愛いでしょ! 知ってる。これはね〜』
Emiemiの可愛さ百点満点のドヤ顔で、質問コーナーが始まった。
一番多かった質問は美容関係で、おすすめのプチプラコスメ、使って良かったスキンケア商品、良い匂いの香水の紹介などなど、勉強になりすぎる内容だった。
次点で、Emiemiと彼氏の話が多かった。というのも、Emiemiは彼氏と同棲しているので、自然と会話会話に惚気が出てくるのだ。
『これトラぴも褒めてくれた最強リップ!』、『化粧水は一緒の使ってるよ』、『香水はたまにトラぴの借りてて』と、ナチュラルにいちゃいちゃを浴びせられる。
けれど、Emiemiが言うと嫌味感がない。一時期は他人の惚気を見ると憂鬱な気持ちだったのに、なんでだろう。
Emiemiが可愛いからかな、なんて思っていたら、メッセージの通知音が鳴った。
『あ、トラぴバイト終わったって。次でラストにするね』
もうラストか。Emiemiのライブは可愛くて可愛くて可愛くてあっという間。今もスマホを見ては悩むように唇を尖らせている様子が可愛くて、こちらまでにやけてしまうほど。
『ラストは何にしよっかな。これはさっき似たようなの答えたし、これも答えたし。んー、多いなぁ! みんなありがとね!』
指を止めることなく縦に動かしている。それほどまでにスクロールするとは、どれだけ質問が来たんだろう。
その指の動きが、ふと止まった。
『あ……』
小さく呟いたかと思えば、上がっていた口角が下がり、狭まっていた目が開かれ、左右に揺れていた体が動きを止め、笑っていたEmiemiが真顔になっていく。あれ?
コメントが『どうしたの?』、『どんな質問〜?』、『あれ、画面止まった?』などと流れ、やがてEmiemiがハッと顔を上げた。
『あ、ごめんね! なんか、これは質問じゃなくてお悩み相談なんだけど、読んでて昔のあたし思い出しちゃってー』
『なにそれ気になる!』
『あ、動いた』
『お悩み?』
お悩み相談か。あの質問の量だ、相談ごとを送った人がいてもおかしくない。あぁ、私の質問も読んで欲しかったけど、いや、やっぱり恥ずかしいから読まれなくてよかったかも。
『みんな気になる? じゃあ読むね。『高校二年生です』。若いよね〜、高校生。懐かしいな』
へえ、高校二年生。私と同じだ。
『『好きな人が友だちと付き合い始めたのに諦められないです。でも友だちにも悪いし、好きな人といるとつらいし、私のことを好きでいてくれる人とも向き合いたいので、早く諦めなきゃいけないとも思っています。Emiemiは過去の失恋をどうやって乗り越えましたか?』って』
私は勢いよく枕に顔を埋めた。そ、それ、全文書き覚えがありすぎる。どう考えても私の質問だ!
コメントが『好きな人被りは学生あるある』、『失恋かぁ……』、悲しそうな絵文字など、雰囲気が一気にしんみりしてしまった。
Emiemiがコメントを読んで、うんうんと頷いたあと、深く椅子にもたれた。
『あのねー、あたしも好きな人被っちゃって振られちゃったことあるの。この前映画行った子なんだけど、あの子の彼氏があたしの初恋の人なんだー』
え? 私は慌てて画面に注目した。
映画の投稿は覚えている。この前も何も、一昨日の投稿だ。元ライバルはどんな人だったか、Emiemiは友だちも綺麗なんだなと思った記憶があるような。
『その初恋の人ね、優しくてカッコよくて、当時は本当に本当に好きで……あたしその人のためにメイクとかヘアアレンジとか始めたの』
ニコッとするEmiemiはほんの一瞬だけ、キラキラしている写真の中では見せたことのない哀愁のある笑みをした。
『オシャレ勉強し始めて、料理とかもできるように練習してね。でも、初恋の人があたしの友だちのこと好きになっちゃってね』
Emiemiのメイクもヘアアレンジも自作ネイルも、クオリティーを知ってるからこそわかる。Emiemiが可愛くなるためにどれだけ時間をかけたのか。
『けどさー、やっぱ諦めらんないじゃん? 今まで努力して、アピールもめっちゃして、たくさん時間かけたのに、なんであたしじゃないの? ちゃんとあたしを見てよ! って感じじゃん? なんで振るの!? って』
Emiemiがわざとらしく怒ったあと、ふふっと表情をにこやかにさせた。
『それでね、あたしは、トラぴがいてあたしのことちゃーんと見てくれて、初恋の人に見てもらう必要がなくなったから、失恋から立ち直れたと思ってるよ。全部トラぴのおかげって感じ!』
『参考にならないかも、ごめん!』と謝るEmiemiを見つつ、一人の姿が頭に浮かぶ。
黄昏時の駅が、夕方のアイスが、雨の日の海が、どれもこれも困ったくらいに同じ横顔とともに頭の中を埋め尽くす。わかってるよ、わかってる。だから頑張って里也を諦めようとしてるわけで。
『てかあたし的には、好きな人とか、別に無理して諦めなくてもいいと思うけどな〜』
えっ? とんでもない発言が聴こえた。
コメント欄も『なんで?』、『え?』、『ドロドロ関係にならない?』と混乱している中、Emiemiがきょとんとして言い放つ。
『あたしも初恋の人のこと未だに好きだもん! あ、もちろん人間としてね』
人間としての、好き。
『あたしね、友だちのことが好きなとこも含めて丸ごと、今の初恋の人が好きだなぁって思ってるし、そんな友だちとも初恋の人とも仲良くできてるあたし天才って思ってるよ!』
好きな人の好きな人ごと丸ごと好き。そんなの、そんなことって。
私だって、市香のことは好きだ。里也も好きだ。市香が好きな里也のことは? そんな里也のことも丸ごと好きになれたら。
『やっぱ好きなものは好きなんじゃん? 好きをやめるとか無理難題じゃーん? しゃーないから、好きは好きって言ってこ!』
不意にいつか見上げた星空が脳裏をよぎった。
そうだよ、私は今回もまた、好きって、
『ってことで、あとであたしが好きなかき氷カフェ紹介するね! みんな、美味しいもの食べて元気出してこ〜! じゃあね〜! 配信終わ』
「えっ? ちょ、ま、待って! コメントしてない!」
Emiemi特有のお茶目さを発揮して、配信はブチ切りされた。考え事をしていたせいで、『お疲れ様』も『ありがとう』もコメントできなかった。そ、そんなぁ! もっとコメントしたかったのに。
ドサッとベッドに横になる。Emiemiの投稿を待つまでの間に目に入る、友人たちの近況報告。
彼氏といちゃつく惚気報告、アオハル系のきゅん甘ソング、極限まではぐらかした短い文面付きの匂わせ画像、写真映えする人気のカフェでのポートレート。ぽんぽんイイネしスクロール。
おっと? タイムラインを遡って毛色の違う投稿をタップする。市香作のやたらまるまるとした小鳥のイラストだった。可愛いな、小鳥も市香も。リプライで『可愛くて好き!』を送る。
好き。恋愛的な好きに、人間的な好き、友情的な好きも、小鳥を愛でる好きもある。好きっていっぱい意味がある。好きは全部好きでも良いんだ。
諦めるではなくて、人間として好きになる。その発想は盲点だった。そして、私にとっては諦めるよりよっぽどできそうな気がした。
好きなんだから、写真も連絡先も思い出も縁も好きなままで。なーんだ、暗く考える必要なんてなかったのだ!
私は久々に良い気分でベッドに潜り込んだ。
次回24日更新。




