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43 七月 主役とケーキと揺れる気持ちが二つずつ

 パーティーメンバーが全員揃ったのでケーキタイムとなった。食べ盛りの男子が多いので、大きめのホールケーキが主役分の二つ。

 片方はイチゴやベリーでシンプルに飾り付けられたチーズケーキで、もう片方のチョコレートケーキにはクリームで出来たテディベアがちょこんと座っている。どちらがどちらのケーキなのか一目瞭然。


「はっ! かっ、かわ、かわ……! 可愛い……!」

「おー、美味そう。ありがとな」

「めちゃめちゃ可愛い! ありがと!」


 にぱっと喜ぶちあきも可愛い。ケーキ選び担当だった野球部の人がとろんと見惚れている。あぁ、そういえばあの人は例のちあきが好きな人だった。

 大和は早く食べたいらしく、早速包丁を持ってきた。手際よく一刀目、二刀目と切っていく大和を見て、クリームテディベアを撮影しまくっていたちあきが我に返って呟いた。


「こんなに可愛いクマさん切るとか、無理すぎ」

「えぇ……。じゃあそっちのケーキはどうすんだよ」

「食べない」

「そっちのが無理すぎ。切るぞ」

「えぇ! やだ! そっちのが無理すぎ!」


 ちあきが大和から包丁を奪い取り、鼻息荒くテディベアを見つめる。


「せ、せめて私が責任持ってクマさんを切る」 

「え」

「ちあきが?」

「ちょ、ちょっと待って」

「姉御に切らせるなんて、そんなそんな」


 全員総出で本日の主役をなだめることになった。なんてったって、ラケットを持つかのように包丁を持つ人に切り手を任せるのは誰でも怖い。ハッピーな誕生日パーティーが、凄惨な事件現場になってしまう。

 私はぱちんと手を合わせた。ちあきちゃんや、落ち着いてくださいな。


「ちあきは主役なんだからゆっくりまったりして、ここはめーちゃくちゃ手先が器用な人にお任せしちゃお?」

「む。私以上にクマさんを丁寧に扱える人がいるなら……」


 無理難題を投げられた。ええと、ええと。私はたまご焼きがスクランブルエッグになっちゃうレベルの料理スキルだから、誰か他の人を……。

 パーティーメンバーは十数人もいるのだ、誰か一人くらいケーキカットが得意な人がいるだろう。順々に視線を投げかけるも、しらーっと目を逸らされたり、小刻みに首を振られたり。誰も彼も、この可愛いテディベアにトドメを刺すのは嫌なようだ。


 そうして最終、私は端っこにいる里也と目が合った。何度かまばたきしたのち、里也が困ったように笑ってすっと手を挙げる。


「えっと、僕がやろうか」

「いいの?」


 思わぬ立候補だ。い、いいのかな、大丈夫かな。視線の圧で押し付けた感じになってないかな。

 横から女バスの子が、安堵したような納得したような声を上げた。


「あー、萩原って確か料理できたもんね」

「マジ?」

「マジマジ! 家庭科のときカボチャとか切ってたし」

「それって一年のとき先生に褒められたやつ?」

「おいおい、カボチャとケーキ一緒にすんなよ」

「でも手先は器用そう。美術部だし」

「すげえ偏見そう」


 そういえば、家庭科で活躍してたことがあったような。


 結局、里也がクリームテディベアのチョコレートケーキを切ってくれることになった。クマの体は見るも無惨な姿……とはならず。というのも、テディベアだけ別のお皿に移したからだ。あとでちあきが責任持って食べるらしい。

 事件の原因がいなくなった平和なケーキはサクサクと切られ終わり、里也がにこやかにちあきに話しかけた。


「海府さんはどれがいい?」

「これ!」

「はーい」

「俺のも早く取って」

「私のもおねがーい」


 一悶着あったためか、みんなケーキが待ち切れない。ちあきケーキ組のお皿たちがケーキを乗せられるのを待っている。いただきます待ちの大和ケーキ組は、すでにフォークとジュースまで準備万端で、使わなかったろうそくを大量に立て火を灯して遊んでいる人までいる。

 うーん、チーズケーキも美味しそうだな。チラチラと見ていたら、大和ケーキ組の京が自慢げに見せつけるようにお皿を傾けてきた。なっ。

 京が口をぱくぱく動かす。何? 『これ、めちゃくちゃ、美味しそう』? それは見ればわかる。うう、そっちも食べたくなってきた。


「小町」

「はっ、はい?」


 京を恨めしく見ていたら、急に里也に話しかけられてびっくりびっくり。にっこりとチョコレートケーキを差し出された。


「はい、これどうぞ」

「あ、ありがとう?」


 とりあえず受け取っておく。他にも順番待ちの人がいるのに、わざわざ私に先にくれた。な、なにその特別扱い。ときめいちゃうんですけれども。


「びっくりさせちゃってごめんね。小町は写真撮るの好きだから、綺麗に切れた部分がいいかなって思ったんだ」


 里也がくすくす笑って種明かし。言われてみれば、縁のクリームはどこも欠けておらずまるまるとしており、振りかけられた金箔も偏りなく均一だ。

 わざわざ私に綺麗なピースを。な、なにその特別扱い! ときめいちゃうんですけれども! ……いや、ときめいちゃったらダメなんですけれども。




 ようやく始まったケーキタイムで、私とちあきであーんしあったり二人で自撮りしていたら、みんなが画角に入ってきてわちゃわちゃ。食べるの遅くなっちゃった。

 他の人たちが半分ほど食べ終わる頃に、私は無事に写真撮影大会から抜け出した。まずは里也にケーキのお礼を。


「ねえねえ、里也」

「うん? どうしたの。あ、ジュースいる?」


 ソファー前のリンゴジュースを注いでいた里也が顔を上げる。では一杯だけ。

 食べかけケーキと並々と注がれたリンゴジュースを囲んで座る。


「さっきはケーキ切ってくれてありがとね」 

「全然いいよ、あのくらい」

「綺麗なのくれてのも嬉しかった」

「上手に切れたから、小町にあげなきゃって思ったんだよね」


 えへへと照れ笑い。ほわほわ癒やし系は健在だ。私もにこにこしたい反面、あんまり笑えない気持ちもわずかにある。

 けれども、自分が想定していたより上手に話せていると思う。


「夏休み中の部活は何してるの?」

「最近の部活はね、体育祭に向けたモザイクアートの制作をしてるよ」

「おお、モザイクアートの。どんな感じ?」


 今年の団Tはオオカミとヒョウと、ヤギっぽい生き物アイベックスだから、モザイクアートもその生き物がメインになっていると思われる。

 里也は得意気にふふんと口角を上げた。


「すっごくかっこよくできてるよ」

「かっこいいんだ。楽しみ!」

「あ、でも」

「でも?」

「かっこいいんだけど、市香ちゃんがね、あは」


 ふはっとおかしそうに笑い出す。なになに、どうしたの? 

 私が身を寄せると、里也もちょっぴり近付き、小さな声で教えてくれた。


「市香ちゃん、スズメとかヒヨコに未練があったみたいで」

「うんうん」

「絵のそこかしこに可愛い生き物を忍ばせてるんだ。それが面白くって」

「市香ってば、そんなことしてるの?」

「岩陰とかオオカミの頭の上にヒヨコが乗ってるんだよ。困っちゃうよ」


 弾んでいる声色がちっとも困っていなさそうで、むしろ楽しそうで嬉しそうだった。なんか、すごいな。


「そうだ、市香ちゃんといえばさ」

「どうしたの?」

「この前、市香ちゃんが小町とデートしたって自慢されたよ」

「あぁ、誕プレの。デートしたした」

「あの日、部活が休みだったから僕もデートに誘ったのに、小町がいいって言われちゃったんだよ?」


 里也が口を尖らせてはジュースのグラスを傾け、流し目で私を見ては目を細めた。


「……妬いちゃうなぁ」


 先程までの高めの弾んだ声がやや低くてくぐもってて、どこか男っぽい雰囲気を醸し出す。さっきの可愛い人とは大違い。目が離せなくて、心臓が大騒ぎ。

 なんか、本当にすごいな。市香ってば、その場にいなくても里也に私にはできない表情をさせる。私も妬いちゃうんだけど。

 ……いや、妬けるような立場じゃないんだけどね。




 ケーキを食べ終わった人たちで大和の部屋を探検しに行くことになったらしく、大和大好き里也は飛び付いて行ってしまった。私が市香だったら残ってたくれたのかもしれないな、なんて。

 もそもそとチョコケーキを食べ終わろうとしたとき、正面によっこらせと京が座った。


「京は大和の部屋行かないの?」

「行き飽きてる」

「ちあきは行ったよ」

「漫画読みにな。おお、お前らも行くの? いってらー」


 大和部屋に行く友人たちを見送ると、残りは私たちとキッチンで後片付けしている子たちだけに。


 リビングで二人顔を合わせる。気まずい、わけではないんだけれども。私がいたからわざわざ残ってくれたのかなぁ、と思うのは自意識過剰かな、なんて。

 私が言葉を探していたら、京はお皿に残っていた一口大のチーズケーキにフォークを突き刺した。


「そっちのケーキどうだった?」

「チョコケーキ? 美味しかったよ」

「そりゃ良かった」

「チーズケーキも美味しそうだったね」

「小町、欲しそうに見てたもんな」

「誰かさんが見せつけてきたもんねー」


 いたずらが成功した子どもみたいに、にまっとされた。フォークごとケーキをふらふらと揺らす。


「ちょうど残ってるんで、これ食ってどうぞ」

「いいの?」

「ん」

「やった、ありがと。では、いただきまー……」


 いつもの癖でこのままぱくりといただこうとし、京の指が目に入って動きを止めた。瞬時に、どこかのツンツンガールの『小町は距離感がおかしい』が脳内を駆け抜けたからだ。

 そんな私でも、あーんなんて誰彼構わずやったりしない。


「食わないの?」

「た、食べるよ」


 美味しそうに光るチーズケーキをゆるりと動かして催促された。ケーキはもちろん食べたい、しかしあーんは、あーんって、あーんかぁ。

 私は急に心が落ち着かなくなってきた。よほど好きな相手じゃないと、わざわざあーんしようとしないよね、なんて。


 あーん回避の折衷案として、私は京のフォークをもらい、もら……あの、フォーク離してもらってもいいですか。京がフォークを渡してくれない。

 フォークを持った京の手を持った私の構図が出来上がってしまった。お互いきょとんと見つめ合う。


 キッチンのほうから聴こえるグラスを洗う音が途切れて、友だちたちの話し声だけが聴こえた。人の気配を改めて感じさせられる。

 目だけでキッチンのほうを見たら、京もちらりと振り返って「えーと」と再びこちらを向いた。不思議そうに、そして聞きづらそうに小声で問いかける。


「……もしかして照れてる?」

「てっ、れ……」


 声が上擦りすぎて、自分の声じゃなかった。これには京も驚いたようで瞳を大きくされた。京の瞳の中に、絵に描いたような困った顔でほっぺたを赤くしている私がいる。


 どれだけ目合わせてるっけ。ずっと見つめ合っていたら、なんだか気持ちがとろんとしてきた。無駄に触れ合っている手が熱くて、まばたきの一瞬すら惜しい。

 こんなにも見つめ合えるとか、私って案外、京のことを……。



「大和のベッドでかすぎ! 俺今度泊まりに来よっかなー」

「あんたはダメでしょ。弟くんと妹ちゃんに悪影響そう」

「家に知らないでかい男が泊まるとか普通にホラー」

「そんなこと言ったら俺ら全員無理じゃね?」


 ざわざわと廊下から人の声がして、二人同時にハッとした。喋らなくてもわかる、お互い顔が焦っていた。何も悪いことはしていないのに、謎に大慌て。

 京はわざとらしく大げさにソファーに座り直し、私は残っていたチョコケーキを口に放り込んだとき、リビングのドアが開いた。


「ただいまー」

「あれ、京介まだケーキ食べてんのか」

「いらないなら私にちょうだーい」


 京の隣にぼふっと女子が座った。えっ、まさか京、その子にあーんしちゃうの?

 ドキッとして、スポンジを咀嚼しつつ見上げれば、チーズケーキはすでにぱくりと食べられていた。


「いやー、誰かにあげる分はもう残ってないすね」

「うわ! 食べるの見せつけてきた!」

「京介いじわるしてやんなよ」

「してないって。ゴミ箱どこだっけ」


 京がテーブルに残ってあった私の紙皿とフォークも持って、さり気なくソファーから離れていく。あぁ、良かった。

 …………いや、『あぁ、良かった』って、な、何?



 大和たちと一緒に里也もリビングに戻ってくるのが見えた。なんとなくその姿を視界の隅に入れながら、ケーキをごくんと飲み込む。

 私は里也が好きなはずなのに、なんか、京のことも若干気になる。これまでの罪悪感のせいか、あるいは――。

 でも、好きな人が二人もいるなんて、変じゃない?

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