42 七月 パーティーにドキドキはつきもの
意識してはダメだと思えば思うほど意識してしまう。
困ったことに、今日は必ず京もいるというのに。
ちあき&大和誕生日会は、昼すぎから大和宅で行われるという。なぜ大和家なのか。理由は単純明快、大和家が大きいからである。
パーティーの参加者は、ちあきの友だちとか、大和のバスケ部メンバーとか、そして、ちあきとも大和とも幼なじみの京がいる。
そう、京がいるのだ。
ど、どんな顔をして会えばいいんだろう。私は待ち合わせ場所に向かうときから、いや朝から、いや前日の夜からソワソワしていた。寝る前のプレゼントの最終チェックのときも、朝の洗顔やメイクのときも、電車に乗っている間もソワソワしっぱなし。
相手は推定九月から私のことを好きになってくれていたと噂の人。なのに私ったら里也里也と恋愛相談をして、とんだ酷い人だ。今さらながら合わせる顔がない。
「小町! こっちー」
「やっほー、久しぶりー」
改札を抜けた辺りで、何やら集団に声を掛けられた。一目でわかる、あれが本日のパーティーメンバーだ。
「メンバー、こんなに多かったんだ」
「大和とちあき顔広いからねー」
「ねね、何のお菓子買ってく?」
「クラッカーとかも用意してビビらせてやろうぜ」
「ケーキってもう予約してるんだっけ」
「やばい、楽しみすぎるね〜!」
十数人も集まれば町中では大人数だ。そうだ、誰かと適当に話していれば京と顔を合わせなくても、
「こーまち」
「う」
話しかけられたら顔を合わせることになるのです。私はグギギと首を動かして京のほうを見た。
ぱちりと目を合わせれば、なんてことはない京がいる。
「誕プレ、どんなの買ったの」
「あー、えっとねー、ボディケア用品のギフトセット」
「おお、すげえ実用的」
「使ってほしいもん。夏限定のシャンプーとかボディスクラブとか買ってみた」
「へえ、重そう。持とっか」
京が私の腕にかけた紙袋を覗き込む。ナチュラルに私の腕に触れるような距離。ふわりと石鹸の制汗剤の匂いが鼻をくすぐって、私は全身からじわっと汗が出てきた。
どうして、この人はこんなに平然としてるんだろう。私は知らず知らずの間に、いっぱい酷いことしちゃってたのに。
「小町、聞いてる?」
「ハィ?」
お手本みたいな裏返った声が出た。
「え、どした?」
「な、なんでもない。お願い、します」
「了解す」
紙袋を渡しつつぺこりと会釈して、さっと目を逸らす。
京よ、そのような純粋無垢なお目々で私のことを見ないでほしい。これまでの極悪非道な行いがチクチクと心に刺さる。
今まで里也の相談とか悩みとか話しまくってごめん。深くお詫び申し上げますので、あの、その、じーっと見てくるのは、やめていただいてもよろしいですか。
視線の圧に耐えかね、再びちろっと京を見上げる。目を合わせて、一、二の三。京がハッと目を大きく開いた。
「もしかして気分悪い?」
「え」
「熱でもあんの」
慌てて私のおでこに手を当てて、またまた一、二の三。こてんと首を傾げられた。
「外も暑いからわかんね」
「今日、めちゃめちゃ暑いもんね」
「小町髪長いから余計暑そうだしな」
体温計だった手はおでこから離れ、ちょっぴり赤い京の顔を扇ぐうちわに変身した。
……私じゃなくて、京が照れちゃってるんじゃん。なんとなく私も髪をなびかせて首に風を送る。
「京介、小町! バスケ部全員揃ったわ! そろそろ買い出し行かねー?」
「あー、おう」
「おっけー」
呼ばれて、皆がぞろぞろと動き出す。京もすぐに行くと思いきや、歩き出すと同時に、もう片方の手に持っていたキャップを私の頭にすぽっと被せた。
「これ被ってて。一応、熱中症対策」
駅構内なのに、果たして帽子の効果とは。これでは目が隠れて視界がやや暗くなっただけだ。京のサイズはちょっとでかいらしい。
……暑そう、というか、余計に暑くなった気がする。
駅近くの激安スーパーにて大量のお菓子やパーティーグッズを手に入れ、道中のケーキ屋さんで予約ケーキを受け取り、私たちは満を持して大和のおうちにたどり着いた。
住宅街の中でも一回り大きなおうちのお庭の木の下で、ちあきと大和が私たちの到着を待っていた。
「あっ! 来た!」
ちあきが我々一行に気付いた途端に「姉御だ」、「姉御おめでとー」とワラワラと話しかける男バスたちを華麗にかわし、私の胸に飛び込んでくる。
「小町〜!」
「ちあき! 誕生日おめでと〜!」
「きゃーっ、ありがと!」
相も変わらず勢いのあるハグした瞬間、ちあきのおでこにキャップのつばが突き刺さった。
「あたっ、帽子邪魔なんだけど。可愛い可愛い小町に帽子被らせたの誰ー?」
「あ、俺」
ちあきがキャップを取って京にぽいっと投げ返す。
「あんたねー、可愛い顔隠すのやめなー?」
「さーせん。暑そうだったんで」
「え、小町、暑かった? 安心しな、部屋の中はエアコンガンガンだから」
とか言いつつ、炎天下で私に抱きついてくる。暑い暑い。なので私もぎゅーっとし返してやった。私たちのいちゃいちゃは真夏でも健在である。
そして、大和先生も健在だった。
「おーい、そこの三人、早く中に……ちあきと小町は何してんだよ」
「大和〜、いちゃいちゃされてる〜」
「わかったわかった。三人ともさっさと家ん中入りなさい。暑いだろ」
「はーい」
先生に注意され、早速おうちにお邪魔する。玄関に並ぶ靴の量に、そこはかとなくホームパーティーを感じる。お祝いパーティーにワクワクしながらお邪魔しまーす。
私たちの先生、バスケ部のリーダー、クラスの人気者。そんなみんな大好き大和のおうちで開かれるちあきと大和の誕生日パーティーに、大和と仲良くない人がいるわけもなく。
「外暑かったなー」
「今日はおばさんいねえの? 俺、美人に会うためにオシャレしてきたのに」
「やば! クッションふかふか!」
「大和ー、このジュースとケーキ冷やしといて」
「これ、弟くんと妹ちゃん宛てのお菓子な」
「買ってきたチキン食べちゃお、チキン」
「お前ら、はしゃぐな、はしゃぐな」
すぐにリラックスして各々自由なことをやり始めた。テーブルにお菓子を広げ始めたり、片やソファーでくつろぎ始めたり、自由人しかいない。
本日の主役の片方はリビングのソファーで優雅にハンディ扇風機の風を浴びており、もう片方の本日の主役はなにやらキッチンで忙しそうにしている。
ええと、じゃあ私は。
「大和、なんか手伝おっか」
「お、ありがとな。じゃあ冷蔵庫ん中のゼリー持っていってほしい」
「おけ、開けるよー。おお、いっぱい」
「この前ばあちゃんち行ったら、誕生日だからってすげえくれたんだよな。みんなで食おうぜ」
気前の良い本日の主役だ。二人で人数分を数えて、色んな種類のフルーツゼリーたちを冷蔵庫から取り出していく。
「ゼリー足りるかな」
「おう、余裕。今日ってあとから来るの何人だっけ」
「誰か来るの?」
「んー」
大和がスマホでグループトークを開く。今回のパーティー用のグループだ。すいすいとトーク履歴を確認してくれた。
「あとから来んのは、戸谷たちとー」
「あー、野球部は午前中ミーティングあるって言ってたね」
「あと萩原だってさ」
「へー。……え、里也? 今日来るの?」
「ちょい部活早く切り上げて来るってさ」
「へー……」
そうだったのか。グループのメッセージは流れが早くて見逃しがちだ。特に今回は誕プレ選びに気を取られて、パーティーに関して完全に他の人に頼りきってしまっていた。里也に会う心の準備はできてないのに。
しかし、ここで重い空気してはならない。めでたいお祝いのパーティーで本日の主役に気を使わせるなど、あってはならないことなのだ。
「やばーい。里也と会うのテスト前以来かも。楽しみー」
演技混じりのわずかな本音は、若干震えた棒読みになった。楽しみ半分、気まずい半分。
大和がパタンと冷蔵庫を閉めて、やや目をさまよわせたあと、ぽんと私の肩を叩く。
「なんかあったら俺らに任せとけ。ここはホームだからな」
重ねられたゼリーの容器たちを持って、リビングのほうに移動する背中を目で追う。ちあきがいの一番に食べたい味を選び、私の視線に気付いて「小町おいでー」と手招きしてくれた。
確かに、ここはアウェイから程遠い場所。私たちの先生、バスケ部のリーダー、クラスの人気者な、大和のおうちなんだから。
買ってきたお昼ご飯たちを食べ終わった頃、女バスの子たちが「大和とちあきに〜」とプレゼントを渡し始め、プレゼントお渡しタイムとなった。これぞお誕生日パーティー。
そして、お誕生日パーティーといえば。
「そろそろケーキ食べなーい? いつ食べるの」
「野球部来てからじゃないの」
「結構前に駅着いたって連絡来てたんだけどな」
「マジか。ならそろそろ来るな」
里也たちが来たら、ケーキタイムになるらしい。私はちあきがもらったプレゼントたちを開封するのを隣で見守りつつ、内心色んな意味でドキドキ。
間もなく、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「お、噂をすれば」
「来た来た!」
玄関からワラワラと野球部員たちが入ってくる。その後ろから、ちょこちょことやってくる里也は制服のままだった。
半袖から覗く日に焼けていなさそうな色白の肌。セットしてるのかしていないのかわからないくらいのサラサラな丸いシルエットの髪。運動部揃いの男子の中で一人異彩を放つスラッとした細めの体型と低めの身長。大和やちあきの知り合いの中では珍しいふわふわした雰囲気。
私の目が勝手に里也を追いかける。
制服ってことは部活から直接来たんだ。お昼ご飯食べたのかな。お腹減ってたり喉乾いてたりするかな。部活は最近何してるんだろう。市香とどんなこと話してる?
次々に話しかけたいことが浮かんでは、脳の奥でストップをかける。ダメだ。諦めなきゃ、諦めなきゃいけない、のに。
「悪い、遅れたー。これ詫びな」
「姉御! お誕生日おめでとうございます!」
「大和もおめでとなー。ほい、誕プレ」
「ありがと。おお、ありがと。すげえな」
誕プレと称した大容量タイプのお菓子が次々と増えていく。野球部の人たちが一人ずつ順々と大和に渡していき、最後に里也もお菓子の袋を渡す。礼儀正しい会釈付きで。
「古郡くんお誕生日おめでとう。海府さんもおめでとう」
大和にペコリ、ちあきにもペコリ。そしてちあきの隣にいた私とも目を合わせて、
「あ、小町だ」
ふふっと柔らかく笑って手を振ってくれた。つい反射的に振り返すと、嬉しそうにニコッと微笑む。
……あ、やばいな、これ。私、ドキドキしちゃってる。
例の人は、大和たちに話しかけ、男バスの人にちょっといじられたのか、あはっと眉を下げて笑っている。
そんな様子を、見ていたくないけど見ていたいし、話したくないのに話しかけたいし、気になりたくないのに気になってしまう。チラチラと目で追っては、脳裏をよぎるのだ。市香は里也をひとり占めできるんだなって。
男子たちを見ていたら、不意にソファーがばふんと揺れて隣からため息が聞こえた。
「萩原、来ちゃったな」
気だるそうな京の声だった。
そうだ、今日は京がいて、しかも相手は彼女がいるのに、なのに、私、私は……。胸を抑えて深呼吸、のつもりが浅い呼吸を繰り返す。
意識してはダメだと思えば思うほど意識してしまう。
困ったことに、隣に京もいるというのに。




