4 十月 三者三様なカボチャグラタンの味比べ
秋だなぁと日に日に実感する。
朝起きたとき、部屋の空気が生暖かくないとか、窓を開けて吹き抜ける風がひんやりしているとか、太陽がまだ高くない位置にいるとか。
そんな食欲の秋とか紅葉の見頃という時期。
秋晴れの本日は、大人可愛いブラウンメイクにしてみる。垢抜け透明感と自然な血色感を目標に最強の可愛いを作る。メイクは、自分に自信がついて頑張るぞーって気持ちになれるから好き。
さらに今日はくるりんぱツインテに。耳の高さに結んで何度かくるんと回してほぐす。最後にヘアミストを吹きかけて完成。
うんうん、良い感じ。私は玄関の姿見で確認して家を出た。
今日わざわざ髪を結んだ理由は一つ。それは調理実習の日だから。
班分けはランダムなくじ引きで、私は大当たりの大和を手に入れた。
「やった! 大和、ゲットだぜ」
「俺はモンスターじゃないぞー」
「大和って妹さんとか弟くんに料理作ってるんでしょ? 料理の達人だ」
「ただの男飯だけどな」
料理できるだけですごい。うちのお父さんは全然ダメだし、私はたまご焼きがスクランブルエッグになっちゃうレベル。
一方、大和はレシピの把握も完璧で、カボチャの処理もサクサクだった。私なら切るのもやっとだと思うけど、大和は豆腐みたいにスパスパ切っていく。
「そのカボチャ、硬くないの?」
「普通くらいだと思う。まぁ、女子には硬いかもな」
「大和くん、このガーリックソース、味どうかな?」
「……ん、美味い。さんきゅ」
メニューは、カボチャのグラタン、たまごとハムのサラダ、あと市販のフランスパン。ホワイトソースやガーリックソースもお手製という本格レシピだった。
大和は野菜の下処理をして、班の子が作ったソースの味見までする働きっぷりだ。私はひたすらホワイトソースの鍋を混ぜているだけ。牛乳を入れるタイミング諸々は全て大和任せ。「大和すごすぎる」と、私は隣に立っていた京の肩を叩いた。
……あれ、京?
「京、なんでここに」
「楽しそうにしてたから、何してんのかなって」
「京の班は?」
「爆発した」
え? 見れば、女子の一人がテキパキとサラダを作っているではないか。再び京に目を移せば、ぺろっと舌を出された。
「俺、洗い物係で今暇なんすよ。戦力外通告されちまってて」
「あら、そうなの」
「小町さんは花形のグラタン担当すね」
「いいでしょ、今日のメインだよ」
木べらをちょこっと持ち上げる。ホワイトソースに玉ねぎ、ベーコン、レンジで柔らかくしたカボチャを入れて煮込み中だ。
「美味そう。食べたい。俺、ここの班がよかった」
「どこも同じじゃない? レシピ一緒だもん」
「いや、ちあきの班見てみ?」
クイッと親指を向けられた先を見る。
袖をまくったちあきが鍋の前で腕を組んで睨みをきかせていた。え、料理でそんな悩ましい顔する?
「ねえ、これ弱火だっけ? 強火にしていい?」
「時間ないから、もう一気にやっちゃお!」
「い、いや、か、海府さん、よ、弱火で、お願いします……」
「ちょっとー、萩原クンが弱火だってさー」
「けど、レシピ通りじゃつまんなくない?」
「言えてる! パン、グラタンん中入れちゃえ!」
わお。萩原くん、女バスや女バレ、ちあきとかいう、派手明るいを具現化した班に放り込まれている。全く馴染めてない。くじ引きってなんて残酷。
「ついに創作料理始めたっぽくね?」
「止める人がいない。暴走してる」
「やりたがりのくせにレシピ見ねえもん。特にちあき」
「ゲームの攻略サイトは見るのに」
二人で「ねー」。対岸の火事を眺めて、萩原くんの心中をお察しする。
調理台にグラタン皿を並べ終えた大和が「どした?」とやってきた。無言でちあきの班に視線を送ると、大和から心底ドン引きした「うわぁ……」が漏れた。
「あれはヤバいな。あとで助けに行くか」
「介護だ、介護」
「いや、猛獣捕獲じゃね」
「あ、京、ちあきのことそんな風に言うんだ。酷いなー」
「大和〜、小町が突然裏切ってきた〜。自分だって介護って言ってたくせに〜」
「はいはい。小町は皿にホワイトソース入れて、京介はもう戻りなさい」
大和先生にたしなめられた。はーい。
グラタンをオーブンで焼いている間に、大和と一緒にちあきの班に遊びに行く。
例のホワイトソースを、一人でコトコト煮詰めていたのは萩原くん。私たちに気付くと、まるで『敵が増えた!』みたいな絶望顔になった。安心して、我々は味方ですよー。
問題児なちあきたちはサラダを盛り付けていた。
「あ、小町、いらっしゃい!」
「お邪魔しまーす」
「ね、うちのホワイトソース食べてみてよ。めっちゃ美味しいから」
「そうなの?」
「そそ」
大和がホワイトソースの味見をする。恐る恐るソースを口に入れる大和を、萩原くんが神妙な面持ちで見ている。なんだか毒見みたい。
「大和、どう?」
「……マジかよ」
大和の驚いた「意外に美味い」の声に、きゃーっとちあきの班員が湧いた。
「そりゃあ、うちら料理の才能あるし?」
「美味しいものしか入れてないんだから、美味しいに決まってるでしょ」
「途中遊びに来た先生も美味しいって言ってたもんね!」
「なんか悔しいわ。小町も食う?」
「小町、食べて食べて!」
小皿に取ってもらって、ふうふう冷ます。そして一口。
バターの良い香りがし、そのあとからカボチャのふんわりとした甘味が広がる。ぽかぽか暖かい秋の味がした。
「美味しい!」
「でしょでしょ。ねえ、そろそろ焼かなきゃなんだけど、グラタンのお皿ってどこにあるの?」
「用意してなかったのか。こっち」
「さっすが大和! 物知り!」
みんながグラタン皿を取りに行き、私は手に持った小皿の着地点を見失った。ふらふら動かす小皿に影がかかる。
「あの、小皿、もらいます」
萩原くんだ。
「萩原くんも味見?」
「あ、いえ。僕はもう味見しましたので」
萩原くんが使い終わった道具をシンクに置いていく。
作業台の上には映えてる盛り付けのサラダだけ。あれ、何か足りない。そうだ、この班はパンもグラタンに投入してたんだった。
「ねね、ガーリックソースはどうしたの? パンに塗るやつ」
「えっと、あのソースは、僕が味付け代わりにホワイトソースに入れました」
「そうなんだ。味付けとかは萩原くんがやったの?」
「あ、はい、す、すみません」
「そっかそっか」
京と見てたときは、女子主導でだいぶ危険な実験をしているようだったけれど、萩原くんが美味しいホワイトソースに昇華させたらしい。縁の下の救世主だ。
萩原くんににっこり笑いかける。
「ごちそうさま、美味しかった。ありがと、萩原くん」
「…………コッ」
新しい鳴き声だ。こっこっ。ニワトリの真似?
「こけこっこ?」
「いや、ちが……その、こっ、こちらこそ、ありがとうございました……?」
だんだん声が小さくなって、しかも疑問符で、何故かお礼を言われた。お鍋の湯気のせいか、顔は火照ってメガネが曇っているので、表情はよくわからない。
萩原くん、そんな白いメガネで前見えてるのかな。でも、嬉しそうな声でよかった。
ちあきの班がグラタン皿をオーブンに入れたところで、大和がふうと息をついた。
「小町、そろそろ戻るか」
「おっけー」
ちあきたちのホワイトソース美味しかった。うちの班のグラタンも早く焼けないかなー。早く食べたいなー。
班のメンバーと食事用のテーブルにサラダや食器を整えつつ、大和に「あのね」と話しかける。
「萩原くんが救世主だったんだって」
「なんの?」
「ちあき班のグラタン味付け」
「あー、なるほど。だから食える味になってたのか」
「バターみ強くて美味しかったね」
「俺らのも美味いから見とけよー?」
「期待してる!」
チーンとオーブンのほうから音が鳴る。調理実習室には、お腹が空くようなグラタンの良い匂いが立ち込めていた。
『いただきます』まであと少し。




