35 六月 持たざる者の叶わない無いものねだり
ライバルができて数日が経った。
敵対同士といえど、同じ人を好む仲。きっと好きなものの方向性が似ているんだと思う。私はオシャレ好きで、市香も隠れオシャレ好きで、二人とも可愛いものが好き。
「可愛いなぁ、この服。見て、これ」
「ふーん、まぁ、可愛いんじゃないの。でも小町、この前夏服買ったって言ってなかった?」
「欲しいものは無限にある。あと美容院も行かなきゃ」
昼休みに、私たちはスマホでSNSの投稿を見てみんなのファッションをチェックしていた。素敵な着こなしと見栄えするポーズで、あれもこれも魅力的。
私はハッとした。新しい服を買うなら新しい髪色にするなら、里也が好きそうなものにしちゃったりなんかして。
「ねえ、市香。里也ってどんな人がタイプなの」
「知らない。小町こそ知らないの? とっくにそういうの聞いてると思ってたんだけど」
私はそういうのは聞かない。聞いたら、好きだとバレバレになりそうで恥ずかしいから。しかしそれは、一人で聞きに行くことを想定していたのであって。
誰かと一緒に聞きに行くなら、あんまり恥ずかしくならないかもしれない。
「今から聞きに行かない?」
「えっ。里也くんのタイプの人を? 今から?」
「そう、今から」
スマホをポケットに入れて立ち上がる。市香も、ほら。
「待っ、ちょ、恥ずかしくない!?」
「二人で行けば恥ずかしくない! 多分!」
善は急げってやつだ。ということで、F組にレッツゴー。
先日、押してばかりじゃダメだと考えついた。私だって興味のない人は眼中にもなかった。意識してもらわないと始まらない。
やっぱり、好きな人の好きな人にならなくちゃ。
F組に到着。早速、お邪魔しまーす。
他のクラスは自分のクラスとは違う独特で、ちょっとした別世界みたいだ。どことなく理系はキリッとした空気感があった。里也の教室はこんな感じなのかぁ。
あ、教室の後ろのほうに里也を見つけた。よしよし。一呼吸ついて乗り込んでいく。
「さーとや。あーそびーにきーたよ。今ちょっと時間いい?」
「あ、小町、と、市香ちゃんだ。いいよいいよ、どうぞ。どうしたの?」
「や、私はなんか小町に連れて来られて……」
里也の周りの席をお借りして、私は何事もない風に座った。ええと、なんて切り出そうか。緊張で早口にならないように、あえてゆっくりと話し始める。
「あのねー、私ちょっと雰囲気変えようかなって思ってるんだよね。服とか髪色とか、今とは違うスタイルにしてみよっかなって」
「あぁ、いいね」
「それでさ、その、里也はどういうのが良いと思う? 参考にしたいから教えてよ」
こ、これは自然な流れで聞けたんじゃない? 私、天才じゃない? ドキドキして返事を待つ。
里也は「小町の髪型かぁ」とまじまじと私を見た。わ、照れる。メガネの奥の瞳が細められたり、上目遣いになったり、しばらく見つめられたのち、里也がにっこり笑った。
「小町の自由にするのが一番良いんじゃないかな。なんでも似合うだろうから」
「やった。ありがと」
なんでも似合うって。そんな褒めてもらっていいんですか。きゃっと喜ぶ私に対して、市香がずいっと横に座ってきた。
「な、なんでも似合うって何よ。どういうこと?」
「骨格が整っているタイプなんだよ、小町って。綺麗な顔立ちって言えばいいかな」
「それってたまご型とか、そういうの?」
「たまご? そういう分類もあるのかな。僕はわかんないけど」
顔タイプとは違うらしい。じゃあなんだろう。
首をひねる私に、里也は「そうだなぁ」と少し考えてから、ノートの空白にシャーペンでザッと楕円を描いた。そして縦と横に数本、線を描き足す。
里也が適当にシャッシャッと素早く線を描くと、みるみる人間の顔が浮かび上がってきた。ネズミーのアニメーション映画に出てきそうな、優美なスマイルのプリンセス。とっても美人さんだ。
「あのね、人物絵を描くときは顔の部位のバランスが大事なんだ。髪の生え際から目の高さ、目から小鼻の長さが同じになるように、みたいに」
「そうなの?」
「さあ。私はそういうの考えたことない」
「僕はそうやって描いてるよ。小町の顔は黄金比っていう、ちょうど良い比率だと思う。凹凸があって立体感あるし」
よくわからないけれど、良いことを言われている。今までされたことのない褒められ方でドギマギ。
調子に乗って、今のうちに服の好みも聞いちゃう。
「じゃあね、あの、服とかは」
「そりゃあ、言うまでもないよ。小町は色彩感覚抜群だから、大抵似合うだろうね。大丈夫、自信持って」
ひゃー。里也にそんな褒められちゃったら、私は終わり。心臓なんていくつあっても足りない。なんか顔どころか全身熱い。私、無事に自分の教室に戻れるかな。
きゅんきゅんときめく私の横で、市香が慌ててペシペシと机を叩いた。
「わ、私は?」
「市香ちゃん?」
「髪とか顔とか、どうなの?」
お、なんて言うんだろう。里也はノータイムで返した。
「僕は市香ちゃんが好きな髪型がいいな」
「私の自由にってこと?」
「うん」
ふわっと笑う里也に、市香がむすっとした。刺々しい口調で詰め寄る。
「ちょっと、ちゃんと考えてるの? 小町のときは、なんかつらつら講釈垂れてたくせに、私には雑じゃない?」
「なっ。酷いなー、市香ちゃん。僕だってちゃーんと考えてるよ」
ふふんとしたり顔。里也のこういうドヤ顔はいつも可愛いけれど、これはいつにも増して可愛く見える。好きな人フィルターのせい?
机に肘をついた里也が市香を見つめた。
「やっぱり自分の一番好きな髪型してるときが、一番楽しそうにするだろうなって思ったんだ」
あ、れ。
里也らしい優しくてふわふわした言葉に、私の胸がきゅっと痛くなる。おかしいな。悪いことは言ってないはずなんだけどな。
市香は眉根を寄せてしばらく無言になったあと、ため息とともに「はいはい」と立ち上がった。まだ若干ご機嫌斜めのご様子だ。ふわふわ言葉、効果ゼロ。
「里也くん、ありがと。小町、帰ろ」
「え、もういいの?」
「いいの」
「えと、じゃあ里也、ばいばーい」
市香が怒っている意味もよくわからないまま、私と里也は困惑顔で別れた。
お、お邪魔しました。
三階に降りて文系の廊下に着くと、私は市香の様子を窺った。あのですね、私は市香さんがそんなにもご機嫌斜めになっているのがよくわからないのですが。
「市香、どうしたの」
「だって、ねぇ、顔とかセンス褒めるってどうなの?」
「ダメなの?」
「自力でどうにかできることじゃないでしょ、そういうのって。生まれつきとか才能とか。私には褒め言葉一つもなかったし」
市香が壁にもたれて私をチラリと見た。そのあと、目を伏せて重たく長く息を吐き出す。
「小町はずるいな」
……ずるいかな、私。
自分に合うメイクとコスメ探して勉強して、流行に乗り遅れないようにこまめにファッションチェックしているだけ。垢抜けもセンス磨きも、頑張り次第で誰でもできる。
おそらく元から完全無欠の美人なんてどこにもいない。そう見えているのは各々の知られざる努力の末だ。
市香も一緒に頑張ろ。私は隣にもたれた。
「メイク練習して色んなオシャレな人たち見てたら、メイク技術もセンスも磨けるんじゃないかな。私もそうやってきたし」
「ふーん……」
「顔の立体感だって、ハイライトとかシェーディングでそう見えてるからだと思う。パーソナルカラーも肌タイプも骨格診断も自己判断だけど、考えてるし」
「ふーん……?」
俯いたまま短い無言の間が過ぎたのち、市香がちょんちょんと肘で私をつついてきた。
「小町、今度服買いに行くんでしょ」
「行きたいなーとは思ってるよ」
「私も行きたいんだけど」
思わず隣を見たら、光速でそっぽを向かれた。ツンツンモードだ。
「べ、別に、小町の服のセンスとか使ってるコスメがどんなのか見てやろうってわけじゃないから。私もちょうど夏服欲しいなって思ってただけだから」
市香が壁から背中を離したと同時に、ぴったり昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。先にE組に向かう後ろ姿がくるっと私のほうを振り向いて、はにかみ笑い。
「それに、文句言ってばっかじゃ可愛くなれないしね」
ライバルができて数日が経った。
意識しないようにしていたことを、意識せざるを得なくなった。今まで都合のいいように解釈していたことも、今まで見て見ぬ振りをしていたことも、全部直面させることになった。
里也の、私と市香への対応が、わずかに、けれど確実に違うことも、会う度に嫌でも実感させられるようになってしまったのだ。
そうだよ、市香。いくら愚痴を言ってても可愛くなれない。どれだけ不満をこぼしても里也には好かれない。
だから、私の文句もぐっと飲み込む。『市香のほうこそ甘く見つめられてずるいな』はさようなら。




