30 五月 食べて遊んで読んで寝る温かな休日
晴れ渡る空の下、揺れる電車に運ばれて降り立ったのは、ちあきや京、大和の家の最寄りの、いわゆるベッドタウンの駅。街へ出ていこうとする人並みに逆行して、私は待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせに行く前にスマホの画面を見てキャップを被り直し、パーカーのフードを整える。今日はラフでボーイッシュな格好にしてみた。
メイクも軽め、荷物も少なめ、テンションも低め。好きな人が他の人に懐く様子を見せられると思うと、やる気が出なかったのだ。
駅前の広場、ここだっけ。待ち合わせ場所で待っていたら、「あーっ」と叫ばれた。えっ。
「小町、可愛い〜っ!」
「あ、ちあき」
「キャップ良いじゃん、似合う! カッコ可愛い!」
ちあきが抱きついてきて、私の首元に顔を埋める。ちあきだ。
一気にホッとした。ちあきがいると無条件に心強い。私からもぎゅっと力を入れて腕を組んだ。
「ちあき、好き」
「きゃーっ、私も!」
「突然走り出したと思ったらいちゃついてんのかよ」
「よお、小町。あとは萩原だけか?」
京と大和もやってきた。今日の目的地が京の家だからか、みんなゆるい服装で、大和なんてジャージだった。それでもきまって見えるのはイケメンたるゆえんか。
里也が来るまでちあきといちゃいちゃ。ちあきが私の髪に手ぐしを何度も通す。
「やーん、小町ちゃん髪さらさらすぎる。ずっと触ってたい」
「シャンプーのCMみたいだな」
「バサッてしてみ、小町」
言われた通り、バサッと髪をなびかせる。ひゅ〜と口笛で囃し立てられ、ぱちぱちと拍手された。むふ、もてはやされて悪い気はしない。
「これは完全にモデルだな」
「推しカメラに視線くださーい」
「ウインクしてみ、ウインク」
ちあきの構えるスマホのカメラに向かってウインクと指ハート。おお〜と歓声が上がった。いや待って、そろそろ恥ずかしくなってきた。笑ってカメラのレンズを手で隠す。
そのとき、
「遅れてごめんね、みんな。お待たせ」
里也がやってきた。時間ぴったり。
よし、全員揃った。早く行こう、今すぐ行こう、さっさと行こう。三人が再び私をからかってくる前に。
私たちは駅から歩いてそう遠くない距離にある住宅街の中の一軒にやってきた。「俺の親は出掛けてて夜まで帰ってないから」。そう言って、京がおうちに入れてくれた。お邪魔しまーす。
朝はシナモン系の何かを食べたのか、甘い独特な匂いがするリビングは広々としていて、特大サイズのテレビが印象に残る。白や緑、茶のシンプルな自然色で統一された部屋は、庭からの木漏れ日がよく似合っていた。
京、ここに住んでるんだ。良いおうちだ。
家主に紙袋を渡す。こちら、厚めのザクサククッキーです。私の家の近所にある美味しいケーキ屋さんで買いました。
「これ、お土産です」
「おお、あざす。おやつに食いますか」
「僕もお菓子買ってきたよ。スナック菓子ならみんな好きかなって思って」
「あざーす。これはゲームしながらだな」
お菓子たちは対面キッチンのカウンターのバスケットの上に置かれた。そこ、フランスパンとか置いていそうな雰囲気なのに、お菓子置き場なんだ。自分の家と全然違っていて面白い。
ちあきと大和はお昼ご飯のピザを注文していたらしく、ちょうど届いたそれらをお供に、私たちはゲームを起動させた。
「一位速くないか? 誰だ?」
「京介じゃないの。……ちょ、赤甲羅投げたの誰よ!」
「あ、僕なんか順位上がってる」
「ねえ、また落ちた。これ車が自我持ってるよ、絶対」
「はい、ゴール〜、俺一位〜」
世界中の人とカーレースしたり、
「まずは全員でバトルね、アイテム有りで」
「わ、全キャラ開放されてる。すごいなぁ、何使おうかな」
「このキャラはどうやって攻撃するの?」
「そいつはとりあえず横B連打しとけばおけ」
「よこびー……?」
「よーし、始めるぞー」
わちゃわちゃ大乱闘をしたり、
「最後の一枚誰食べる?」
「私お腹いっぱいだからパス」
「じゃ、小町以外の四人の中で一番頭柔らかい人が食えるってことにしよ」
「え、余裕で私が勝つけどいいの?」
「ちあきいけいけ〜!」
頭脳対決したり。
私は家であまりゲームをするタイプではないし、きょうだいもいないので、こうやって友だちとゲームするのが新鮮で楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった。
お腹も満たされ、対戦ゲームで遊び疲れたところで、お昼ご飯が完食された。いわゆるおやつの時間に、ザクザククッキーとドリンクを囲んでティータイム。
京と大和の懐かし話から昔流行った漫画の話になり、京の部屋に漫画があるからと、二階の京の部屋を見に行く流れになった。
「あんたの部屋って綺麗なの?」
「俺を舐めんなよ。昨日せっせと片付けといたわ」
「ほんとにぃ?」
見定めるようにちあきが真っ先に部屋に入っていった。「まぁ、いいんじゃない」と謎のちあきチェックOKが出たあと、私もお邪魔する。
「おお」
リビングのナチュラル感とはうってかわって、京の部屋は黒やシルバーの家具で統一されていた。モノトーンな温度の低い感じ、すごく京っぽい。
みんなできょろきょろ部屋を物色。私は腰の高さほどの棚の上にネズミーのミニぬいぐるみが並んでいいるのを発見した。
「あ、ネズミーくんだ」
「あぁ、それ行ったやつの」
ネズミーサマーのうきわネズミーくん、ハロウィンのカボチャおばけ、クリスマスのサンタネズミーくんに、イースターのウサヒヨ。あれもこれも一緒に行ったやつだ。懐かしいな。
里也はデスクの上のパソコンに注目していた。
「わあ、パソコンだ。このキーボードカッコいいね」
「それ実は光る」
「光る!?」
「たまたま買ったら光った」
「たまたま買ったら光った!? そんなことあるんだ」
よくわからないけど、光るキーボード、近未来的だ。
「なにこれ、漫画やばいある。あ、これさっき話してたやつ?」
「そうそう。うっわー、懐かしいな、これ。完結したんだっけ」
ちあきと大和は身長を超えるくらい大きな本棚の前で話している。背表紙を見れば、数年前にアニメ化された作品から最近の話題作までずらりと並んでいた。
「これ、映画化もしてたっけ。あんたって結構漫画買うんだ」
「それは親が買ったやつ。俺が勝手に持ってきた」
「うわ、やってんなこいつ」
「こっちは? なんかバズってんのだよね」
「それも親が買ったやつ。面白いから読めって、勝手に俺んとこ置いてった」
「うわ、やられてんなこいつー」
男子がけらけら笑い出す。家族で漫画共有してるの、仲良いな。
誰かが言い出すでもなく、皆自ずと気になる漫画を手に取った。適当に読みたい作品を開く。
ちあきと大和はベッドに、里也はゲーミングチェアという名のマッサージ機みたいな椅子に座り、私はラグの上でクッションにもたれて京はあぐらをかいて、各々自由に読み始めた。
初夏の昼下がり。過ごしやすい気候と明るく静かな部屋の中。パラパラとページをめくる音に、時折誰かのふふっという笑い声が挟まる。
昔読んだことのある作品でも、読み直してみれば当時気付けなかった伏線や物語の深みに気付けて面白い。しかもノータイムで次の話が読める。どんどん読む手が止まらない。
さてさて、次の巻、次の巻。あれ、ない。
「ねえ、これの次の巻は?」
「誰か読んでんじゃねえの」
「僕も違うよ」
「ちあきは……え、寝てる?」
ベッド占領組の片方は横になり、もう片方は壁に背を預けてすやすやしていた。ちあきが手に持ったままの本が私の求めているものだ。
「静かにしてると思ったら。こいつら自由だな」
「古郡くん昨日練習試合だったって言ってたから、疲れてたんじゃないかな」
「ちあきもバイトだったはず」
「しゃーねえな。毛布かけとくか」
ちあきの手からそっと漫画を拝借し、お休み中の二人に毛布をかけて読書再開。
遊んで疲れて、おやつも食べてお腹いっぱいで、日が暖かくて柔らかいクッションもあって。結局みんなでお昼寝してしまったのは、京の家の居心地が良すぎたせいってことにしておこう。
夕方に解散することになった。午後は遊びという遊びをしなかったけど、不思議と満足感がある。たまには友だちとおうちでまったりするのもいいな。
「私こっちだから。ばいばーい」
「じゃあな」
ちあきと大和の家は駅とは違う方向らしく、途中でばいばい。駅に近付いてきたら、里也が腕時計を見て「あっ」と声を上げた。
「僕、もうすぐ電車来るから行くね。今日はありがとう! また遊ぼうね」
「あぁ」
「ばいばーい。気を付けて帰ってね」
小走りの背中を眺める。
そういえば、今日は一度も里也と二人きりで話していない。危惧していた里也と京のいちゃいちゃも見なくて済んだ。
みんなでゲームして個々で漫画読んで、童心に返った気分だ。あっという間に感じた一日の終わり。オレンジイエローの空が眩しくて手をかざす。
「あー、楽しかった!」
「だな」
「京、ありがとう。おうちお邪魔させてくれて、送ってくれて」
「全然」
「じゃあ、私もそろそろ行くね。ばいばーい」
「ばいばい」
京とも分かれて改札を通る。行きと真逆の、なんだか軽い足取りで。
ずっと楽しい時間が、難しいことやつらいことを考えなくていい時間が。続けばいいのに。
電車を待つ間にスマホを見れば、目に入るカレンダー。市香の誕生日まで、あとちょっと。




