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3 九月 腹ペコリーな昼下がりのミルクティー

 今日のお昼ご飯は、朝ご飯用にコンビニで買った小さなロールパンの残り一つだけ。ひもじい気持ちで見つめる。悲しく開封。

 隣りにいたちあきが「えっ」と驚いた。


「小町、今日はパン?」

「お母さんがママ友と旅行行ってて」

「でも、それだけ? 飲み物くらい買えばよかったのに」

「地獄金欠モードなの、今」


 最近ずっと懐が寂しい。しくしく。


「あ、そうなんだ。でも日曜に京介とネズミー行ってなかった?」

「行ったよ。楽しかった」


 そもそも元々金欠で、わざわざお小遣いを少し前借りして行った金欠ネズミーだったのに、楽しさの余りハロウィン限定スーベニア付きスイーツを制覇してしまい、グッズは可愛すぎてついつい調子に乗ってしまった。

 気付けばお財布さんは閑古鳥。トホホ。


「グッズ買っちゃって金欠」

「あいつ、小町が金欠なのわかっててネズミー行きたいって言ったんでしょ? 貧乏神じゃん」

「えーっ、ちあきひっどーい」


 無駄にあざとく言ったのは私じゃなくて京。大和たちとカップラーメンを買って教室に戻ってきたところだった。ジャンキーな匂いが教室中にふんわり漂い始める。


「あんたたち、今日はなんで戻ってきてんのよ。学食は?」

「新作カップ麺出てたんだもん」

「な、ここ座っていい?」

「やあよ。あっちいって」


 しっしっと手を払われたのに、気にせず大和が座った。私の席の前に京、隣にちあき、斜め前に大和。その周りに友だちが数人適当に座って、昼食が始まった。

 みんなパン複数個だったり、お弁当プラス菓子パンだったり。京なんて、カップラーメンを待つ間に焼きそばパンを食べ始めた。


 うう。カロリー爆弾飯に囲まれた中でロールパンをもそもそ食す。あと一口で食べ終わっちゃう、というときに肩を叩かれた。


「小町、小町。ウインナーあげる」

「え、ちあき、好き!」

「ついでにたまご焼きもあげちゃう」

「大好き〜! ありがとありがと」


 やはり持つべきものはちあきなのだ。ぎゅっとくっついて座ると、大和がひもじい私の食事情に気付いたらしくサンドウィッチのパックを私に見せた。


「小町、今日はそれだけなのか。カツサンドもいるか?」 

「やった! 大和神、ありがたや」

「お、じゃあ唐揚げも食う?」

「食べる! 感謝すぎる」


 お裾分けしてもらった。嬉しい、嬉しい。これで夕方まで乗り切れる。生きられるって素晴らしい。

 京は焼きそばパンから口を離して、パンとラーメンを交互に見た。


「……俺もあげたいんだけど、これは食いかけだし、ラーメン用の箸一膳しかねえし」

「あんたが元凶の貧乏神なのに」

「へい、姉御。さーせんした。飲み物でも買ってきやす」


 京が席を立って、財布をポケットに入れ直した。


「小町、何がいい?」

「お、京介がパシられてくれんの? あざっす」

「全員分のジュース買ってきてくれるってマジ?」

「俺の分も頼んだ。茶よろしく」

「うるせえ。お前らが混ざるなら、じゃんけんだわ」


 あ、悪ノリが始まった。このクラスではよくある、集金男気じゃんけん。それぞれお金は出すけれど、じゃんけんで勝った人をパシるってやつだ。


「一人何円出す?」

「買ってくるの何人分よ、これ」

「え、これ何の騒ぎ?」

「とりあえずいつもの額でいんじゃね。余りは選ばれし者の手数料ってことで」

「勝ったらいいことあんの? 俺らもやらね?」

「さっさとやんないとラーメン伸びるわ。行くぞ、せーの」


 話しているうちにワラワラ男子が集まっていく。あれ? 関係ない人も混ざったんじゃ……。


「「「じゃーんけーん、ぽん!」」」


 半ば蚊帳の外でじゃんけんを見守る。幾度目の「じゃんけんぽん」を勝ち抜き、乗り越えた末に選ばれたのは、


「……ぼ、僕……」


 萩原くんだった。自分のチョキの手を見つめて呆然としている。


「おい、喜べよ、里也! 一応男気じゃんけんなんだから」

「わ、わーい」

「もっと喜べ」

「じゃあ萩原、茶頼むわ」

「スポドリなら何でもよし。よろしくー」


 みんなが机にお金を出しつつ、各々好きなものを言っていく。覚えられるのか、萩原くんよ。

 萩原くんはうんうんと頷いて、お金を集めたのちに、おずおずと顔を上げた。


「あの、覚えられないから全員水でいい?」

「舐めんな。水は水でも天然水って書いてるやつな」

「絶対麦茶! 烏龍茶嫌いだから、俺」

「飲むヨーグルトのブルーベリー。イチゴは却下で」

「私、モナカアイスね。中に板チョコ入ってるやつがいい」


 皆が口々に言う中で、おとなしく折り畳み財布にお金を入れる萩原くん。


「えーと、アイスと……アイスと…………」


 そこで言葉が途切れる。大丈夫か、萩原くん。

 教室を出ていく萩原くんを、みんな若干の不安を抱えて「いってらー」と見送った。



 萩原くん、こういうじゃんけん参加するタイプなんだ、とか、普通に喋ってる、とか、なんで鳴かないんだろう、とか、そういう考えがぐるりと脳内を巡る。

 そのとき、グループの中で誰かがぽつりと言った。


「あいつだけで持てんの? 腕折れんじゃね、あのもやし」


 一年生の教室は第一棟の四階で、コンビニは一階にある。じゃんけん参加者は十人強なので、その人数分のドリンクを抱えて帰ってくることになる。昼休みなので、階段は人の往来もそこそこ多いと予想される。

 言われてみれば、萩原くん一人だと危ないかもしれない。


「マジで全部水買ってきそうなのもヤバい」

「水だとしても一人で持つのは大変か」

「今日暑いからアイス溶けるかもしんねえな」

「てか、じゃんけんしてたのなんで?」

「さあ、知らね。いつものノリじゃね」

「次はヘルプ行くやつ決めるじゃんけんする?」


 私も手伝ったほうがいいかも。じゃんけんの手を出そうとしていたら、カップラーメンを食べ終えた京がガタッと立ち上がった。「ちょっと様子見してくるわ」と走って教室から出ていく。

 京ってば、なんだかんだ優しいんだから。ところで、なんでじゃんけんしてたんだっけ。




 萩原くんと京はわりとすぐに帰ってきた。各々お昼ご飯を食べ終え、誰かが持ってきていたポテチを食べ始めたときだった。

 京が空いている机に数本のペットボトルなどをドンと並べた。


「お前ら、勝手に取れ」

「おっ、水じゃない。あざす」

「ちゃんとブルーベリー買ってきてくれてる!」

「よく覚えてたな。すげえ」

「この程度あったり前よ」


 ドヤ顔の京は私とちあきにそれぞれアイスを手渡してくれた。ちあきは「モナカアイスありがと〜!」と大歓喜。


「見て、今は限定パケなの。ペンギンさん!」


 にっこにこでチョコモナカのパッケージに描かれたペンギンを見せてくれた。これは可愛い、ちあきもペンギンも。


「小町にはこれのバニラ買ったわ」

「やった。ありがと」


 バニラにはシロクマ。

 今日は夜にお母さんが帰ってくるまで腹ペコを覚悟してたのに、お裾分けにアイスまで。至れり尽くせり満腹だ。


 アイス片手にポテチもちょこちょこ食べていたら、横からヌッと影が現れた。


「……あ、あの」

「わお、びっくりした」

「す、すみません」


 萩原くんだった。手には私が普段飲んでいるミルクティーがある。


「えっと、これ、どうぞ。僕が持っていましたので」

「いいの? アイスも貰ったよ」

「倉崎くんが、や、山城さんにはミルクティーって」

「そうなんだ。ありがと」


 私が手を差し出すとき、紙パックミルクティーを持つ萩原くんの手がちょっぴり震えているのに気付いた。

 そこまで怯えなくても、私は襲ったりしないよ。


「萩原くん、ありがと」


 笑って受け取ると、「ひぇ」とお約束の鳴き声のあと早足で離れられた。逃げた先で、友だちの影に隠れて水をごくごく飲むのが見えた。


「なんか、ビビられてるのかな、私」

「単純に女子慣れしてないんじゃないか?」

「あー、ありそう」


 大和がフォローしてくれた。女子慣れ。そっか。それなら仕方ないかぁ。

 京も続けて「そそ」と。


「さっきコンビニ行ったときも俺相手にキョドってたし、全員にあんな感じじゃねえの」

「それはあんたが怖そうだからじゃないの」

「俺よりちあきのが怖くね?」

「え? もっかい言ってみな」

「いえ、冗談っす」


 戯れを聞き流しつつミルクティーにストローをさす。

 けど、萩原くん、女子慣れしてないって言っても、今、美術部のクラスメイトの女子と普通に話してるけどな。

 たくさん話せば、そのうち私とも仲良くしてくれるかな。

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