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25 四月 春色の別れと出会いのクラス替え

 春といえば桜メイク。ふんわりしたピンクが可愛くて、ネイルまで桜仕様にしてしまった。ふとスマホに映る自分と目が合ったとき、ふと指先が視界に入ったときのときめきっぷりったら。

 オシャレするのはすごく楽しい。あわよくば、自分だけじゃなくて、意中のあの人の心まで射止められたらいいのに。



 私たちは二年生になった。

 新しいクラス発表は、中庭の掲示版や靴箱などにまとめて張り出される表を、自分で確認するシステム。

 名前を探すのが大変だなぁなんて思ったり、大勢集まってる中に入ったらヘアセットが崩れちゃうなんてビビったり。でも、たまには古典的なシステムも悪くない。


 おそるおそる歩いて行き、遠くから目を凝らして表を眺める。うーん、この距離じゃ見えないなぁ。

 人が減るのを待とうと、適当に掲示板前の群衆を眺める。おや。その中で、頑張って掲示板を見上げる背中を見つけた。


「おーはよ」

「わっ。あ、おはよう」


 里也だ。

 短くなった髪は春休みに会ったときと同じ、素朴で優しそうな青年に見える。しかし今日はメガネをかけている。あれ、コンタクトにしたんじゃなかったっけ。


「今日はメガネの日?」

「うん。コンタクトは休日限定なんだ。付けるのに時間がかかっちゃって」

「あー、慣れてないとそうなるよね」

「ついつい目つぶっちゃって大変なんだ」


 レンズの奥のはにかむ瞳が私と掲示板を交互にうろうろ。


「それで、あの、こ、小町は、どこのクラスになった?」


 小町、だって。下の名前で呼ばれるのは、私もやっぱりまだちょっと慣れないかも。


「探し中なの。ええと、里也は?」

「I組のほうから順番で見てるんだけど、僕もまだで」

「そっか。探そ探そ」


 二人で頷き合って掲示板の自分の名前を探す。私はAから見よう。山城小町、山城小町……。あ、海府ちあきはあった。A組だ。その下に倉崎京介。あれあれ、山城は? 山城はどこ?

 山城小町の文字はBにもCにもDなかった。あったのは、


「……Eだ」


 ずんと肩を落とす。逆に、里也からは明るい声が上がった。


「あ、僕Fだ。しかも古郡くんもいる!」




 うちの高校は二年生から文理が分かれる。A組からE組までが文系、F組からI組までが理系の計九クラス。

 理系選択だった里也と大和とは、元々分かれる覚悟はできていた。里也は常々『文系は日本史が……』と言っていたし、理系を選ぶのも仕方ないと思っていたから。

 でも、私はちあきと離れる覚悟はしていない。なのにAとEだなんて、文系の中で一番遠く引き離された!


「ちあきちゃ〜ん!」

「小町ちゃ〜ん!」


 校舎の三階に位置する二年文系の廊下で、ぎゅっと抱き合って嘆く。悲しい悲しい、離れたくないよー。

 別れを惜しむハグをしていたら、「はぁ」と呆れ返ったため息に横槍を入れられた。


「そのノリ、よくできるすね。クラス分けで、今生の別れみたいな」

「京はちあきと同じクラスだからそんなことが言えるんだよ」

「へい、そうすね。さーせんした」

「寂しいならあんたは萩原とすれば?」

「なんでそうなるんすか」

「倉崎くん、する?」

「だからなんでそうなるんすか」


 里也が広げたハグアピールする腕を、京が降ろさせる。代わりに里也の頭に腕を乗せた。身長差、ジャストフィット。


「じゃあ京は誰とハグしたいの?」

「ハグ? 俺は別に」

「古郡くんじゃないかな。二人いつも一緒にいたから」

「いやだから」

「あ、ちょうどいるじゃん。大和〜! 京介が寂しいからハグしたいって!」

「そうじゃな、や、呼ばなくていい。おい、来んなって!」


 階段を上がろうとしていた大和が、ドドドと力強い足音をさせてこちらに走ってきた。バスケ部、圧巻の脚力。もはや恐怖の領域だ。一瞬で目の前に。

 ちあきがぼそっと「ほんとゴリラ」とツッコんだ。ちょっと、地味に朝から笑わせないで。


「京介く〜ん、寂しいんだって? それなら仕方ない、ハグしてやろう!」

「違うけど、ああもう、違うけどしゃーなしな!」


 ノリノリの大和と若干やけになった京の熱い抱擁。あのツッコミのせいでゴリラに締め技を決められる人間の構図に見えた。ダメだ、笑っちゃう。ちあきは爆笑だった。

 ああっ、スマホのカメラで動画を撮っておけばよかった。きっといつか感動のワンシーンになったはず。いや、笑いのネタかもしれない。




 みんなとの話が盛り上がりすぎて、私は予鈴がなってからようやくニューE組に入った。

 二年E組の顔ぶれは、どちらかというと知らない人のほうが多めだった。でも、目が合ったら手を振ってくれるような友だちも何人かいて、案外悪くないメンツ。

 自分の席にリュック置いてから、ふと前の席の人を見た。おや。知っている後ろ姿だ。この内巻きミディアムヘアの落ち着いた雰囲気の人は。


「持岡さん?」

「え?」


 振り返った顔は大正解大当たり。やったぜ。

 そうだ、〝や〟の前は〝も〟。山城の前は持岡だ。うろ覚えだけど、一年生のときも最初の席替えまではそうだった気がする。


「また同じクラスだね、持岡さん。よろしくー」

「うん、よろしく」


 席について机の上で腕を組む。ねえねえ持岡さん、先生が来るまでお話しようよ。


「ねね、春休み何してた? 部活?」

「まぁ、そんな感じ」

「美術部だよね。すごい絵描いてそう」

「んー、絵だけ描いてるわけじゃないけど」


 何か言いたそうな、どこか明るい声色だった。


「他に何かしたの?」

「大したことじゃないけど、部活のみんなでお花見はしたかな」

「お花見!」


 私はぱちんと手を合わせた。春にお花見は欠かせない。けど、私はこの春ケーキにあしらわれた桜は見ても、枝にくっついた桜は見ていない。


「お花見、まだしてないなー。桜綺麗だった?」

「別に咲いてるのもあったけど蕾のも多かったな」

「へえ、蕾もお花も見れたんだ。いいね、お得だね」

「お得……」


 よくわからないといった表情をされた。目線をやや下にして、しばらく考えたのち「うーん」と呟く。


「あー、まぁ、良かったといえば良かった」

「そうなの?」

「良かったっていうか写真撮っただけだけど」

「いいねえ、集合写真とか?」

「まぁ、そう」


 持岡さんがスマホで写真を見せてくれた。クリスマスのときに見かけた顔がちらほら。確かに、背景は青空で良いお天気だけど、桜は三分咲きといったところで見頃には早い時期だ。


「いつ行ったの?」

「四月の最初のほうかな」

「へえ。新年度早々集まるって仲良いね」

「えー。どこもそうなんじゃないの」


 そうかな。私が中学で部活してたとき、部活の中でよく話す友だちとは遊んでいたけど、部員みんなでお出かけすることはあんまりなかった。あっても、大会後の打ち上げ程度だった。

 だからお花見なんて。いいな、楽しそう。


 写真を見せてもらっていると、ふと一人に釘付けになった。だって、里也、私が選んだ服着てたから。

 わ、なんか恥ずかし。買うときに私が『ここ軽く着崩すとオシャレそう!』って言ったことそのまま実行してる。里也、真面目可愛い。そんなところも好き。

 アップにしてもいいかな。わ、アップにしても変わらず里也だ。顔が近くて逆に私が照れる。ずっと眺めていると、さすがに持岡さんにバレた。


「何よ、じっと見ちゃって」

「あ。ええと、この服、似合うなぁって思って」


 慌てたら言い訳みたいなセリフが出てきた。いやいや、これじゃまるで自画自賛。自分が選んだ服だから、自分が最高だなって思うのは当たり前なわけで。

 他の人にはどんな風に見えています? 持岡さんも意見も聞いてみたいです。


「持岡さんはどう思う? この服」

「里也くんの服? 普通に良いんじゃないの。何か問題でもあるの?」

「ううん、ありがと」


 好評価いただきましたー。心の中で拍手をする。遠回しに私のファッションセンスを褒められたみたいで嬉しい。口元がゆるゆるしてしまう。持岡さんがお世辞や嘘を言っているような口調じゃなくて、完全に素の発言だったから特に。



 色々と写真を見せてもらっていると、新二年生が集まった写真も何枚かあった。持岡さんと誰かが写っているものが多く、その中には持岡さんと里也のツーショットもあった。

 ニコニコ笑っている里也のお顔をぐるぐると丸で囲む。そういえば一年生の中盤までの里也って、基本的に女子とは話さなくて、話したとしても持岡さんくらいだったような。


「またツーショだ。仲良いんだね」

「いや」


 画面の向こうの二つの笑顔は、咲いていない桜なんか気にしてなさそうなほど嬉しそうに見えた。美術部が仲良しなのか、二人が仲良しなのか。

 ううん、無理やり悪い方向に考えても良いことない。きっと前者だ。私も京や大和とたくさん撮るから、この二人も同じようなものなんだと思う。


 持岡さんは何かを言いかけて口をつぐんだ。やがて迷うように私に問いかけた。


「わ、私と里也くん、そんなに仲良く見えてる?」


 え。私はすぐに答えられなくて、まばたきを数回返した。

 一瞬の沈黙。その間に、タイミングが良いのか悪いのか、新しく担任となった先生がガラッとドアを開けた。持岡さんがサッと前を向いてしまう。


「いや、あの、なんでもない」


 と一言残して。

 半ば強制的に終わったせいで会話が消化不良気味。私は持岡さんの背中を時々チラ見しながら、先生の挨拶を右から左へ聞き流した。頭の中を埋め尽くすのは、さっき言えなかった言葉のこと。

 多分『うん、そう見える』と答えるのが最適だった。『仲良いよね、二人』って肯定すればよかった。でも、そんなこと言えなくて、言いたくなくて。



 窓からそよ風が桜の香りを運んでくる。悲しい別れと、新たな出会いと、思い悩む恋模様を全部詰め込んだ甘くて儚い香りを。

 こうして私の高校二年生が始まった。

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