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24 三月 その笑顔が好きなのは一人だけじゃない

 人気なアトラクションは大体回り終わった夕方。夜は冷え込んできたけれど、ナイトパレードはこれからだ。

 日が沈んでもなお薄明るい時刻に、私たちは早めの夕食を食べ終えた。


「さて、次は何乗る?」

「今ネズミーくんのグリーティング待ち時間短そうだよ」

「お土産屋さん混む前にウサヒヨさんグッズゆっくり見たい」

「パレードの場所取り兼ねて休憩」

「僕は夜景の写真撮りたいな」


 なんと見事に全員意見が割れた。しかも、ネズミーくんグリーティングとウサヒヨグッズのある雑貨店の方向は真反対。どっちも回っていたらパレードに間に合わない。

 だが、我々のネズミーに妥協という文字はない。私は人差し指を立てた。


「それぞれ別行動しよう」

「一人ずつで? 俺らはいいけど、ちあきと小町は危ないだろ」

「なんでよ」

「危なくないよ、ネズミーは治安良いもん」

「いや、迷子になって帰ってこない可能性がある。迷子センターの場所わかるか?」

「あんた一回黙りな」

「迷子になんかならないよ、私たち高校生だもん」


 ねー、と息を合わせる。行きたいところは違っても、私とちあきの心は一つなのだ。


「一人でも大丈夫だって。良い生霊飛ばすから」

「そうだよそうだよ。待ってね、今から分裂する」

「お前らさぁ。そんなんだから不安なんだよ」


 大和に呆れられた。だってだって、そうするしかないじゃない? みんなやりたいことがバラバラなんだから。

 考えあぐねていたら、京がトンとテーブルを指で弾いた。


「小町、ネズミー会いに行かね?」

「一緒に行ってくれるの?」

「昼のショーんときはネズミーよく見れなかったしな」


 確かに、お昼のショーのときは待機していた人が大勢いて、いくら背伸びしてもネズネズのお耳しか見えなかった。グリーティングなら全身三六〇度くまなく見られる。行こう行こう!

 すると、大和がテーブルに膝をついて目線だけでちあきを見た。


「なら、俺はちあきに付き合ってやるか」

「どうせあんたもお土産買いたいんでしょ」

「はいはい。萩原は?」


 今のところ、私と京がネズミーくんチーム、ちあきと大和がウサヒヨグッズチームだ。

 里也は京と大和を交互に見て、さらに私とちあきを交互に見たのち、「んー」と唸った。


「少しお土産買ってから一人で夜景撮影、っていうのはダメかな」

「いいけど、大丈夫か?」

「僕は迷子にならないので」


 えっへんとドヤ顔。ああ、可愛い。

 そして「パレード観覧に良い場所取っておくね」と言ってくれたので、ナイトパレード前に里也のもとに集合という約束で、しばし別行動をすることになった。




 ネズミーくんと会えるのは、ネズミーくんのおうち。ネズーコちゃんや他のキャラクターの家々が集まるポップでキュートな町の一角にある。

 このあたりは置物の一つ一つがおとぎ話に出てきそうな雰囲気で、映えスポットとしても有名だ。


 盛り上がって写真を撮る女子グループを横目に、ネズミーくんのおうちに到着。待ち時間は半刻ほどで、グリーティングの待ち時間にしては非常に短い。とってもラッキーだ。

 待機列は外で、海が近いからか吹き込んでくる風で手先が震えた。里也、一人で凍えてないといいな。やっぱりこっちに誘えばよかったかな。けど、自分のやりたいことやってほしいし。


「……ね、萩原とはどう?」


 私は思わず京を見上げた。私の頭の中、覗いた?


「何、驚いた顔して。難航してんの?」

「んー、そこそこ。あのね、名前で呼ぶようになれたんだよ」

「名前?」

「そう、さ、里也って。あっちもね、小町って。でもね、恥ずかしくてなかなか……」

「あー、そういやぎこちなかったな。まぁ、小町が幸せならいいんじゃね。頑張れ」

「うん、頑張る」


 京が応援してくれるの、なんだか意外。こういう話、興味そうなのに。



 私たちの順番がやってきた。ネズミーくんのおうちに入ると、そこは待ち焦がれた憧れの場所。ネズミーくんが過ごすリビング、ネズミーくんが眠る寝室、ネズミーくんが服選びするウォークインクローゼットなどなどを探索し、現実とネズミーくんの世界の区別が曖昧になったところで、秘密の部屋に通される。

 すると、いつもなら遠くで輝く好きな人が目の前に。


「ネズミーくん! こんばんは!」


 まあるいお耳にひょこひょこ軽快に動く手足、大きなお目々がくりくりで可愛らしい、愛しのネズミーくん。私たちを見て、わあっと嬉しそうに手を振ってくれた。


「かわっ、か、可愛い! きゃーっ!」


 ネズミーくんは私の頭のウサ耳をツンツンしたのち、手を頭上に添えてウサ耳ポーズをした。これはときめかざるを得ない。


「京、見て見て! ネズミーくん可愛すぎる!」

「見てる見てる」


 京は笑いながら私とネズミーくんにスマホのカメラを向けていた。ねえ、スマホで撮ってて可愛いネズミーくんが本当に見えてるの? 

 しかし、私もスマホを撮影用でキャストさんに預けてなかったら絶対連写してただろうから人のこと言えない。


「ネズミーくんほんと可愛い! 好き、好きです!」


 私はネズミーくんに向けて指ハートを送りまくった。両手でダブルハートだ。すると返されたのは投げキッス。な、なんてこと! 視界がぐらついた。

 倒れる前に京が支えてくれたけど、爆笑してた。そしてキャストさんも。


「やべえ、小町が死ぬ」

「し、死ぬ前に遺影の撮影を……!」

「では撮りますね。ネズミーも並んでね。いきますよー」


 ポーズを変えて数枚パシャリ。途中、ネズミーくんに抱きしめられる体制のときは本当に心臓大爆発寸前だった。心臓が過労死しちゃう。

 しかも今回はネズミーくんのサービスが凄まじかった。あのネズミーくんからハグと頭なでなでコンボを受けてまともでいられる人はいない。



 なんとか無事に生還したが、未だ興奮冷めやらぬ状態。ネズミーくんとのグリーティングあとはいつだってこう。


「ねえ、ねえねえねえ! 最高だった!」

「小町が急に後ろに倒れてきてマジ笑ったわ」

「あれはしょうがないの。わっ、私のスマホ、めちゃくちゃ撮ってもらえてる! 見て、ほら」

 

 ポーズを変えた枚数分はもちろんのこと、ネズミーくんのウサ耳ポーズと投げキッス、それで倒れる私を心配するネズミーくんに、別れ間際の頭なでなでまでばっちりだ。最後に京とハグするネズミーくんもいた。

 

「すげえな。あとで送って」

「京の撮ったやつも送ってね」

「動画なんだわ。見る?」

「見る!」


 私のきゃーきゃー騒ぎ立てる声と京の笑い声が混ざった動画は、楽しかったグリーティングの全てが撮影されていた。すっかり真っ暗になったパーク内を歩きつつ動画や写真も見つつ、待ち合わせ場所に向かっていく。

 ネズミーくんに会いに行ってよかった!




 里也がいるのは、パークを象徴するネズミーキャッスルの近くだという。私たちも城前広場に来たけれど、暗いせいではっきりと見えない。


「近くって説明雑じゃね。これじゃどこかわかんねえよ」


 パレード待機地蔵がずらりと並んでいて、京でさえも呆れる始末。

 京はだるそうにグループにメッセージを早打ちし、スタンプ爆撃も始めた。鮮やかな手さばき、お見事。しかし私のスマホの通知音が地獄だった。な、鳴り止まない。ちあきがキレるやつだ、これ。

 ふと想像して悪寒でぶるりと震える。私は温そうな良い匂いにつられて近くのワゴンに目をやった。


「返事待ってる間に何か買お」

「あり。あ、大和からなんかきた」

「なんて?」

「『スタンプうるさい』」

「だと思った。ちあき怒ってない?」

「聞くわ。……お、『ウサヒヨに夢中でキレてない』って。ウサヒヨすげえ」

「ウサヒヨ様々だ」


 二人でくすくす笑う。

 スタンプ連打のお詫びとして、ちあきが好きなフライドポテトと里也が好きな烏龍茶のホット、私のミルクティーに、京と大和のコーラを購入した。


 里也からの返事も間もなくきて、私たちは難なく合流することができた。お城前のパレード絶景ポイントで、里也がぱちんと手を合わせる。


「倉崎くん、わかりにくくてごめんね」

「次やったらお前置いて帰る」

「そんな酷いこと……あれ、次って、またネズミー一緒に来てくれるの?」

「えー、お前と?」

「僕知ってるよ、倉崎くんはお願いしたら来てくれそうだ」

「どうだろうなー」


 里也と京、格好のアドバイスのやり取りもしてたみたいだし、私の知らないうちに軽口を言い合えるくらい仲良くなってる。

 ほのぼの空気の中で、私は里也にホット烏龍茶を差し出した。


「寒いから買ってきた。どうぞ」

「え、いいの?」

「うん。良いとこ取ってくれたお礼に」

「ありがとう。春っていっても夜は寒いよね」


 手渡すときに当たった指先が冷たくて、ホットにして良かったなとぼんやり思った。


「やま……倉崎くんたちは、ネズミーどうだった?」

「ネズミーくん! あのね、最高だった! おうちの内装もね、ちょこっとイースター仕様になっててね」

「あぁ、ちょいウサだったな」

「ちょいウサ。そうなんだ」

「ネズミーくん、ウサ耳ポーズもしてくれてね、それがすっごく可愛くて!」

「あぁ、ウサ耳してたな」

「ネズミーってそんなことまでしてくれるんだね」


 私は多分、好きな人たちと好きな話題ができることが嬉しくて、ついはしゃいでしまっていたらしい。適当に相槌を打つ京と、うんうんと頷いていた里也の二人から、ふふっと笑われた。


「わ、ごめん。話しすぎた?」

「いや全然」

「ううん、大丈夫だよ」


 スマホがぴこんぴこんと数回鳴る。きっとちあきたちだ。買い物終わったのかな、私たちを探してるのかな。視界の隅で京かスマホをいじるのが見えた。

 けど、私は柔らかく微笑む里也から目を離せなくて。


「やま、や…………こ、小町の笑顔、なんかつられちゃうな」


 里也が私に気恥ずかしそうにはにかむ。私も里也につられちゃって照れた、はちゃめちゃに。

 お互い、早く名前呼びに慣れますように。




 パレードを見たあとは、おしくらまんじゅう状態のお土産屋さんで最終グッズ戦争を戦い抜き、最後に集合写真を撮りまくってそれぞれの帰途についた。

 お風呂を終えてぼふっとベッドに飛び乗る。楽しかった、そして疲れたー。ごろごろしながらスマホでSNSを開く。


 Emiemi、クラスの子、その次に里也の投稿が目に入った。ライトアップされたネズミーキャッスルの写真を載せている。文面は端的に『ネズミーランドに行ったよ』。私は速攻でイイネした。

 何かコメントも送ろう。タップしてコメント欄を開くと、すでに一つあった。それに対する返信も。これはIchika――持岡さんと里也だ。


『ネズミーキャッスル綺麗〜』

『うさひよのお土産買ったから明日の部活で渡していい?』

『ありかと!

 でもうさひよって何?』

『うさぎとひよこだよ

 可愛いから気に入ると思うな』

『ふーん?

 しょうがないからもらってあげる

 また明日ね!』


 美術部……部活羨ましいなぁ。春休みでも会えるなんて。ばふっと枕に顔を突っ込む。


 そういえば、持岡さんは里也のことどう思ってるんだろ。一緒に勉強したり誕生日お祝いしたり、結構好意的だ。

 里也は癒やされる笑顔も紳士な性格も一生懸命頑張るところも全部全部素敵だから、ひょっとしたら持岡さんも好きになってたりしてー。

 とはいえ、持岡さんはツンツンしてることが多いから、よくわからない。



 ともかく、私は前進あるのみ。タメ語、SNSでの繋がり、名前呼び。私は里也と着実に距離を縮めていっているはず。

 あとは。


「どう頑張ったら、好きになってもらえるかな」


 中学生のときは好きな人も諦めて恋から逃げた。でももう逃げないよ、私。

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