23 三月 とってきおきのサプライズを夢の世界で
ところどころに雲が浮かぶ三月の末のある日。
ネズミーに、五匹のウサギがやってきた。
「ちあき可愛い!」
「小町も天才すぎ!」
パークに入ってすぐの広場にあるモニュメント前でスマホを構える。
今日はふわふわハーフアップにイースター限定のラベンダーウサ耳カチューシャを装着して、可愛いてんこ盛りスペシャルだ。ちあきは元気いっぱい外ハネにライトブルーのウサ耳がとってもよく似合っている。
私たちが盛り上がっている横で、パステルピンクとゴールデンイエローとアップルグリーンのウサギたちは雑談をしていた。
「悪いな、萩原。あれが終わるまで待ってくれ」
「ううん、全然。それより、あの、倉崎くん僕の髪に何かある?」
「いーやー? マジで髪切ってコンタクトにしたんだなーって思ってー」
「アドバイスしてくれたの、倉崎くんたちじゃ、ちょっ」
「そうだけどさー。あーあー」
イエローウサギが、ピンクウサギの髪をわしゃわしゃ撫で回している。わしゃりすぎてグリーンウサギが笑いながら仲裁に入った。男子たちも楽しそうにじゃれ合っているようで何より。
三匹のほうに大きく手を振る。
「みんな、写真撮ろー、写真!」
五匹揃うととってもカラフル。そうして私たちのイースターネズミーは、ウサ耳集合写真撮影会から始まった。
春休みとイベント中ということで、ネズミーは今日も今日とて大盛況。ネズミー効果なのか、萩原くんは心なしかニコニコ度が高くて絶好調。
ちあきたちには好きな人のことを一応伝えているし、ここは萩原くんとの仲を進展させたいところ。私はぐっと拳を握って力を入れた。萩原くんともっと仲良くなるぞー、おー!
「さてさて、どこから回りましょ」
ウサギたちに問いかければ、四つ同時に返ってきた。
「ウサヒヨさんの像があるとこ巡る」
「とりあえず時計回り」
「今回はショーは見ないのか?」
「僕はアトラクションに乗りたいな」
ということで、私たちは時計回りにウサヒヨ像を巡りつつ、ショーの時間まで適宜乗りたいアトラクションに並んで乗ることになった。
要は、いつものネズミー満喫コース。みんなで楽しんじゃおう。
ウサヒヨ像はイースターイベント用にパーク内の至るところに設置された像で、きゅるんとしたお目々のウサギと小さなヒヨコたちが、お花畑で戯れていたりベンチにちょこんと座っていたりする。
私たちが一番に見つけたものは、たまごにもたれてすやすや眠るウサヒヨだった。ちあきが駆け寄って抱きしめる。
「あああ、可愛い! おうちに持って帰る!」
「あれって家に持って帰れるんだ……?」
「萩原、真に受けるな。ちあき、犯罪はやめろよー」
大興奮のちあきと一緒に、すやすやウサヒヨの真似をしたおねんねポーズで写真を撮る。でも、人が多くて写真スポットでの撮影はスピーディーに済ませないといけない。連写機能が活躍する場面である。
大量に撮り終えて、ちあきはニコニコ満足そうだった。
「ウサヒヨさん可愛かった〜!」
「あぁ、良かったな」
「ねえねえ、ウサヒヨって持って帰れるの?」
「萩原はさっきから持って帰りたがってんな。像は無理だぞ」
ウサヒヨの虜たちに大和が振り回されている。萩原くんがそんなにウサヒヨに興味を持つとは思ってなかった。可愛いもの好きなのかな。
歩いていると、京がふらっと横に来た。
「あの調子だと、今回すげえ散財すんじゃね、ちあき」
「ウサヒヨのグッズたくさん出てるもんね」
「どのくらい金使うんだろ」
ネズミーの物価は恐ろしいもので、あれもこれも買っていては、すぐさまお財布がすっからかんになる。気を付けないと、あっという間に破産してしまうのだ。
「ウサヒヨ可愛いから、私も買いすぎちゃいそう」
「小町も使うときは使うよな」
「今回は我慢するよ。……た、多分」
「グッズ買うときが楽しみすね」
京が笑いをこらえてニヤニヤ。ここに悪魔がいる。人のお金が昇天していくのを楽しむ悪魔だ。
いくつかのウサヒヨを見つけ、ファストパスを駆使して人気アトラクションにも乗って、少し疲れたお昼前。
私は腹ペコクタクタ気味だけど、ちあきと京がどこかに早足で進んでいく。体力が無限すぎる、置いて行かれる。私はノロノロ組の萩原くんと大和に話しかけた。
「ねー、お腹減ってない? そろそろ休むのどうですか?」
「今昼飯食うとこ行ってる。頑張れ」
「もう決まってるの?」
「予約してるんだって」
「えっ」
予約だと。ネズミーで予約ができるところは一部のレストランのみ。しかも、そういうお店はお値段が私たち向けじゃないはずだ。
普段のネズミーでの食事はレジで注文し、カウンターで受け取るといったセルフサービスのお店ばかり選んでいた。そっちのほうがカジュアルでお手軽価格だから。
でも、レストランなんて。
「お、お金足りる? ネズミー物価だよ?」
「小町は心配しなくていいぞ」
「倉崎くんが言ってた予算分あれば足りると思うよ」
予算? 私はそんなの聞いてない。聞き逃したのかも。
今日のお金、どのくらい持ってきたっけ。いつものネズミー分くらいしか用意してない。まぁ、いっか、グッズ代を削れば。
「小町ー、来て来て!」
ちあきに呼ばれて顔を上げる。
「あ、ついたって。山城さんはここ初めて?」
「……は、初めて」
ちょうどお昼どきの時間。運河に囲まれているレストランは石造りでレトロな風格が漂っており、長蛇の列を成している。
大人にとってはリーズナブルなイタリアンとして大人気のレストランは、高校生の私にとっては夢のまた夢の場所で。
「小町」
京がエスコートしてくれて、私はトンと一歩を踏み出した。春のまだ肌寒い風に背中を押され、真上から差す暖かな日光でできた影が落ちる石畳で靴音を鳴らす。
並んでいるオシャレなカップルや双子コーデの大学生の間を抜けているときにウサ耳を取り、髪をなびかせてきらびやかなレストランの中へ。
誕生日直前のネズミーと、背伸びした大人っぽいレストラン。
今さら気付いた。これ、京からの誕生日サプライズだ。
キラキラしたシャンデリアも、重厚な雰囲気の椅子とテーブルも、素敵な笑顔で出迎えてくれるキャストさんも、全て輝いて見えた。
予約したからか、案内されたのはゆったりできるソファー席だった。ふかふかのクッション付きで感動する。これがネズミーのレストランなんだ!
「わ……」
そしてメニュー表を開いて言葉を失う。一品で憧れのデパートコスメと同じ額だ。これがネズミーのレストランなんだ……。
私は一番お財布さんに優しいものにしよう。
「小町、この前これ食べたいって言ってなかった?」
そのとき京が私に見せたメニューは、イースター限定のランチコースだった。春の彩りパスタはとっても美味しそうで、前菜とスープ、ウサヒヨがあしらわれた可愛いデザートまで付いている。
うう、食べたい。いやいや、それを頼んだら一文無しになってしまう。
「これはお財布さんがダメって言ってる……」
「俺のお財布さんはオススメって言ってるけど」
「え」
「オススメデース」
京がわざとらしい裏声を出して、不意打ちで笑わされた。
私は聞かされていない予算、つまりそういうこと?
「じゃあ、お言葉に甘えて」
優雅にコース料理を堪能させてもらった。美味しい! 最後のデザートのケーキには『Happy Birthday』のクッキープレートが付いていたので、みんながハッピーバースデーと歌ってくれた。至れり尽くせり、すごすぎる。
食後には、ちあきが丈夫な髪質の小さな紙袋をくれた。
「あとで渡すの忘れちゃうかもだから、今渡すね」
「それ、前に選んだやつか?」
「そうそう。私と大和から小町に、はい。誕生日おめでと」
「わ、プレゼント?」
中には憧れのデパコスのロゴがあしらわれた箱が……!
「こ、これは、まさか……。い、いいの? 高かったんじゃ」
「そんなこと気にすんなって」
「私がなんのためにバイト頑張ったと思ってんの。いいから受け取っときな」
「ち、ちあきちゃん……! 大和もありがとう!」
小町は大変感激しました。食べたかった美味しいランチに、欲しかったコスメまで。
「ごちそうさまです。みんな、ありがと!」
持つべきものは友だなぁ。そうしみじみ思った。
レストランを出て、次なるウサヒヨ像やアトラクションを目指す。午後はイースター限定スイーツのおやつを食べなきゃだし、夜のパレードを見なきゃ。楽しみ楽しみ。
上機嫌で歌を口ずさみつつ歩いていたら、ウサ耳にウサ耳がぶつかってきた。見れば、ラベンダーウサギの萩原くんがネズミーにふさわしくない困り眉をしている。
「あの、山城さんって今日誕生日だったの?」
「今日じゃないよ。もうすぐ」
「うぇっ」
あ、久々の奇声、こんにちは。萩原くんはしまったというような顔をしていた。
「僕、何も用意をしてない、そうだ、山城さん僕のときにお菓子くれたから僕もお菓子贈るよ。山城さんネズミー好きだし」
「や、ネズミー物価本当にヤバいから大丈夫、本当に」
「そう? どうしようかな……」
うーんと俯いて考え始める。私に何かしてくれるのかな。嬉しい嬉しい。その気持ちだけで嬉しい。けど、何かしてくれるならもっと嬉しい。
ドキドキして次の言葉を待つ。萩原くんは「ええと、ええと」とブツブツ悩んでいたが、やがて手のひらを叩いた。良い案をひらめいたらしい。
「僕、山城さんの言うことをなんでも一つ聞くよ」
「え」
「なんでも言ってよ。山城さんは今日の主役……ここはネズミーだから、今日のプリンセスだ」
にこっと笑いかけられて、私の胸がきゅっとした。
私がお姫様なら、王子様はあなたがいい。
『なんでも叶えるよ』とでも言いたげな期待している眼差しを向けられながら、私は考えた。私が萩原くんに望むことは。
お願いを思い付いたのは多分一瞬。自然と歩いている足が止まった。
「本当になんでもいいの?」
「僕にできる範囲のことなら、なーんでも」
ほんのり照れてそう言い、両手を広げて片足のかかとを立てた。その動き、ネズミーくんっぽい。
おちゃめなところも好きだよ、萩原くん。
私はあなたともっともっと仲良くなりたい。例えば、下の名前で呼ぶとか。ああでも、名前呼びしたいとかわかりやすすぎ?
好きなのバレちゃうかな。心臓、どっくんどっくんうるさい。
ぐるぐる悩んでもどうしようもないな。私は胸元を手で押さえて、萩原くんに伝えた。
「あの、萩原くんこと、名前で呼んでいい? ちあき、とか、みたいに」
「そんなことでいいの?」
「うんうん」
こくこく頷く。そういうことがいいんです。
「あ、でも、それだとプレゼントになってないか。山城さん、僕に何してほしい?」
「……ええとね」
嘘、まだお願い聞いてくれるの? 待って、待ってよ。誕生日パワー、効果絶大すぎる。心がてんやわんやの大騒ぎ。心臓どっくんを超えて全身ばくばく。
萩原くんを見つめて、震える手と震える手で震える唇を覆う。どうか、声は震えませんように。
「さ、里也に、名前で呼んでほしい、かも」
「小町ー、萩原ー、今からショーだってー」
「わっ!」
「う、うん!」
大和の呼びかけで、二人同時に飛び上がった。あまりにも驚いたときって、逆に声が出なくなる。お互い、無言で様子を窺い目が合った。
里也が困り眉でおもむろに大和のほうを指差す。
「ショーだってさ。僕たちも見に行こうか、えっと……」
恥ずかしげな目の色の視線がふらっと逸らされたあとで耳に届く小さな声。
「こ、こま、小町……さん……?」
じわっと自分の体温が上がるのがわかった。背中、汗ばんでる。爪先まで全部熱い。あぁ、だめだ、だめだ。にやける。嬉しい、にやけちゃう。好きな人ってすごい、すごい!
「めちゃくちゃ照れた。ありがと!」
「ほ、本当にこれで良かったの?」
「もちろん。あとね、〝さん〟は無しの方向にしよ」
「が、がんばる」
大和が手を振っているのが見える。私が大きく振り返して、どちらともなく、並んでみんなのほうに歩き出した。




