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22 三月 日々の努力と勉学で磨いた垢抜け魔法

 春休みの朝は、休みといえど早く。

 私は起きてカーテンを勢いよく開けた。差し込む朝日は柔らかく暖かい。部屋が明るくなり、小鳥のさえずりが聞こえ、冷えている空気がわずかに上昇を始める。

 そうして私の一日が幕を上げた。



 スキンケア、着替え等を一通り済ませ、軽くゼリーなどを摂ったらシューズを履いて外に出た。冬の持久走をして以来、私は休日にランニングを始めたのだ。

 走る気分じゃないときや雨の日はフィットネスのゲームとかヨガをして、体はなるべく動かすようにしている。食べてばっかりだと太っちゃうもん。


 ワイヤレスイヤホンで好きな音楽を流し、町の大通りをぐるりと一時間ほど。

 新しいお店が出来ている。ここのお店、安売りキャンペーン始めるんだ。桜、もうすぐ咲きそう。ルートを変えたり変えなかったり、新しい発見がありそうな楽しそうな道を選びつつ、最後はおうちにたどり着く。


 そのあとはシャワーを浴びて、きちんとした朝ご飯。朝食作りを手伝う日もあれば、たまご焼きを目指してスクランブルエッグを作る日もある。

 健康的な運動と栄養バランスの良い食事が作り上げる、ほっそりした腕と脚、引き締まったウエスト。自分の理想体型を維持するのも大変なのだ。



 休日の午前中は、今話題のドラマを見るときや、自分の部屋の掃除をするときもあるけれど、一番楽しいのは練習。

 流行メイクをチェックしつつ、普段は使っていないカラーのアイシャドウや新しいメイク方法を冒険する。そのあとは時間がかかるヘアアレンジを試してみたり、全力でオシャレする。


 そして、せっせとオシャレして行くところは、両親と行く近場のスーパー。

 遊ぶ予定がない日は大抵こんな感じだ。両親とお出掛けする日もあるけど、そうでない休日はおうちでごろごろ。


 私は遊びたい盛りなんだけどなー。ちあきはバイトで忙しそうだしなー。他の友だちは部活してるしなー。中学時代の友だちは塾とやらが忙しいらしいしなー。一人で出掛けたら無駄遣いして金欠になっちゃうだけだしなー。あーあ、暇だなー。

 春休みの間はずーっとずーっとこんな感じ。寂しいなー。



 退屈でつまらない一日を終えて、ベッドでごろんと横になってSNSをチェックする夜。最新の流行やファッションの投稿の上に、ぴこんと通知が現れた。咄嗟にガバッと起き上がる。


『山城さん

 急な話なのですが明日空いていませんか』


 えっ! は、萩原くんからお誘いが来た!




 みんなと遊ぶときにさり気なーく好きな人を誘ったら、まさかその前に本人から二人きりのお出掛けを誘われた。

 そ、そんなことが起きるんですか。起きたんです。


 ううん、うまく寝付けなかった。コンシーラー、お願い頑張って。

 メイクは薄めのナチュラル系で、桜をモチーフにほんのりピンク。ふんわりしたシルエットのワンピース合わせてシンプルなツインテに。意識するのは自然さと透明感。萩原くんの隣にぴったり合うイメージに仕上げていく。

 待ち合わせはお昼すぎの学校の最寄り駅だった。ローファーとは違ってスニーカーで降り立ったホームは、長期休みで学生の姿が少なく、なんだか新鮮な気持ちになった。



 中央改札に着いてきょろきょろしていると、誰かがこっちに寄ってきた。避けようとしたら、その人影が私の目の前で止まる。


「こんにちは、山城さん」

「……え」


 琥珀色の瞳と目が合う。すっきり爽やかな少年を思わせる髪はサラサラしていて、晴れやかな草原が似合いそうな純朴さを漂わせていた。

 だ、誰だ。私は一歩後ずさった。


「こ、こんにちは?」

「僕です、あっ、僕、だよ」


 聞き慣れた声とあわあわ慌てる様子を見て、脳が急速に回転を始めた。眉ほどの長さの前髪はすっと斜めに流しており、分厚いフレームのレンズもないけれど、ま、まさかこの人は。


「萩原くん?」

「そうで……そうそう」


 小刻みに頷いて、ぺこっとお辞儀。この動きは完全に萩原くん!


「山城さん、今日は来てくれてありがとうござ、あ、ありがとう」


 ニュー萩原くんがにこっと微笑む。きゅーんと私の心がときめいた瞬間だった。




 萩原くんは新しい服を買いたいらしい。京と大和を誘ったらゲームや部活を理由に断られてしまったのだとか。

 駅ビルの中のアパレルショップ階を目指してエスカレーターに乗っているときに、そう話してくれた。


「遊びに行くならオシャレしなきゃって思ったんだけど、僕が持ってる服は地味なのばっかりで、友だちも僕と似たような感じで」

「そうなんだ」

「それで僕が思うオシャレな人たちに相談したら、二人から服より先に髪切れって言われ、た」

「結構長めだったもんね」

「僕、理髪店じゃなくて、初めて美容院に行った」


 敬語にならないようにゆっくりゆっくり、時々カタコトになるところがちょっぴりおかしくて、けど頑張ってタメ語で喋ろうとしてくれる真面目なところが可愛くて愛おしい。


「あと、ネズミーのアトラクションでメガネ吹っ飛ぶって脅されて」

「それ絶対京が言ってたでしょ」

「そうです、そう。元々コンタクト勧められてたから、これ機に変えてみたんだ」


 二つ下の段差に立つ萩原くんが私を見上げる。ふと目の高さで指をさまよわせ、慌てたように手を降ろした。

 

「でも、僕まだ慣れてなくて、メガネのときみたいに、こう、くいっとしちゃうときもあるんだよね」


 気恥ずかしそうに照れ笑い。そんなドジなところも可愛く見えるから、私はだいぶ重症かもしれない。



 垢抜けて見えるかどうかを大きく左右するのはファッションだと思う。すなわち、萩原くんが大変身するかどうかは、私のセンスに委ねられていると言っても過言ではない。

 気合を入れて、私たちはアパレルショップ巡りを始めた。


「萩原くん、流行とかわかる?」

「ううん、あんまり追い付けなくて」

「それならベーシックな感じでいこっか。これとこれ、どっちが好き?」


 好みを聞きつつ、モノトーン、紺、ブラウンなどの定番カラーに、流行にとらわれない普遍的なデザイン、重ね着次第で秋でも着られそうな生地のものをピックアップ。試着お願いしまーす。


 萩原くんは低めの身長だけどスタイルは悪くなく、着こなしによって大変身するダイヤの原石系男子だった。好きだからか、余計にそう見える。


「萩原くん、めちゃくちゃ良い!」

「そ、そうかな」

「うんうん! 自信持って! 次はこれ着てるの見たい!」


 試着室で萩原くんファッションショー。あれやこれやと色々着てもらった。ビッグシルエットなパーカーでルーズ可愛さを出したり、統一感のあるセットアップでクールさを演出したり。

 あっ、いけない、私が楽しんじゃってる。


 数店舗回り 慎重に吟味して、最終的に上下合わせて数着を購入した。

 着せ替え人形萩原くんは「じ、人生で初めてあんなに服着た……」とのこと。いっぱい着せてごめんね、お疲れ様でした。



 ヘトヘトになったので、駅ビル内のカフェに入って休憩タイ厶。外からの光が差し込む角際の席で向かい合って、それぞれドリンクとケーキのセットを注文した。


「ね、ケーキの写真撮っていい?」

「どうぞ」

「ありがと」


 桜とイチゴのタルトとミルクティーをカメラに収める。真上、斜め、真横と角度を変えて美味しそうに。どんな照明より太陽光が最も美味しそうに撮れる。自撮りと一緒。


「わ、すっごく美味しそうに撮れた。見て見て」


 中央には夕暮れの光を浴びて輝くタルトがデカデカと、奥にはぼやけたチョコレートケーキとカフェオレが写っている。陰影具合もばっちりだ。

 萩原くんに自信作を見せると、優しく笑う声が返ってきた。


「美味しそう。山城さんってよく写真撮ってるよね。ネットにアップとかするの?」

「してるよ、ほら」


 今度はSNSのホームを見せる。更新頻度は高くないけれど、たまに自撮りやスイーツを載せている。

 タイムラインも見せると、萩原くんはピンと来たのか「あぁ」と手を打った。


「これ、みんなしてるやつだ。ちらっと見たことある」

「萩原くんはしないの?」

「実はちょっとやってみたいんだよね。でも僕は綺麗な写真撮れないから……」

「写真はなんでもいいんじゃないかな。こういう人もいるし」


 ちょうどタイムラインにある大和の投稿を指差す。『今日のラーメン』という短い文面とともにラーメンの写真があるのみ。ちなみに大和はこういう投稿しかしない。夜に見てしまうと、お腹が減って大変なことになる危険なアカウントだ。

 他にも、ちあきと京のゲームの画像、Emiemiの自撮り、芸能人の投稿、そして持岡さんのイラストが流れてきた。


 萩原くんは「へえ」と興味深そうにタイムラインを眺めて、自分のスマホを取り出した。


「結構自由なんだね。僕もしてみようかな」

「やっちゃお、やっちゃお」


 案外ノリノリでアカウント登録をしていく。そうして新たに生まれたアカウントは〝里也〟。


「名前そのままだ」

「わかりやすいからこのままでいいかなって思って。『気になる人をフォローしましょう』だって。山城さん、フォローしていい?」

「もちろんもちろん!」


 間もなくして、私のスマホに『里也さんがあなたをフォローしました』と通知が来た。私はそっと静かにスクリーンショットを撮っておいた。

 


 萩原くんとの突然のデートに、SNSのフォローまで。さらに数日後にはネズミーも控えている。

 ミルクティーを飲みながら幸せに浸る。長期休暇ってこんなに楽しかったっけ。

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