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21 三月 「二人がいい」は永遠に言えぬまま

 修了式、つまり春休みももう目前のなった三月半ば。

 梅の見頃も過ぎ、けれど桜にはまだ早いという時期に、ネイルのギフトセットをもらった。少し早めのお母さんからの誕生日プレゼントだ。

 ちなみにお父さんからのプレゼントは、ネズミーくんのもちもち抱き枕だった。好みを熟知している、さすがお父さんとお母さんだ。



 早速、爪を輝かせて今日はるんるん気分。

 意気揚々と自分の教室のドアを開けると、何やらみんな教卓のほうに集まっていた。教壇に立っている大和が「お」と私に気付く。


「おはよう、小町。こっち来い来い」

「どうしたの」

「男子からバレンタインのお返し」


 ぽんと渡されたのは、何やら白い布地に水色のリボンで結ばれた袋。『小町へ』と書かれたタグ付きだ。中身は角張ったものの感触がするものだった。


「ありがとう」

「おう。あ、金森ー、おはよ。これ、男子からバレンタインのお返し」


 他のクラスメイトにも同様のものを渡している。大和は配る係みたい。

 私たち女子はお菓子たちを並べ置いて各々自由に取ってもらうスタイルだったけど、男子はきちんと一個一個にラッピングして手渡し。それぞれのリーダー、ちあきと大和の性格の差が如実に表れているなぁと思った。


 その近くではちあきや女子たちがきゃーっと騒いでいるので、寄ってみる。


「わあっ、見てこれ、ネコだ!」

「バラになってるのすごい」

「小町おはよ! ねえ見て!」


 みんなが囲む机の上には開封された白い袋があり、それぞれお花の形に畳まれたハンカチや、可愛らしい缶を持っている。

 ちあきが見せてくれたのは、小物入れとしても使えそうなサイズのビスケットの缶。蓋や側面にテディベアが描かれている。


「可愛いね、クマ」

「ね! これね、全員違う柄らしいの! 私一番クマさん好きだからほんと嬉しい〜!」


 ちあき、非常にご満悦。言われてみれば、缶のテディベアの絵はちあきが好きそうなほんわかした絵柄のものだ。

 にっこにこで喜ぶちあきに、教卓や教室前方で喋っている野球部たちのほうから、優しい眼差しが向けられている。自分の選んだものでこんなにも喜ばれて感無量ってやつだ。

 あと、喜んでいるのはちあきだけではなくて。 


「私もネコが一番好きなの! しかも白ネコ!」

「わっ、これ中身もすごいよ。イルカの形したビスケットだ」


 中身のビスケットまで凝っている模様。見てみると、カラフルな生地をしたお魚形やイルカ形をしたビスケットが所狭しと詰め込まれていた。ファンシーで食べるのがもったいなくなるレベルだ。


「これってやっぱ、あのときのやつなのかなぁ」

「ねー。マジでそうっぽいよね」

「あのとき?」


 尋ねると、照れ笑いが返された。


「うちらさ、この前男子から何の動物好きか聞かれたんだよね。なんのときだっけ、あれ。海派か山派かのとき?」

「それで動物園派か水族館派かになって、お前ら何好きなのーって聞かれた気がする」

「それで答えたやつが今回の缶のやつになってて、さり気にリサーチしてたんだなってびっくりだよね」


 なんということか。オシャレなハンカチと可愛いお菓子缶という一見普通のプレゼントに見せかけて、まさかの一人一人の好みに合わせたプレゼントだとは。うちの男子、侮れないな。あとでお礼を言わねば。

 私も早速開けてみよ……あら、先生おはようございます。




 その夜、入浴を済ませた頃にリュックの勉強道具を取り出そうとしたら、未開封のプレゼントがこんばんはしてきた。そうだった、朝はHRの時間になっちゃって、そのあとは体育や移動教室で開ける暇がなかったんだった。

 いそいそとリボンをほどく。さあて、男子たちは何をチョイスしたのかな。私、好きな動物教えたことあったっけ。イヌとかネコとか、そういう無難な感じかも。


 その麗しきお耳が見えた瞬間、私は驚愕し膝から崩れ落ちた。これはまさか、私が愛して止まない、


「ね、ネズネズ……!」


 優しく丁寧に両手で掲げ、缶のでこぼこしている蓋を撫でる。向かい合うネズミーくんとネズーコちゃんの、なんと愛らしいことか。間違いない、お耳の形もつぶらな瞳も裏に記載されている商標登録のマークも、本物のネズネズだ!

 予期せぬ遭遇ににやける。嬉しい、嬉しい。


「お礼、お礼言おう、お礼!」


 スマホをたぷたぷ操作してお礼を言う先を探す。ぱっと目に入ったのは、トークの一番上にいた京だった。この嬉しさは文字にするより直接言いたい。通話にしよう、通話。ぽちっとな。


 しばし待って、数コール目で京が出た。


「あ、京? 今いいかな」

『うん、どした?』


 京の声とともに、かすかにカタカタとキーボードの打鍵音がする。


「ゲーム中? ごめんね、かけ直そっか」

『や、そうだけど、今ミュートだから気にしないで。それより小町、何かあった?』


 やっぱり友だちとゲーム中らしい。では、手短に。

 私はネズネズ缶を持ってベッドに腰掛けた。


「あのねあのね、ホワイトデーのプレゼントありがと! ネズネズのすごく可愛くて嬉しい!」

『そっか、おめでとう』

「あとね、ハンカチもありがとね。お花になってて可愛い」

『それは良かった。どういたしまして』


 短いけど、温かな声が返ってくる。ゲームの邪魔しちゃったのに優しいな。良いことでもあったのかもしれない。

 要件はそれだけなので速やかに退散する。遊んでいるときにお邪魔しました。


「じゃあね、また学校で」

『いや、待って』

「ん? なあに」


 ネズネズ缶のネズミーくんたちのお耳の輪郭を指でなぞりながら、京が話し始めるのを待つ。電話先は『えーと』とどこかためらって、私が四つ目のお耳をなぞり終えたときにすうっと息を吸った。


『あのさ小町、春休みになったらネズミー行かね?』

「ネズミー? 行きたい!」


 ちょうどネズミーは春休みが始まった頃合いからイースターイベントを開始する。カラフルなウサギやたまごがモチーフの、スーパー可愛いメルヘンチックなイベントだ。

 行きたい、行きたい。つい立ち上がって小躍りしてしまうレベルで行きたい。興奮具合が伝わってしまったのか、京が笑い気味で言った。


『いつにする? 小町の誕生日近いし、その前後とかどう?』

「えーとね、私はいつでも合わせられるよ。ちあきと大和はどうだろ」

『あ、二人も呼ぶ?』

「ちあきね、最近バイトバイトって遊んでくれないから遊びたい」

『そっか。じゃあ呼ぶかー』


 手帳アプリを開いて春休みの予定をちょっとずつ立てていく。春休みがこの日からで、一学期が始まるのが四月のあの日。その間の数週間。

 あ、この間は、萩原くんと会えないのか。


 当たり前すぎて忘れていた。部活に入っていれば偶然学校で遭遇なんて出来事も起きたかもしれないけど、私は部活に入っていないから会える可能性はゼロに等しい。

 お休みの日でも会えたらいいのに。


「あの、あのね、京」


 スマホを持ち直してネズネズ缶を見つめる。脳裏をよぎったのは萩原くんの照れた笑顔だった。少しずつ仲良くなれているのに、会えなくなるのは寂しいな。代わりに毎日、おはようとおやすみのメッセージでも送ろうかな。それは迷惑かな。

 いや、やっぱり直接会いたいな。


 会いたいなら、会えばいい。理由がいるなら、作ればいい。二人きりはまだ早すぎる、でもみんながいるなら。


「その、私、好きな人がいてね、その人を誘ってみてもいいかな」




 通話先はしばらく無言で、私は慌てさせられた。思い切って聞いてみたのに、いつの間にか切れちゃってる? 画面を確認し、通話が繋がっていてホッとする。 


「京、聞いてる?」

『……え、あー、聞いてる』

「それで、どうかな」

『…………』


 祈るみたいに目をつぶっていたら、京の静かな返事が来た。


『それって誰か聞いてもいい?』


 どくんと急に緊張してきた。

 私の好きな人、いつかはちあきたちにも言おうと思っていた。あとで言うことなら、今言っても変わらない。しかし、心の準備というものがありまして。


「冷やかさない?」

『冷やかさない』

「からかわないでね、本当に」

『からかわない』


 片手でほっぺたを包む。熱暴走してた。


「は、萩原くんが、好きで」


 うわ、声上擦った、恥ずかし。電話越しで言うだけなのに、私照れすぎじゃない? 体を丸めて低く唸る。ベッドでごろんと三回転半。

 こっちの雑音を拾ったのか、『小町?』と心配された。ご、ごめん。パジャマを正して正座する。



 そして、京の返事は。


『まぁ、萩原ならいんじゃね、誘っても。来ねえかもしんないけど』

「ほんと? やった、やった!」

『……じゃあ、おやすみ』

「ありがと、京! おやすみ!」


 やった、嬉しい! 萩原くんとネズミーに行けるかもしれない!

 通話が切れた瞬間、私はぼふんとベッドに顔をうずめた。両足をバタバタ、ネズミーくんを抱きしめてゴロゴロ。嬉しすぎて嬉しすぎて言葉が出ない代わりに体が動く。

 どうしよう。春休みが楽しみすぎる!

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