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2 九月 追加課題も誕生日も口実とは知られず

 うちの社会科の先生には厳しい先生が一人だけいる。その名もずばり東條先生。一年E組では日本史を担当している先生だ。

 目の前で廊下を走っても授業中にジュースを飲んでいても怒らず、さすがに早弁は注意するくらいの温厚なおじいちゃん先生だけど、テスト結果が悪いときだけは本当に厳しいとの噂がある。


 とはいうものの、私は小テストでも定期テストでも追試や赤点とは無縁なので、真相は知らない。

 私の前の席のゲーム大好き人間が、夏休み課題テストの範囲のまとめレポートを書かされていることくらいしか知らない。




 英Ⅰの授業がやたらめったら早く進むと思ったら、後半から自習になった。先生に外せない用事があったらしい。

 先生を見送ったあと、私は優雅に古典の課題を取り出した。週末課題は授業中に終わらせるのが、スマートな高校生というもの。

 さあて、今回は筒井筒……。


「小町、班田収授法と三世一身法と墾田永年私財法の違いを手短に」


 課題の上に日本史の教科書が置かれた。もう、京ったら。

 この人はゲームにかまけて勉強をせず、テストの点が悪くて追加課題をやらされているのだ。さすが、体育祭前日にも徹夜でゲームをしていた人間。


「ここに書いてあるよ」

「読んだ。千字以内に収めて」

「私がそれやったら意味ないでしょ」

「あんた、小町の邪魔やめなー?」


 加勢が来た。隣の席のちあきだ。そうだよ、そうだよ。課題は自分でやってくださーい。

 二人でヤイヤイ言っていたら、京が重たいため息をついた。


「だって、東條課題のボーダー変わるとか聞いてなかったし」

「え、今回は違ってたの?」

「今回は五十点未満。マジで鬼じゃね?」


 東條課題というのは、東條先生が独自に設定している赤点ラインみたいなもの。定期試験では平均点よりマイナス二十点以下で東條課題が課せられる。今まさに京がやってるレポートが、それである。

 夏休みテストの日本史平均点は七十点超えと全体的に高得点だった。はたして京は?


「京は何点だったの?」

「さんきゅー」

「ひっく。普通に赤点スレスレじゃん」

「普段ならこの点でいけんの。あーあ、やらかした」


 ちあきに一刀両断されて、京がだるそうに机に寝そべった。私の机に。

 京は毎度、東條課題が出ないギリギリの点数を取っているイメージがある。頭が悪い強運なのか、はたまた天才のわざとなのか。


「期限いつまでなの?」

「今日」

「頑張れ」

「いや助けて助けてー」


 パッと起き上がり、私の手を握ってうるうる見上げてくる。同年代の男子がそんなことしてもちっとも……可愛いかも。ちあきはケッて顔してるけど。


 ところで、まだ九月上旬だけど、気が早い世間は徐々にハロウィンに染まりつつある。帰り際にあるドーナツ屋さんも、その一つ。


「小町、マジで頼む頼むー」

「あ、なんか新作ドーナツ食べたいかも」

「奢ります」

「交渉成立」

「よっしゃ」


 京がにこーっと無邪気に笑って白紙の紙を見せてきた。

 ちゃんと勉強していれば、追加課題も無駄な出費もしなくても済んだのに。京はちょっとおバカさんのほうなのかもしれない。




 放課後の薄暗い廊下、職員室の前で課題を提出しに行った京を待っていたら、こちらにトタトタ走ってくる影があった。手には数枚の紙。扉の前で急ブレーキして、胸元に手を押さえる。

 緊張した暗い面持ちのその人は、同じクラスの男子生徒。

 

「あれ。萩原くんだ」

「うわっ!?」


 ぴょっと飛び跳ねて紙を落とした。つられて私もびっくりした。話しかけられただけで、そんなに跳ねる?

 散らばった紙を拾うとき、『日本史夏休み追加課題レポート』の文字が見えた。


「萩原くんも課題提出?」

「あ、はい」

「結構量多かったよね。お疲れー」

「はぁ、す、すみません」


 何故かペコペコする萩原くんに、ラスト一枚を拾って渡す。


「今、京も出しに行ってるよ。萩原くんもいってらっしゃい」


 軽く手を振ったら、「ひぃ」と鳴かれた。確か、前に話しかけたときもにゃあにゃあ言ってた気がする。

 萩原くんの前世はよく鳴く動物だったんだと思う。ネコとか、そういうの。



 京を待つ間、スマホでぽちぽちSNSをチェックする。私がフォローしているのはちあきなどの友だちと、一部の芸能人や動画投稿者、そしてEmiemiだ。

 Emiemiは私がSNS始めたてのときに見つけた一般人。めちゃくちゃ可愛いオシャレさんで、私の憧れの人だ。私がフォローしたときはフォロワー数百人だったが、あれよあれよ増えて今や数万人を超えている立派なインフルエンサー様なのだ。


 Emiemiはイケメンな彼氏とよくネズミーランドに行く。今現在も、絶賛ネズミー満喫中らしい。ハロウィンのモニュメント前でのツーショ画像を上げていた。Emiemi、ほんと可愛い。

 ちょうど職員室から出てきた、気力を搾り取られてくたくたな京に駆け寄る。


「ね、Emiemiがまたネズミー行ってる。いいないいな」

「あー、その人ね」

「見て、Emiemiが買ったカボチャのぬいぐるみストラップ!」


 スマホの画面を見せる。ほら、可愛いでしょ。

 京はふむふむと大げさに頷いた。


「小町好きそう。今週末行く?」

「行きたい! ものすごーく行きたい、けど金欠でーす」

「わーお。そりゃ残念」


 ぽんっと肩を叩かれ、靴箱に向かう。

 お小遣いが余りまくってたら、ドーナツで釣られてあげたりしないよ。



 ドーナツ屋さんは学校と駅の間にある商店街の中にある。

 激安で激ウマなコロッケを売っているお肉屋さんや、良い香りが溢れる果物屋さん、コーヒーとタバコの匂いがよく似合う古風なカフェが並ぶ中、ガラス張りのファーストフード店が出現する。

 ここは数十年前の建物と、学生向けの現代的建築物が融合している、そういう商店街だ。


 二人で色あせたタイルの上を歩いていたら、小学生を見かけた。低学年ほどの男の子と女の子が手を繋いでトコトコ歩いている。


「わあ、可愛い」

「ちっちゃ」


 子どもたちを見てほのぼの気分、と思いきや、


「あ」


 男の子が女の子のほっぺたにちゅっとし、手を振って別れていった。なんということでしょう。

 私と京は足を止めて顔を見合わせ、無言で再び歩き出した。数十歩歩いて、ようやく衝撃をなんとか受け止められた。


「最近のお子様、進んでる。進みすぎてる」

「負けないように俺らもしとく?」

「しない」

「わお、即答〜」


 口笛を吹いてケラケラ笑われた。京のたまにこういう冗談を言うところ、やっぱりちょっとおバカさんっぽい。



 ドーナツ屋さんに着いて、私たちは店内の壁際にある四人がけテーブルについた。

 イートイン用のトレーには悪魔の羽根を付けたチョコレートのドーナツと、ジャック・オ・ランタンのカボチャのドーナツ。あとミルクティー二つ。


「かっわいい! 撮っちゃおー」

「小町、写真撮るの好きだよな」

「撮るの楽しいもん」

「じゃあ俺も撮っちゃおー」


 真似っ子された。ハロウィン仕様におめかしされたドーナツや、謎にキメポーズを取る京を一通り撮り終えて、いざ実食。

 ふわもちドーナツを口にすると、身も心も甘く幸せな気持ちに包まれた。


「美味しい〜!」

「良かったね。おめでとう」

「京、ありがと!」

「こちらこそ、課題感謝」


 新作ドーナツとミルクティーで甘々ティータイム。晩ご飯のために量はちょっと控えめだけど、放課後の寄り道はやはり良い。勉強で疲れた脳にぴったりだ。

「また今度何か食べに行こうねー」と言うと、京が軽く咳払いした。 


「なら、わりと本気でネズミー行かね? 今週末」

「金欠だってば。来月にしようよ。まだハロウィンしてるし」

「今週末がいい。頼む頼むー」

「何かイベントあったっけ?」


 京が少しそっぽを向いた。「イベントではないけど」とややためらったのち、小さな声で言った。


「俺の誕生日なんで」


 そっか、そうだった。……あ、これは使える。


「京、おめでとう!」

「あざす。数日早めに言うやつな」

「や、当日も言うよ」

「ネズミー、行ってくれんの?」

「もちろん!」


 私はふっふっふっと、ほくそ笑んだ。

 きちんとした理由があれば、お母さんからお小遣いを前借りできる。『京の誕生日のお祝い』という理由をもとに前借りすれば、愛しのネズミーに行けるというわけである。


 そうして私と京は、ドーナツ片手にハロウィンネズミー計画を練り始めた。

 ネズミー楽しみ、ネズミー楽しみ。決して、京の誕生日をお祝いする気持ちがないわけじゃない、けど、ネズミー楽しみ!

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