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19 二月 目を惹くのは宝石でも紅茶でもなく

 好きな人ができた。

 私の恋は、世界が変わるとか毎日が虹色とか、そういう魔法がかけられたような恋ではないかもしれないけれど、しかし確かに生活に変化を与えた。

 好きだと気付いたあの日から、なんか、目が勝手に萩原くんを追いかけちゃって困る。




 英Ⅰでは、近くの席の人たちとグループになり、英語の長文を内容を和訳するときがある。今回は詩だ。

 私は列の真ん中の席なので、大体は隣の席と後ろの席、斜め後ろの席の四人で作業することが多い。


 ということで、四人で作業するために後ろを向く。適当に雑談しながら、電子辞書やスマホを使って読んでいく。

 ちなみに、先生は日本ではマイナーな作品や自作の文章をチョイスしてくるので、本文をそのまま検索しても和訳文が出てきた試しはない。先生が巡回しているから、精巧な翻訳ソフトを使う人もいないと思う。

 何より、みんなで相談して和訳するのが謎解きみたいで楽しい。


「なになにー? 君はまるで黄金の宝石……」

「わかった。これ恋愛の詩でしょ」

「めちゃくちゃキザじゃん」

「読んでてちょっと恥ずかしくない?」


 わちゃわちゃ話し合いながら、読み進めていく。

 君は宝石、かぁ。萩原くんも瞳の色素が薄くて宝石みたいだった。はちみつとか透き通ったカラメルとか、そういう甘やかで透明感のある琥珀色。


 ちらっと萩原くんのほうを見たら、他のクラスメイトと詩を解読していた。あ、眉間にシワ寄せてる。珍しい。

 そのシワがふと消えて、萩原くんが顔を上げた。私は咄嗟に下を見た。後ろめたいことがあるとかじゃないんだけど。


「ねえ、これ、どう訳すー?」


 グループの子の問いかけで、意識が英文に戻る。そうだ、これ訳さないと。


「ええと、綺麗な和訳のほうが先生のテンション上がるよね」

「確かに。オシャレ感だそ」

「先生、面白いやつも好きそう。ポエミーさも残そ」

「詩的な文豪みたいにしよ」

「なにそれ強そう!」


 くだらない言い合いなんかもして、少しずつ詩を訳していく。

 うちのグループはノリが良い子ばかりで、いつも楽しい。ちあきのところは真面目さんがテキパキ仕切っていて、いつも完成度の高いものを発表するし、大和のところは全員男子のせいか時折ゲラゲラ笑いが起きて盛り上がっている。

 そして京はうとうとしていて同じグループの子に起こされている、と。予想通りだ。



 くるりと教室内を見回したあと、ちょうど私がグループのほうを向くと、目の先に萩原くんがいた。

 席の都合でそうなっちゃうだけ、と心の中で言い訳しながらちらりちらりと萩原くんを見る。


 常に困り眉で同じグループの人たちの話を聞いているけれど、話しかけられたのか、小さくふふっと笑うときがある。

 遠くからじゃわからないけど、近くで見ると意外にまつ毛が長くて、笑うと涙袋がぷくっと出てくる。メガネで知的な雰囲気をまとっていて、でも可愛さも漂っていて。

 ずっと見ていられる。

 

 その萩原くんの目が、ふとこっちを向いた。私は慌てて明後日の方向を見た。な、なんでだろ。悪いことはしてないはずなんだけど、目を合わせたいような、合わせたくないような。




 座って授業受けてただけなのに、ドッと疲労感。心臓が疲れたよーってヘトヘトになってる。

 お昼休みになってお弁当を食べても、疲れは癒えなかった。恋は病というけれど、あの病はドキドキ疲れだったのか。

 これでは午後がもたない。そう思った私は力強く立ち上がった。


「私、ちょっと旅に出る」

「どこまで?」

「ミルクティーを手に入れるまで」

「いってらっしゃーい」


 ちあきはひらひら手を振って、クラスの子とおやつのポテチをぱりぱり。むむ、ポテチ、美味しそう。私はポテチを一枚とお財布を手に出発した。いざ、ミルクティー探しの旅へ。


 ポテチをぱりんと食べつつ、意気揚々と教室を出ようとしたところで、私の目が教室後方の扉付近で友だちと話している萩原くんを捉えた。

 いやいや、これは席が最後列なだけで、つい目に入っちゃうだけで。私は自然と足の動きを早めた。

 さっさと通り抜けちゃお、としたら。


「わっ」

「あ、す、すみません」


 萩原くんが椅子を引いて立ち上がった。私は当たりそうになって、けれどギリギリ避けられた。

 萩原くんは申し訳なさそうに両手を合わせた。


「大丈夫ですか。どこかぶつけました?」

「ごめん、びっくりしただけ」

「それはよ、くないですよね。すみません、山城さん急いでたのに」

「や、私、ミルクティー買いに行くだけだよ」

「一階のコンビニにですか?」

「うん」


 私がそう返すと、萩原くんはきょとんとした。目を数回ぱちぱち瞬きしたのち、にこっと私に笑いかける。


「わあ、おんなじですね。僕も今からちょうど行くとこなんです。一緒に行きませんか」


 …………あ、だめだ。好き。


「もちろん、行こ行こ」


 萩原くんが鞄からお財布を取るのを待つ間、ぐるぐるぐるぐる色んなことが脳内を巡った。

 私、きちんと返答できたかな。にやけてるの、バレてない? 前髪ちゃんと可愛いままでありますように。メイク直ししとけばよかった。一階のコンビニ、今この瞬間に果てしなく遠くに移転しないかな。はたまた全世界の時計が止まって、お昼休みが永遠に続くとか。

 妄想に逃避しても、現実は非情で。


「あ、お財布あった。お待たせしました。じゃあ、行きましょうか、山城さん」


 こちらを振り向く萩原くんを見て、私はぎゅっと胸元で手を握った。

 あぁ、もうだめ。心臓が休憩させろーって怒っちゃってる。



 学内にあるコンビニは、町で見かけるようなチェーン店くらい品揃えは充実している。人気な商品は一応大体あるって感じ。

 私は紙パックジュースのコーナーで紅茶たちを見つめていた。


「山城さん、決まりました?」

「今日の気分と相談中。これとこれで迷ってて」


 私は商品を指差した。片方は定番のミルクティーで、片方はアップルティー。よく飲むのは定番のほうなんだけど、アップルティーは期間限定なのだ。これは一度飲んでみたい。

 悩んでいたら、萩原くんが横から手を伸ばした。ミルクティーを一つ手に取る。

 

「前はこっち買った気がします」

「前?」

「じゃんけんで負けたときに。倉崎くんが山城さんにって」

「そう、いつもはそっちなんだけど、期間限定のほうも飲んでみたくて」

「期間限定、いいですね。僕はついつい毎回同じの選んじゃいますよ」


 そう言って、ペットボトルの烏龍茶を見せてくれた。萩原くん、烏龍茶好きなのかな。打ち上げでも烏龍茶を飲んでいたような。

 さらに萩原くんは陳列棚を物色して、ミルクティーの横の横の横くらいにあるレモンティーを見て「あ」と声を上げた。


「これ、前に倉崎くんが選んでました。美味しいんですかね」

「人気なんだって、それ」

「確かに、飲んでる人よく見かけますね」


 レモンティーもミルクティーと双璧をなす定番フレーバー。萩原くんは興味津々といった具合に、手に持つミルクティーと見比べたりしてパッケージを見ていた。

 わかる。普段見慣れないものって、新発見がいっぱいで楽しいもん。私はアップルティーを手に取った。


「私はこっちに挑戦してみようかな。萩原くんも挑戦してみる?」


 すっと目が合う。私、普通に笑えてたらいいな。

 萩原くんはレモンティーと手にあるミルクティーを交互に見たあと、ほんのり照れ混じりの笑顔になった。

 

「じゃあ、ミルクティーに挑戦してみます。僕、頑張ります!」


 心臓が叫んだ。だめ、だめだめ、だめすぎる。可愛い警報発令、これは危険すぎるって。




 教室に戻ってからは別れて、私たちはそれぞれの友だちのとこに戻った。雑談に途中参加しつつ、アップルティーで体を冷ます。なんで暖房なんかかかってるんだろ。暑すぎ。

 長い髪を払って微風を自給自足していると、視界に楽しそうに友だちと話す萩原くんが入ってきた。ミルクティーの紙パックを見せびらかしている。


 あんなに笑ってくれてるんだから、挑戦するの誘ってよかった。つられて私も笑みをこぼしていると、萩原くんがたまたまこっちを見た。

 そして、私に向かって急に口をぱくぱくし始めた。なんだろ、魚の真似かな。と思ったけど、萩原くんはミルクティーをふりふり軽く振ったあと親指を立てた。

 多分、口ぱくぱくで伝えたことは『これ、美味しいですね』。


 わざわざ私に教えてくれなくてもいいのに、わざわざ私に教えてくれちゃうんだ。ああもう、ああもう。

 もっともっと好きになっちゃう!

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