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18 二月 友チョコが本命チョコに変わった瞬間

 予定通り、今日はいつもよりだいぶ早起きした。

 バレンタインっぽいピンクピンクブラウンのメイクは、濃くならないように気を付けて。キラキラグリッター多めで可愛く仕上げ、くるりんぱハーフアップでふわふわに。ヘアアクセはシンプルかつ可愛い細めのリボンでばっちりキュートに。

 私はしっかりと支度を終えて、普段より数本早い電車に乗り込んだ。



 冬の早朝。

 静かで冷たい外気。胸の奥で熱く鳴り止まない鼓動。駆け足のテンポで蹴る黒いアスファルト。吐く度に白くなる息。ひとけのない靴場と階段。一年の廊下に差し掛かると、かすかに聴こえるE組からの笑い声。


 教室に到着し、私も早速教室の飾り付けに参加した。文化祭の余りの風船を飛ばし、イルミネーションライトを吊るしていくのだ。

 カジノ用で赤と白のアイテムばかり購入していたため、バレンタインにもぴったりだった。


 黒板には、前日に持岡さんをはじめ絵の上手な人たちが下書きしたラインがあるので、それをなぞっていく。

 すると中央に浮かび上がったのは、レタリングされた『Happy Valentine』。曲線を多用した筆記体で『a』や『p』などの丸い部分がハートになっていてとても可愛い。


 さらに空白を埋めるように、周囲に大きめのハートを十数個描いていく。一つ一つが異なるデザインで、キューピットの矢が刺さっていたり蔓で囲まれていたりしている。オシャレなカフェのメニューボードに載っていそうだった。

 このハートの中には女子それぞれで一言メッセージを書く。いつもありがとう、とか。


 同時進行で作るのは、チョコレート菓子の塔。

 教卓と近くの席の机を合わせて大きな布を覆い被せ、その上に買ってきたチョコ菓子の山を並べる。やりかけのジェンガのように交差させて置いたり、トランプタワーを真似してみたり。

 ウエハース系に、アーモンドチョコレート、パイのお菓子に一口サイズのチョコ菓子まで。盛りだくさんだ。どれもセールのお買い得品。


 大体の準備が整ったら、荷物を持って空き教室に移動する。イベントごとには、サプライズがなくっちゃ。




 学校が活気づいてきた頃に、私たちは「男子来たかな」、「そろそろ行く?」と言いつつ教室に向かった。手には百均の小さなクラッカーを携えて。


「男子たち、いる?」

「来てる来てる。行くよー」


 男子たちが黒板前で騒いでいる教室へ、ささっと小走りで後方のドアから入る。男子たちが何事かと私たちのほうを振り返ったのと、ちあきが小さく「せーの」と言ったのは、多分ほぼ同時だった。


「「「ハッピーバレンタイン!」」」


 火薬の弾ける音と舞い散るテープが教室内に広がる。


「わ、なになになに」

「ビビった。びっくりさせられまくりなんだけど!」

「黒板すげぇんだけど、え、もらっていいんですか」


 男子の視線がおそるおそる自然とちあきに集まった。あ、萩原くんは端っこで目を丸くしてる。ぽかんと口を開けていて、なんだか可愛い。

 注目を集めているちあきは『何言ってんの』とでも言いたげな表情でこてんと首を傾けた。


「あんたたち、チョコ好きなんでしょ。用意してやってんだからありがたく受け取りなー?」

「好き! ありがとう! いただきます!」 

「やばい嬉しい、こんなにチョコもらえるの人生初……!」

「ネットでよく見るやつじゃん、これ。うちのクラス、クオリティやばくね!?」


 ワッと盛り上がって、みんなでチョコの塔や黒板のメッセージの撮影をしたり、開封してお菓子を食べ始める。

 朝からチョコ三昧。これを人は最高と言う。



 萩原くんはどんな様子かな。見てみてると、両手で大事そうにアーモンドチョコレートを持っている。が、それ以外のお菓子は取ろうとしていない。どうしたんだろ。

 私が話しかけに行こうとしたそのとき、教室前方のドアに大きな人影が見えた。


「おい、お前ら廊下までうるせー、うお、なんだこれ」


 大和だ。うとうと俯いている京を引き連れている。


「おはよ。京も大和も遅かったね」

「おは。こいつが今日サボるって言うから叩き起こしてやったんだわ」

「えーん。大和くんにいじめられた。ぼく帰る」


 眠たそうな棒読み。これは朝までゲームしてたパターンだ。

 もう、そんなこと言わないで、せっかくのお祭り騒ぎなのに。私はお菓子を二人に差し出した。


「二人とも、どうぞ」


 京がじっとお菓子を見つめて、そのあとようやく顔を上げる。教室内を見回して、今日はいつもの日とは違うと察知したらしい。

 

「……何かのお祝い?」

「ハッピーバレンタイン!」

「あー、今日ってその日か」

「ってことは、これは小町からのチョコ?」

「ノンノン。女子みんなからのサプライズでーす」


 私はドヤ顔でちっちっちっと人差し指を振って、黒板と教卓を指差した。実はもっといっぱいあるんですよ。


「おお、すげえな。ありがとな」


 大和はぽんと私の肩を叩いて、盛り上がっているクラスメイトのほうに行った。

 京はドア枠にもたれて、私をまじまじ見ていた。嬉しそうとは言えない表情で、私はあれ、と思った。


「京はチョコ好きじゃなかったっけ」

「普通に好き」

「いっぱいあるからいっぱい食べてね。あれ、全種類一人ずつ買ったんだよ」

「いえーい。しばらくチョコ三昧だー」


 棒読み気味に喜んだあと、京は教卓のチョコの塔を見、私が渡したお菓子を再度ゆるりと流し見た。


「つか、これは友チョコ?」

「クラスの女子からの、えーと、そうだね、友チョコ」 

「小町からは?」

「さっき渡したでしょ」

「はは、確かに。さんきゅ」


 お菓子の箱をひょいっと上に投げて、京は大和たちのほうに向かった。なんだか、ものすごくローテンションだった。大和に叩き起こされたからか、チョコの量が多すぎるからか。

 喜ぶと思って頑張って準備したんだけどな。まぁ、いっか。




 お昼休みは、各科目の先生にお裾分けしてもなお余ったお菓子でパーティー。みんなで山分けすれば楽しく食べられてハッピー、だけどいささか余りすぎのような。

 あっ、そういえば萩原くんが取ってなかったんだ。


 余っているお菓子はみんなが自由に取っていくので、私もとりあえず全種一個ずつ手に入れた。

 元々このサプライズ企画は萩原くんにチョコを渡したいから提案したのだ。今渡しに行かなくて、いつ渡すというのだ。


 両手にお菓子の宝箱を抱えて教室をぐるりと見る。ちょうど廊下に出ていく萩原くんを見つけた。よしよし。私は宝箱を背中に隠して萩原くんを追いかけた。


「萩原くん、萩原くん」


 階段を降りるところで話しかける。


「あ、山城さん。どうかしましたか?」

「お話があって。萩原くんはどこ行くの?」

「僕はコンビニに飲み物を買いに。お話聞くの、歩きながらでいいですか」

「うん」


 トントン降りて隣に並ぶ。後ろに回す腕が当たりそうになって、私は内心慌てた。私たちって、こんなに距離近かったっけ。

 萩原くんが「山城さん?」とこちらを向いた。案外萩原くんの目線は同じ高さにあって、けど私よりはちょっぴり高くて、体格も私よりはちょっぴり大きくて。

 なんだか急に、萩原くんも男の子なんだ、と意識させられた。


 あ、れ、私、なんて言うつもりだったかな。汗ばんだ手から伝わる紙箱の感触で我に返る。そうだ、そうそう、お菓子のこと。


「あのね、朝のお菓子全部取った?」

「全部? あれって、一人一個じゃないんですか」

「ううん。各種一人一個」

「えっ! あのお菓子が一人一個ですか? そんなにも用意してくれてたんですか」

「そうだよ〜」


 良いリアクションを得た。驚く顔が可愛くて、ついにまにま。これだからサプライズは楽しい。

 と、にやけもつかの間。


「でも、僕は十分貰ったので……」


 いかにも『もう僕はいらないです』と言いそうな雰囲気に、ドッと心臓がざわめいた。渡す前に断られるという最悪の事態に、なんてさせない。


「僕の分は皆さんで召し上がって」

「ところがなんと、その、萩原くんの分、持ってきちゃいましたー」


 踊り場の片隅で、ぱっとお菓子の箱たちを萩原くんに見せる。四つ、五つある箱を重ねて、はいどうぞ。断られる前に渡す、すなわち先制攻撃だ。どうか受け取って、お願い。

 萩原くんは両手で口を覆った。まんまるに目を大きく開けて。


「えっ、わざわざそんな……いいんですか」

「もちろんもちろん! どうぞ」


 差し出している私の手がバレるかバレないか程度に少しだけ震えていて、今さら顔が熱くなってきた。鼓動が大きすぎて、脈打つ度に全身が揺れている感覚がする。一秒一秒が長くて呼吸するのもやっと。どこを見ればいいのやら。

 萩原くんはなかなか受け取らなくて、私は様子を見るのが怖くなった。勝手に持ってきて迷惑だった? 目を伏せて声をかける。 


「あの、いらなかったらご家族にでも」

「いえ、そうじゃなくて!」


 素早い否定。勢いにびっくりして前を向けば、真っ赤な萩原くんと目が合った。ずれたメガネを慌てて正している。


「えっと、すみません、僕誰かからチョコもらうの初めてで、あの、すみません、ほんとすみません、ああっ、汗が」


 少し早口で話し、手をあわあわ動かしたのちゴシゴシ制服のパンツで拭いた。

 私の中でぐるぐるしていた不安や緊張が、ふっとどこかに消えていく。勇気出して渡しに来て良かった。じわっと目頭が熱くなる。


 萩原くんはお菓子を受け取り、私ににこっと笑った。


「ありがとうございますね、山城さん」


 あ、やば。私はドボンと落ちた感覚がした。足の爪先から頭のてっぺんまで、嬉しい気持ちで溺れそう。

 嬉しい。たまらなく嬉しい。萩原くんの照れて喜んでくれる姿に嘘はない。純粋で曇りのない可愛い笑顔に、私はときめいた。この人をずっと笑顔にしたい。そばにいて笑っていてほしい。

 前々から気になっていた理由が、ようやくわかった気がする。


 あぁ、私、萩原くんが好きなんだ。

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