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17 二月 恋する乙女によるバレンタイン会議

 二月といえばバレンタイン。バレンタインといえばチョコレート。チョコレートといえば誰かへプレゼント。ここ近頃、教室ではチョコレートの話題で盛り上がっている。

 昼休みにちあきとご飯を食べていると、友だちたちが聞いてきた。


「ねね、ちあきたちは誰かにチョコあげる?」

「あげたことない。もらう側」

「え」

「中学のときとか、友だちとか委員の先輩後輩がくれた」


 ちあきがさらっとモテてました宣言をした。ちあきのこと好きになる気持ちわかる。カッコいいし、話していて楽しいもん。

 入学式の日にちあきの美髪に見惚れて話しかけたあの瞬間から、私もちあきがだーい好き。


「小町は?」

「プレゼントフォーミー」

「なるほどね」


 バレンタインは色々なチョコが発売される。どれも美味しそうで食べたくなるから自分で買う。私は自分のこともだーい好き。


 けれど、友だちたちはこの答えに満足いかなかったらしい。はぁ、とため息とともに机に肘をついた。


「二人とも今年は誰かにあげないの?」

「ちあきに贈る」

「私も小町に贈る〜!」


 ぎゅむっと親愛のハグ。呆れた顔をされた。


「いや、そういうのじゃなくてさ」

「ちあきたちは大和とか京介にあげたりしない感じ?」

「ゴリラどもに? むしろ買わせるわ」

「えぇ……。じゃあ、あたしが二人に本命あげちゃおっかなー」

「お返し寄越しなって言うの忘れないようにね」


 ちあきの言葉に、なぜかみんな揃って肩を落とした。この人たち、未だに私たちと京、大和が付き合ってるのか疑っているのかも。懲りない人たちだ。

 今度は私たちが聞いちゃお。私は指先で髪をくるんといじった。


「みんなは贈る人いるの?」

「んー、私は部員に友チョコってくらいかな」

「あたしは男バスに義理あげるよ。部活みんなであげるんだよね」

「え、い、いや、それは」


 女バレの子は友チョコを贈り合い、女バスは男バスにあげるらしい。そして一人、怪しい人がいましたねえ。チア部の子だ。


「これはいるね?」

「完全にクロの反応だ」


 ちあきと息を合わせてターゲット、オン。


「チョコ贈るの? 手作り? それとも市販? お菓子じゃない系のバレンタインギフト?」

「作るとしたら何? 定番の生チョコとかトリュフ? 難しそうなガトーショコラとかマカロン?」


 矢継ぎ早な質問攻めをしたら「か、からかってるでしょ!」と怒られた。はーい、からかってまーす。




 チア部は夏の大会など、主に野球部の応援をしているので野球部と仲が良い。その子も、廊下でじゃれている野球部たちのほうを二、三度チラ見した。案の定、野球部に本命がいるようだ。


「い、いるのはいるんだけど、実は悩んでるの。色々調べてるんだけど、でも手作りは、その、引かれそうじゃない?」


 机に両肘をつき、スマホで顔を隠す。揺れる瞳が恋する乙女だ。

 可愛い可愛い友だちの恋、応援するしかない。私たちはお互い顔を寄せ合った。教室のド真ん中で密会。


「手作り渡すほど、まだ仲良くないとか?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど、手作り苦手な人とかいるじゃん」

「あー、いるね。衛生的に嫌みたいな」

「買ったやつのほうが受け取ってもらいやすそう」

「けどさ、市販って義理だと勘違いされるかなって思ったり」


 手作りか市販か。より想いがこもってそうなのは手作りだけど、味や見た目が保証されているのは市販。ううん、悩ましいところ。好きな人には美味しいものを食べてもらいたい。

 手作りか市販か。自分の想いと相手への配慮の、ちょうどいい塩梅探し。



 あれはいい、これはよくないと話していたら、ちあきがきょとんとした声で突っ込んだ。


「手作りいけるかどうか聞けばよくない?」

「え」

「何よ。あげるのは決まってるんでしょ?」

「そ、それはそうだけど」

「こんなに悩むくらいなら聞いたほうが早くない?」


 急展開が訪れた。「どうする、呼ぶ?」、「えー、でも恥ずかしい」とチア部の子中心に相談している間に、


「あんたたち、ちょっと来て!」


 ちあきが窓越しに、廊下で遊んでいた野球部たちへ話しかけた。

 もう、ちあきちゃんったら! 心の準備が必要なときもあるんですよ。ほら、チア部の子がリンゴみたいに真っ赤になっちゃってる。


 呼ばれてやってきた数名の男子は、なぜ呼ばれたのかよくわからないといった表情。その顔は、ちあきの一言で激変することになる。


「ねえ、あんたたち、チョコ好き?」

「好き! え、ちあきくれんの!?」

「好きすぎて夢ん中でも食ってるレベル」

「今の時期って特に旬だよな、チョコ。俺も好きだわ」


 絵に書いたような浮かれっぷりで答えてくれた。バレンタイン前に、チョコについての質問。もしかして、と思ってしまう気持ちもわかる。

 ちあきはすっとチア部の子に目線を送った。『自分で聞きな』という目だったので、チア部の子は意を決したように口を開いた。


「あ、あの、もっちーは手作りチョコ食べられる?」


 もっちーは野球部の一人のニックネームだ。ここで指名するとは、なんて大胆。私は見ていてドキドキした。

 さてさて、もっちーの反応は? 困ったように口元を手の甲で押さえていた。


「食える。つか、そんなん聞かれたら期待しちゃうんだけど……」

「き、期待してて。じゃ、じゃあ、話終わりだから」

「おう……」


 そうして、はちゃめちゃなにやけ面のもっちーは、他の野球部に「やるなお前! 良かったな!」と背中を叩かれながら教室を出ていった。


 男子の姿が見えなくなってから、自分のことじゃないけどグッとガッツポーズ。


「手作りいけるって!」

「これは絶対作るしかないね!」

「うん……聞いてよかったぁ……」

「よく頑張ったよ、偉い!」


 バレンタインの主役を励ましつつも、可愛いラッピング方法調べよ、オシャレなレシピ探そ、と新たな議題が浮上していく。

 バレンタイン作戦会議はここからが本番なのである。




 それにしてもチョコかぁ。スマホで各社の今年のバレンタイン商品を眺めながら考える。

 中学で手痛い失敗をしてから、色恋沙汰はちょっと避けていたけど、目の前で素敵な青春の一幕を見せられたら羨ましいと思ってしまう。

 部活を理由に贈る人もいるみたいだし、今年は私も女子以外にも贈ってみようかな。ちあきを含めて、いつものグループメンバーとかに。


「そういえばさ、あいつ、絶対まだちあきのこと好きだよね」

「諦めたとか言ってたのにねー」

「ちあきが呼んだら犬みたいにすぐ来たの、笑っちゃった。忠犬じゃん」


 そのとき、私の脳内会議にぽんっと現れたのは萩原くんだった。萩原くんにも贈りたいな。


「ちあきからチョコもらえると思ってんじゃない? めちゃくちゃはしゃいでたし」

「ちあき、チョコあげるの?」

「え、でもあいつにあげるなら大和とか京介にもあげるほうがよくない? 一人にだけ渡したら勘違いしそう」


 いやしかし、萩原くんを困らせる可能性もある。なんせ、お土産を受け取るときも遠慮していた萩原くんだ。さっきみたいに呼び出し指名して渡すも、『僕にはもったいないのでいいです』なんて言われた日にはショックで寝込む。黒歴史の再来だ。


 萩原くんに渡すか否か、迷う私に舞い降りたのは、ちあきのだるそうな声だった。


「んー。誰かにあげるあげないって決めるの面倒じゃない? それなら男子全員にあげるわ」


 男子、全員に。私はちあきに飛びついた。


「それいいと思う!」

「う、うん? 急にどうしたの、小町」

「全員にチョコ贈ろう」


 私は力強くちあきの手を両手で握った。その案、すごく良い。女子みんなからという名目なら、萩原くんも受け取りやすいはず。そしてチョコを贈る雰囲気を作れば、他の恋する乙女も渡しやすくなるはずだ。良いことずくしとは、まさにこのこと。

 他のみんなもそこそこありといった雰囲気だった。


「なんかそういうのあるよね。女子みんなで男子みんなにチョコあげる的な」

「G組もそれするって言ってたよ。ああいうの楽しそう」

「バレンタインでチョコも安くなってるしね」

「じゃあ私、女子のグループで提案してみるね!」


 私は速攻でグループトークにメッセージを送った。善は急げってやつだ。

 特に意識していなかったバレンタインが、萩原くんにチョコを渡して仲良くなろう大作戦に変わった瞬間である。

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