16 一月 ファミレスでオリジナルドリンク選手権
寝て起きたら朝になり、学校で過ごしていれば夜になる。刻一刻と進む時間は誰にも止められぬ自然の摂理。今この瞬間も私たちは一歩また一歩と未来へ進み、現在に留まることも過去に戻ることもできない。
そう、学年末テストが日に日に近付いてくることにも、太刀打ちする術などないのだ。無念!
ということで、京を助けよう勉強会を開催することになった。前回同様、京が提出課題をサボらないように見張りつつ、みんなで勉強するというもの。
舞台はワイワイ話せる駅前のファミレス。店舗内では同じ勉強目的らしき中高生が数グループいた。
私たちは人が少なそうな一番奥の空いているボックス席をチョイスし、ちあきが真っ先に注文用タブレットに触れた。
「じゃ、何頼む?」
「待て。食うのがメインになってないか?」
「来たんだから食べるでしょ。まずはドリンクバーね。山盛りポテトも食べたい」
「私も食べたい。食べよう食べよう」
サイドメニューの画面をぽちぽち。ファミレスはお手頃価格すぎてびっくりする。学生の強い味方だ。
さらに順番に見ていると、美味しそうな写真でお腹が空いてきた。スパイシーからあげ、いいな。
「スパイシーからあげもどう?」
「俺も食いたい。ピザも美味そうじゃね」
「はいはい、頼め頼め。どうせ割り勘だし」
ポテトにからあげにピザ。思いの外がっつりご飯。晩ご飯食べられるかなぁ。少なめでお願いってお母さんに連絡しとこ。なんて思いつつ、たぷたぷ操作して注文。
無事に注文を終え、大和がリュックを開きながら聞いた。
「じゃあ、何からする?」
「ドリンクバーで誰が一番美味いドリンク作れるか選手権」
「おい、京介」
「よし、乗った」
「ちあきまで。こらこら、勉強しなさい」
私はおうちで課題をあらかた済ませているから問題ないけど、京は大丈夫なのかな。
「料理届いたらどうせ中断しちゃうんだから、食べ終わるまでとりあえず遊んでよくない?」
「……はいはい。食い終わったら絶対勉強な」
ちあきの押しに大和が負けた。まぁ、京から提案した選手権だし、いっか。
この店舗のドリンクバーは、店内に入ってすぐのわかりやすいところにある。そこに四人で押し寄せ、コップを手に取った。
「炭酸の時点で美味いのは確定してんだよな」
「わかる。コーラとメロンサイダーとかどうだ?」
「見た目エグくなりそう」
「あー。いや、意外にコーラ強い。色変わらないな」
メンズは炭酸系で攻めるらしい。主張の激しい味が混ざって変にならないといいけど。
ただ、なによりも不安なのはちあきだ。料理でレシピを見ない彼女は、コーヒーとコーンスープを真面目な表情で交互に見ていた。これは怖い。そこら辺のホラーより怖い。
「ち、ちあきは何にするの」
「コーヒーとコーンスープって、どっちも美味しいから案外いけそうじゃない? 予想外の組み合わせでも美味しいことってあるし」
「そ、そうかなー」
「コーヒーのコクとコーンスープの甘みが奇跡的にハマる可能性、あると思う」
ちあきは至極真剣に言っていて、これは私の手に負えないと悟った。純真なちあきの好きなようにやらせてあげよう。万が一のことを考えて、ティッシュとハンカチの用意をしておかねば。
私はどうしようかな。無難にフルーツジュース系にしようかな。
コップを爪先でトントンと叩きつつ、ドリンクバーを眺めて考える。
「あれ、山城さん」
「え?」
そのとき、自動ドアから入店してきたのは萩原くんだった。隣には持岡さんも。美術部コンビの来店だ。
「わ。偶然ですね。あ、古郡くんと倉崎くんも、どうしたんですか」
「おお、萩原」
「俺らは勉強。お前らは?」
「僕たちもです。部室の空調が壊れてて寒くて」
美術部は二学期末のテストのときも、部室で勉強してたみたいだから、恒例の勉強会なのかもしれない。
理由はいずれにせよ、ここで会ったのも何かの縁。私は二人に笑いかけた。
「じゃあ、一緒に勉強しない?」
というか、私は一緒に勉強したいな。三人寄れば文殊の知恵、六人寄れば効果倍増。
あと単純に萩原くんと話したい。持岡さんとも先日距離を縮められたから悪くはない提案だと思う。どうかなどうかな。心の中で精一杯祈る。果たして、結果は。
「えー? 山城さんたちは先に勉強してたんでしょ。私たちが邪魔しちゃ悪いよ、里也くん」
ええっ、そんな。持岡さん、こんなときにツンツンしなくてもいいのに。緊急事態だ、応援要請求む!
「そんなことないって。ね、大和」
「そそ。てか俺らまだ教科書すら開いてないしな」
「……けど」
持岡さんは嫌らしい。もしかして、萩原くんも嫌がってる?
萩原くんをちらっと見ると、全くそんな気配はなかった。むしろ持岡さんに頑張って説得を試みている。
「混ぜてもらおうよ、持岡さん。山城さん勉強の教え方すごくわかりやすいんだよ」
「そうなの? なんで里也くんがそんなこと知ってるの」
「前に教えてもらったことあるんだ。ダメかな」
「……や、でも」
私からもお願い。持岡さんはチラッチラッとこっちを見ていて、なんとなく気になっている様子だ。
あと一押し、といったところで、ちあきが不思議な匂いのするカップを持って現れた。
「なになに。あんたたちも選手権に参加したいの?」
「せ、選手権ですか?」
「そう。奥のほうの、ネズミー付きのリュック置いてある席が私たちのテーブルだから、そこでドリンクバー二人分追加してきな。一番美味しいドリンク作れた人が優勝ね。わかった? これ冷めるから、急ぎでよろしく」
ちあきはさらっと言い終わると、怪しい匂いのするカップを持って、トッピングコーナーを物色し始めた。
持岡さんが腕を組んで、ふんっと店内の奥を眺める。口元はちょっと笑っていた。
「し、しょうがないなぁ。そこまで言うなら参加してあげる。行こ、里也くん」
私たちのテーブルを見つけたのか、持岡さんがスタスタ店の奥へ歩いて行った。
オジリナルドリンク選手権はアレだけど、押しが強い選手権があったら、ちあきが圧倒的に優勝だと思う。
全員がドリンクを作り終えた頃に、ちょうど料理が届いた。ポテト、からあげ、ピザとシェアできるものを頼んでよかった。いただきまーす。
同時に、オリジナルドリンク選手権も行われた。エントリーはちあきを除いた五名。
ちあきは自分のを一口飲んで「これは世に出してはいけない」と重々しく呟き、棄権したのだ。
「そこまで言われると逆に気になる。一口飲んでいい?」
「小町本気? 飛ぶよ、意識が。悪い意味で」
脅されつつ心配されつつ、こくり。
口に含んだ途端、飲み込むことを脳が拒否した。少量しか飲んでいないのに、舌のまとわりつくコーンスープのとろみ。謎の甘味はシロップだろうか。埋もれていたクルトンのカリカリ食感はいつまでも消えず。最後はコーヒーの苦々パンチ。
ホットなのが余計につらい。生ぬるさで全身鳥肌。いけない、味覚が壊れた。
「……新世界を見た」
「マジかよ。俺も飲んでみよっかな。大和も飲む?」
「正気か? まぁ、いいけど」
京と大和も飲むらしい。「やめな」、「やめたほうがいいよ」と、私とちあきで引き止めるも二人は飲んでしまった。
そして犠牲者が増えた。京も大和もうずくまって苦しんでいる。ああっ、だから止めたのに。
「どんな味なんですか。見た目はカフェラテっぽい色ですけど」
「え、里也くん、何して」
「…………うっ」
「何よ、私に渡されても困っ、ちょっと大丈夫!? もうっ!」
怖いもの見たさなのか萩原くんまで飲んで動かなくなり、慌てた持岡さんは残りをぐいっと飲み干した。なんてことだ、皆錯乱している。
全員揃って悶絶。ちあきドリンクの恐ろしさを思い知った。このあと、みんな速攻で水を飲みまくったのは言うまでもない。
ちあきドリンクを味わったあとなら、誰が作ったドリンクを飲んでも最高級ドリンクに感じた。
「あー、美味しい!」
「生きてるって心地がする」
「全部優勝だな、これは」
「マジでそれ。俺こんな美味いの作れるとか天才すぎる」
若干冷めた料理たちですら美味しい。飲食ができるって素晴らしい。体が食を喜んでいる。
ポテトを食べながら、ちあきがしょんぼり反省した様子で萩原くんと持岡さんに手を合わせた。
「二人にもヤバいの飲ませちゃってごめんね」
「いえ、僕は自分から飲んでみたので。貴重な体験でした」
萩原くんが笑って返す。萩原くんは妙なところで男気があるというか、けどニコニコしてて癒やされるというか。そういうとこ、可愛くてカッコいい。
持岡さんはコップの水を飲みながら、ツーンとしていた。
「べっつにー。たまにはこういうのもいいかなって思っただけだから」
「持岡さんが一番飲んでたよね」
「マジ? あれ飲み切ったのすごいな、ガチで」
勢いよくカップを傾け、真っ青になっていたことを思い出す。あの持岡さんはまさしく勇者だった。
みんなが自然と拍手し始めたら、持岡さんは慌ててほっぺたを赤くした。
「あ、あれは余ってて、飲んじゃっただけだから!」
ツンツンしてるか謙遜してるのか。
持岡さん、話してみると結構面白いな。
料理たちも半分ほど食べた頃、大和が腕を伸ばして首を鳴らした。テキパキといくつかのお皿を重ねてテーブルを片付け、リュックから教科書を出し始める。
「じゃあ、そろそろ切り替えて勉強するぞー」
「「「はーい」」」
喉は潤い、お腹も満たされた。あとは大量に摂取したカロリーを頭で消費するのみ。勉強、気合い入れてこー!




