10 十二月 気になるのはボールよりもコート横
期末テストが終わり、残るはクリスマスと年末のみ、といった頃。みんなはゆるゆるムードで、勉強なんかやってられない、といった気分。
そんな生徒の様子を察してか、時間割がちょこっと変動して、体育の時間が一年生クラスマッチに変身した。
スポーツ関連のイベントは、梅雨の時期にある球技大会や夏休み明けにある体育祭に、今回のような不定期クラスマッチ、などなどがある。
体育祭は学校全体で一日使い、球技大会は学年ごとに一日かけて行われ、クラスマッチは学年ごとに一限だけで、内容はいずれも団に分かれてスポーツバトル、という感じだ。
だけど、
「スポーツはスポーツでも、ドッジはちょっと。野蛮すぎる」
今回選ばれた種目はドッジボールだった。
男女混合なので、男子は利き手じゃないほうで投げるというルール付きだけど、危険なスポーツであることに変わりはない。
私はトーナメント対戦表の書かれたボードを見ながら、E組bチームの開戦のときをハラハラと待っていた。
いつものポニーテールにすればよかった。そうしたら『髪の毛が当たった!』と言い訳して外野に逃げられたかもしれないのに、どうして今日に限ってお団子のヘアアレンジにしちゃったんだろ。
はあ、とため息を漏らす。
「小町、大丈夫かー?」
大和がニッコニコで話しかけてきた。片手にはボール。さすがバスケ部、ボールを持っている姿が様になる。
バスケだったら、私もニッコニコになれたんだけどな。
「京介らは一回戦勝ってるみたいだから、俺らも頑張ろうな」
「……うーん」
大和と並んでコートにトボトボ向かう。歩く度に鳴る体育館シューズのキュッキュッという音は、蛮族の地へと向かうカウントダウン。
うっ、もうコートが目の前に。私は思わず大和のTシャツを掴んだ。
「やっぱりダメだよ、やめよう大和。人を的にしてボールを当てるって、それいじめと一緒だよ」
「急にどうした。さっさとコート入るぞ」
「ボコボコにいじめられてネイルが折れたらどうしよう」
「保健室に連れていく」
「そっかそっか。そうじゃなくてね」
対戦相手であるF組aチームの緑Tシャツ軍団が、こちらを秒殺しそうな不敵な笑みを浮かべている。
「見て、殺気を感じる。危ない」
「もしかして小町、ドッジごときでビビってんのか?」
「まさか」
「はいはい、ビビってんだな」
笑い混じりに、頭に腕を乗せられた。ずーんと重たい鈍器みたい。目だけで斜め上を見たら、大和な顔が思ったよりも近くにあった。片眉を上げたしたり顔で。
「俺の近くいたら守ってやる。行くぞ」
腕がするりと肩に回って背中を押され、私はコートに足を踏み入れてしまった。
あぁ、神様、お助けあれ!
数分後、私たちは接戦なれど緑団との戦いに勝利してしまった。ひたすら逃げまくってネイルの安全は死守できた。でも、疲れた。しばらくしたらまた試合かぁ。
元気よく『別試合の審判してくるわ』と言う大和と別れ、へろへろとちあきを探す。
ちあきや京が属するaチームは二試合目を始めていた。そのコート横で、試合中のはずの萩原くんがちょこんと体育座りしている。
「萩原くん、試合はどうしたの?」
隣に座ってちらりと横を見たら、萩原くんが困ったように笑った。
「あ、山城さん。実は、僕がトイレ行ってたら試合始まっちゃってまして、途中で入ったら相手が混乱するからって見学になりました」
「……なるほど、その手は使えそう」
「え、何にですか?」
「戦略的撤退に」
またの名を、サボりともいう。
黒髪をなびかせてボールを取って外野にパスするちあきや、ふらふらだけど当てられそうにない無気力な京を目で追いながら、私は背中を丸くした。
「ドッジって怖くない? こっち狙ってボール投げられるんだもん。当たりどころが悪くて手折れちゃうかも」
「確かに骨折は怖いですね」
「ねー、萩原くんも気を付けてね。ネズミーの絵描けなくなっちゃう」
「そうですね、描けなくなったら困るな」
萩原くんはそう言って、右手を開いて閉じて、もう一回開く。もちもちしてそうなお手々だった。
「部活でも、今何か描いてたりする?」
「今は特に。この前、クリスマスツリー用のイラストを描き終わったところですね」
「クリスマスツリーに?」
「毎年、商店街の広場のところに大きなツリーを立てるの知ってます?」
「うんうん。二階くらいの高さのだよね」
「あれの根本部分に飾るイラストって、毎年うちの美術部のイラストらしくて。なんか、コラボとかで」
クリスマスツリーに飾るイラスト。どんなのだろ。サンタさんかな、トナカイいるかな。わくわく。
「それなら、見に行かなきゃだね」
「え、それは、あの、恥ずかしい、です」
「文化祭の映えトランプとか、この前のネズネズも素敵だったからなー。楽しみ楽しみ」
「ネズネズ……。山城さんはネズミー好きなんですか?」
「好き! 楽しいもん」
ネズミーといえば。
「あ、そうそう、私、今週末ネズミー行くよ」
「クリスマスネズミー? いいですね」
「萩原くんはまだ行ってない?」
「んー、七夕で参考資料たくさん撮れたから、行く予定もないですね」
「そっか。じゃ、お土産買ってくるね」
「そんな、僕なんかにはもったいないです」
もったいないかどうかは、送る私が決めるのだ。受け取る萩原くんが遠慮する必要はないのだ。
「ね、萩原くんはお菓子なら何が好き?」
「完全にお土産のための下調べ……」
「早く答えてくださーい」
「えっと、じゃあ、クッキーで」
「おっけー。覚えた」
クッキーは色んな種類があって奥深い。これはセンスが問われるお土産になりそう。きちんと下調べしなければ。
どんなクッキー買おうかなー。ふんふふーん、と鼻歌と一緒に動かす爪先に、別のシューズがトンと当たった。
「こーまち」
京だ。私の前にしゃがんで前髪をかき上げた。
「あれ、ドッジは?」
「よそ見してたら当てられちゃった」
「それはそれは。でも勝てそうじゃない?」
「強いんすよ、俺ら」
残り時間はあとちょっと。京は戻る様子もなく、だるそうに膝の上で腕を組んだ。伏せた目の先は萩原くんのほうに。
「俺もこの試合サボればよかったなー」
「や、僕はサボりでは……」
「萩原くんは過失見学だよ」
「そうです、僕は過失見学です」
「萩原は絶対意味わかってねえだろ」
えー、そんなことないよ。隣を見たら、萩原くんはメガネをくいっと持ち上げ、
「過失って、よく聞きますけど、正直よくわかんないですよね」
と、てへっと笑った。えー、そんなことあったかぁ。
過失はね、うっかりしてたってことだよ。そう言いかけたとき、視界の隅で何かが動いた。物体が飛んできて――。
「いてっ」
「わっ」
ドッジのボールが京の頭にクリーンヒット。後頭部ワンバウンドしたあと私の胸元に飛び込んできた。
「危ねえ。小町、大丈夫?」
「わ、私は平気。京こそ痛くない?」
頭に手を当てる京を見上げる。外野にいたクラスメイトたちも心配そうな声を上げた。
「悪い、京介! 大丈夫か!?」
「おう、全然へーき」
「って、お前、試合中だろ! 何サボってんだよ! 平気なら戻ってこい!」
「やべ、バレた。行ってくるわ」
イタズラが見つかった子どもみたいな、でも反省してなさそうにぺろっと舌を出して、私の手にあったボールを片手で掴み上げる。
「小町、次の試合はちゃんと見てて」
京は味方にボールをパスし、長袖ジャージを腕まくりしながらコートのほうに戻っていった。
やる気出るのが試合終了の一分前って。まぁ、京らしいか。
萩原くんが急にくすくす笑い始めた。見れば、口元に手を寄せ、少し内緒話してるみたいなコソコソ声で嬉しそうに話す。
「倉崎くんって、さっきの試合でも僕に飛んできたボール目の前で取ってくれて」
「京が?」
「良い人ですね、ちょっと怖いけど」
「京は優しいよ、いつも眠そうだけど」
二人でふふっと笑い合う。
活躍してるちあきに、やる気あるレアな京も見られるし、萩原くんとも仲良くなれる。見学って良いこと尽くしでいいな。
ほわほわ和んでいたところで、「小町ー」とニッコニコ大和がやってきた。なぬ。
「次の試合行くぞ! 俺らも勝とうな」
「……うーん」
見学はよくても、プレイするのはちょっと。うう〜、連行される〜。
あぁ、神様、再びお助けあれ!




