夏が見せた幻
01
毎年夏が来ると時折思い出すことがある。この話を誰かに話すと決まって嘘つき呼ばわりをされたり、何かの見間違いだったのではないかと言われたりされたがあれは確かに現実の話だった。
十年前、僕は法事という目的で母さんの地元にやって来た。本土から船を使わないと行けない場所だったせいで、僕は精神的にも体力的にも限界だった。でも、島に到着したときにはそんな辛さはどこかに消えていた。都会のような喧騒さは無く、目の前には見渡す限りの大自然。幼い僕は法事という目的をすっかり忘れて喜んでいたことを覚えている。
母さんの実家には顔を知っている親戚の人から、初めて出会うような大人ばかりが沢山いた。大人たちの団欒に混ざれなかった僕はこっそり家を出ることにした。彼らのつまらない話を聞くより、外に出て知らない土地を探検する方が楽しいと僕は島のありとあらゆる場所を見て回った。我を忘れて夢中になっていたせいか、空が茜色になっていたことに気づけなかった。
「そろそろ帰らなきゃ」
母さんの実家までの道を歩いていると、夕日には似つかわしくない純白なワンピースを着ている女性と遭遇をした。腰の高さまである手入れのされた長い髪を靡かせ、女性は僕の顔を見て微笑みながら口を開いた。
「君、あまり見かけない子だね」
真っ白なワンピースを来た女性が胸元をチラつかせながら、自分に喋りかけてきたという事実に僕は胸を熱くさせた。
02
翌日、僕は昨日出会った女性を探すために島中を走り回った。島の人間からは頭のおかしな子供に見えたかもしれないが、その頃の僕は他人の目なんか気にする暇は無かった。
「おや少年、そんなに走ってると熱中症になってしまうよ」
ふと声がした方を見ると、神社の階段に昨日と同じワンピースを着た女性が立っていた。彼女は赤色のチューペットを手にしており、僕を見下ろしながら薄い唇で中に入っていたアイスを吸っていた。僕は彼女がアイスを吸っている姿を目に焼き付けた。
「もしかして私が持ってるチューペット食べたいのかな」
頭の中がえっちなことしか考えていなかった僕は関節キスと驚いたが、そんなことは一切なくもう一本のチューペットを貰っただけだった。
「へぇ、本土から来たんだ。良かったら私にあっちの話をしてくれないかな」
自分より一回り上の女性と体をくっつけながら食べるアイスはとても美味しくて、燃え盛っていた心は更に温度を上げてた。楓と名乗った少女は僕に大人の階段を登らせるためのレクチャーを毎日してくれた。たまに人目がつかないところで肌と肌を密着させてきたこともあったが、彼女との日々は退屈しなかった。だがそんな時間も終わりを迎えてしまう。
四十九日が終わったからと母さんは僕に帰り支度をしろと命じた。あまりの出来事にショックを受けたが、僕は楓に別れを告げようといつもの神社に出向いた。きっと彼女は別れを惜しんでくれると思っていたが、どんなに探しても姿は見当たらなかった。島の人に楓のことを話すと、誰もそんな人は知らないとの一点張りだった。あの時、交わした約束は嘘だったのかと言いたかったが僕は傷心したまま本土へと戻っていった。後から聞いた話だが、母さんの実家がある「朝国島」は幼い子供を誑かす悪い狐がいるという話があるらしい。僕は今年、夏休みを使ってまた彼女に会いにいく。もうあの頃のような子供ではないけどまた会えると信じたい。思い出が幻想になる前に。