Just call me Simour ②
俺の問いかけに促されるように、ガルミナが話を始めた。
「四十年前に王女様が居なくなった時、まだこの世界に王女様の存在を感じていました。
それから十年の間に王女様の存在は薄れ、やがて消えてなくなったのです」
ガルミナはその後、自分の世界に入り込み何かを思い出すような顔をしていた。
カルミラはその時の様子を補完する。
「ガルミナはその後元気がなくなり毎日空を見ていました。
私は毎日ガルミナを励まそうとしましたが逆効果になっていたようでした」
すまなさそうな顔をしながらガルミナが続ける。
「姉さんには本当にすまないと思っている
王女様の存在も残滓も感じられない毎日が不安との戦いだった。
不安が大きくなる一方で、あの時一緒に行く選択が出来なかった自分と王女様が行くことを黙認した自分が許せなかった。
だから、私は王女様が無事に禁忌の儀式を終えたんだと言い聞かせることで、心の平安を保っていた。
私の心に余裕はなく、自分のことも他の誰かのことに思いを巡らせることは出来なかった。
『シムール王女……、どこに居るんだ、私も行きたい、なぜ置いて行ったんだ、なぜ付いて行かなかったんだ』
そんな思いだけが私を苛んでいた」
過去の思い出の中で『シムール王女』と話すガルミナ、意識的に避けている名前を始めて呼んだ、そこまでの思いがあるのだろう……そこまで意識しているのだと思い知らされた。
不意にカルミラを見るガルミナ。
「そんな俺を見て姉さんは何かを始めたんだ。
そのことが原因で、父や母に何度も牢に閉じ込められていた。
最初は感心が無かった、でも後から気づいたよ、姉さんは禁忌の魔法を調べ始めたんだ。
姉さんは俺のために寿命が縮むことも気にせず魔法に没頭したんだ」
「違うわ、私は死者の国には興味があったのよ、もちろん王女様のことが心配だった……」
そうか、俺たちの世界はこの世界の死者が行く世界だったな、二つの世界には関りがあるが、二つの世界はどちらも接点がない。
もちろん行き来は出来ない、その場所つまり死者の世界への介入は死もしくは寿命を削ることを意味する。
カルミラはその世界に自分の魂を削ってでも介入しようとしていた。
ガルミナはカルミラの言葉に反応しながらも自分を蔑んでいたようだった。
「そう言うと思ったよ、私は本当に腑抜けになっていたからね、姉と違って何も考えなかったし行動も起こせなかった。
私はなにも出来ない最低の男だった」
「でも私があちらの世界に介入し始めた頃……
そう、それは王女様の意識がこの世界から感じられなくなって十年が過ぎた時バトリア国による征服戦争が始まったのよ
そしてその戦火が王女の国、そしてガルミナと王女様の大事なこの場所に及んだ時、ガルミナは怒りに震えていたわ」
「そうだ、あの時は王女を失ったやり場のない気持ちと、この場所を守らなければならないという気持ちが爆発しそうになった、
いや爆発したんだ」
カルミラが笑う。。。
「そう腑抜けみたいだった貴方はあの時叫んだのよ……
『王女との大事なこの場所、王女が帰ってくると約束したこの場所までを私から奪おうと言うのか!!』
そしてあなたは先頭に立って戦った」
「私の気持ちは、まだ腑抜けだった
実はこんなピンチの時こそ奇跡が起こって、王女様が戻ってくるかもしれないと密かに期待していた」
「ガルミナの思いとは関係なく、連合国とバトリア国の戦争は平行線でいつ終わるとも知れない状態だった。
でもある時、結果はあっけなく訪れた。
アクアの元素の覇気を持つ王が亡くなった。
それと同時にアクアの元素はお隠れになられた。
そのことでバトリア国王は戦争を続ける意味を失い終戦となり……
相互の国の間で終戦後の処理で領土の分割が行われたわ。この場所はバトリア国と分割された元の王女の国、そして隣接するのはバトリア国に奪われた王女の国の領地。王女と約束を交わしたこの領地をガルミナはどうしても守りたかったのよ」
「私がいくら願っても、奇跡は起こらなかった、王女様は今だ帰らず二人の約束の地までも無くなるのは許せなかった。
私は命ある限り、王女様との約束の地である、この土地の管理者となることを決めていた」
「本当は私達の父である前フレイム元素王はこの戦いで大きな傷を受けたのよ。それで王座をガルミナに引き継ぐことを決めていたのよ」
少し黙り込むガルミナ。
「私だって、私だって、国や民を守る義務が分かっている、そうだ私は王に成らなければならない。
フレイム元素の覇気を受け取らなければと思った、でも出来なかった。
『たとえ男になっても貴方の傍に居ます』そう王女様と約束した。
どんなに大儀があっても、あの時王女様を行かせた責任は消えない、そう私は待たなければならない、そしてこの場所を守らなければならない。
この場所と隣り合うのはバトリア国領土だった。
元の国の首都であるこの場所は、アクアの元素復活のカギになると考えられバトリア国から常時狙われていた。
私は王位を捨てて爵位とこの場所を領地として父より譲り受けた。
そして王女との約束とこの領土を守るため命を掛けることにした」
「父はガルミナがどんなに王女様を愛しているか分かっていたのね。だからガルミナの我が儘を受け入れて弟のガラミナを王としてフレイム元素の覇気を与えた。父は退位すると少しして崩御した」
ガルミナは思い出して涙していた。
「これ程のことが起こっても王女様は戻って来ない……
この頃から私の頭の中には『失敗』その言葉が離れなくなった。
そう思うと頭が割れそうなくらい痛く胸は張り裂けそうなくらい痛んだ。
その思いは姉にも伝染したのか、姉のカルミラはろくに寝もしないで恐ろし勢いで何かを研究し始めた」
「でもガルミナは前のように腑抜けではなく、ガルミナと王女様を慕う者たちはこの領土を守るために強くなろうと努力し夜叉がごとくバトリア国の侵略から領土を守っていたわ。
それを見て私は力を貰ったのよ、少し位の寿命くらいなんだろうってね。
だから私は研究した、目途がついたのは今から五年前、そうねあの後研究を始めて十年掛かったのね。
そんなにも長い間掛けて術式を構築した。
でもまだその時は二つの世界を行き来出来るわけでは無かった。
そして私は、あちらの世界に僅かに漂う王女の淫魔法を感じたわ。
その時私は大きな声で『王女が!!』そう叫んだのを覚えている。
そのことをガルミナに話すと、大喜びして『失敗じゃなかった』そう言いながら泣いていた」