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笹の揺り籠 Chapter 02  作者: yamaト
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Chapter 02 氷林檎



『もう辞めたい』

投げ出すような言葉をギュスタフの前で頬杖付きながら吐き出した人物は漸く自由の身となったはずだったが、それはたった一歩塔の外に踏み出した瞬間に粒として消えた。

何が起こったかと言えば、ほぼ暴発に近い。

種として得意とする魔術が溢れ、ところ構わず時間が狂った。

夏に咲く銀繭華が咲き誇り、冬に実る氷林檎の木が盛大に実をつけ芳醇な香りが国を包んだ。

何事かと衛兵があたりを見渡せば、真夏の黒海の如く夜空が現れ、そして朝が来た。

慌てて塔に引っ込んで様子を見れば季節も時間も元通り、夏の華も冬の果実も枯れ果てた。

何が原因かと長老達でさえ頭をひねる中、エミリアが思い当たるとシエルに簡単な言葉を繰り返させてみた。

私って天才とでも言いたいかのような顔を思い出したが、全く以て大重大事項だと長老たちから言い放たれた。

かくして二人に与えられた盛大なる試練の前に、こうして心の折れかけた男が一人出来上がったと言うわけだ。

文字も書けなければ当たり前だが、魔術の真実、物事の普遍的な事象も理解していないのだから、暴発して当たり前。

魔術を使うということは、即ち物事の真理を紐解く事、物事に対しての理解が浅くては抑え込んだり使いこなしたりなんかはもちろん出来ないし、知らず力の還元も出来ないということなのだ。

契約が成立しました、はいご随意にとはいかない、流れる魔力を意識せずとも自在に調整できるようになってもらわねばならない。

だから、二人の問題なのだがとギュスタフが米上を抑えながら自信喪失しきった男がダラダラとうなだれる姿を見つめるしかない時に、片割れもほぼ同じ事をエミリアに愚痴っていたという。


『私、才能ないから、今すぐ止めたいです』

文字が書けない読めないは魔術師としては問題外だ。

シエルとエミリアの目の前には、楽しいイリサ·テルサ語なる幼児向けの教科書とも言えぬ本が並んでいる。

かれこれ2ヶ月、シエルが読めるようになった言葉は5歳児でも読める程度の文字で、それで魔術師の本が読めるかと聞かれれば応えはNO以外に何も無い。


魔術はその理を理解し、応用し、変容させるためにあらゆる事を覚えなければならない、故に白魔術使いとなれば何よりも難しくなる。

あいにく相性というものがあり、シエルが覚えなければならないのはその最難関とも言える白魔術になる。

『私に才能が無いか、またはシリウス様が操る物が時でなければ良いかと、火とか水とか有りませんか?そちらの方が良くないかしら?寒い時に暖を取れますし、砂漠で水が湧きます、素晴らしいと思いませんか?』

と首を傾げて同意を得ようとするが、生憎とそれも持って生まれた素養がある。

人の姿を解けば黒竜という珍しい種となる。

それぞれの竜にはそれぞれ特性がある。

火を操る事を得意とするのは赤竜。

水を操る事を得意とするのは白竜。

そして時を操る事を得意とするのは黒竜。

土を操る事を得意とするのはイリサ·テルサには居らず、裂け谷の向こうに血竜と呼ばれる者がいると。


となれば、与えられた試練をこなすしかないのが現状だ。

『素養はあるのよ、龍玉は嘘はつかないから、あなた次第だからね?』

優しく説いて聞かせるものの、困ったなとエミリアは呟くしかない。

理解は早い。

多分普通に学べる環境があれば、昔いたと言われている魔術師である日突然辞め画家となって国から出ていったと言われている希代の天才とまで言われていた人物と変わらない程の素養はあるはずだ。

だが文字の認識力が欠けている。

似たような文字が並ぶともう賭けのような方法で全く違う物を産んでしまう。

そこかしこに溢れた文字でさえ読めないとなると、難航しても然るべき。

とはいえ、まだ出られぬと解った人物は発狂しそうになり引き離した物の、これで良かったのか。


『………エミリア様………私きっと向いてないですよ……龍玉だって間違える事があるんですよ』

すっかり黄昏てしまいながら、深いため息をついてから漸く使える様になった灯火の魔法をぽうっと一つ手の中に作り出した。

『これは、凄く簡単なのに』

と言って操っているのは数珠繋ぎのように同時に幾つもの小さな火の玉と水の泡を空中に浮かせていた。

そんな真似は普通の魔術師には出来無い。

相反する炎の真理と水の真理を同時に操れるなんて無理に等しい。

それをこれは簡単なのにと彼女は言ったのだ。

『えぇ?どうして?』

『何がですか?』

『火と水よ?同時になんで操れるのよ』

いるいる、こう、とんでも無く地頭のいい理解を越えた先に到達しちゃって訳の解らない事をする人。

エミリアが引きつりながら弄んでいたそれ等を消し去った。

とてもじゃ無いが普通の人間の手には負えない。

彼女は高等魔術を最初から叩き込んだほうが早そうだなとそうにらみシエルの腕を引っ張って塔へと向かった。


『ムリです、許可できません』

 ギュスタフのなんとも事務的な回答の向こう側で魂が空中に錬成されているシリウスとエミリアの後ろには同じく魂が体の外側でスキップしているシエルがいる。

 ギュスタフとエミリアがぎりぎりと睨み合っているのは、竜人が能力を認めたものだけに与えられる王立魔術学校への特別編入を許可しろというもので、管轄する書類を用意する役職の長であるギュスタフに食って掛かっているのだ。

『仮に、彼女にそれを発行したとして基礎のない者を許諾したとなれば、我も我もと押しかけてきます、基礎があっての応用ですから、認めることはできません』

『基礎基礎基礎基礎、基礎なんてくそくらえ』

エミリアのその発言に、ギュスタフが眉を吊り上げた。

『あぁ、そういえば貴方も基礎が全くだめでしたね、最初の頃なんてとんでもない魔術師と組まされてしまったものだと枕を濡らしたものです、水結晶のリングは氷のリングでしたしそうそう、水の液体個体気体などの変化が理解できていないと、この人みたいな、トンデモ魔術師になってしまいますから』

『そんな大昔のことよくもまぁ覚えてらっしゃること、だいたい、そんな物わからなくても、今できてるんだから良くない?』

『貴方がそんなのだから、私は未だに鈴付きなんじゃないですか』

『鈴付きってなんですか?』

 不意に落ちてきた質問に2人がバッと顔をそちらに向けた。

 と同時、魂は外に抜けてるシリウスが答えた。

 『俺らから溢れたエネルギーを結晶化させて体に埋め込んだり、宝飾品として身につけることで極端に自然界のエネルギーが入らないようにする物のこと、またはそれを所持するもののこと』

 と辞書のように正確な答えが帰ってきた。

『それってつまり、シリウスさんも応用できないですかね』

 不意の言葉にシリウスが一つ宝飾品を外してシエルに渡した。

『もう既に鈴付きなんだ』

 つまり既に制御していてあれだったと言うことは、歩くたびに僕個々です、魔女狩りに来ませんかと言うようなものなのだから、更に制御が必須なのだ。

 『これ、この文様、ってここに急に出てきた痣と似てますよ』

 ほらっと3人に腕を見せるシエルにシリウスも腕を見せた。

 『連理の枝だよ、離れること無く必ず互いのもとに帰れるように。』

 『すてきよね〜、魂の繋がり、永遠の証明、みんな違うのよ』


ぱっとシェルが見せてもらった文様はそれぞれ異なり、なんとも不思議で惹き込まれるような文様を描いていた。

『ま、枝付き鈴付きと深く考えず、君はもう少し学んだほうが良い』


優しく頭を撫でられながら、目を細めて黄昏れてるシリウスを盗み見た。

どこか達観したかの様な顔と同時、失望してる顔になんとなく胸が痛む。


更にときが流れ半年も経った。

得手不得手の差が激しい中、氷リンゴの収穫時期がきた。

きんきんに冷え切った氷リンゴの芳醇な香りが国を包む。

『あ、あの!シリウス様…………一緒に収穫に………行きませんか』

きゅっと掴んだスカートを握る指先は血の気が無いかというほど白い。

『むりし』

なくていいよそんな言葉が続くかと思われたが、シエルはシリウスの手を掴んで塔の外に飛び出した。

うわっ!と目を閉じたシリウスの目の前に氷リンゴの結晶が頬に触れる。

え、何で?

そう呆然とする中、ばっと袖の捲られた白い腕がシリウスの目の前に向けられた。

連理の文様を取り囲むように細かな文字が彫られていた。

『わ、私が………真理です………覚えられないから描いてもらいました……』

細かな文字は世界の真理物の流れを刻んだ物。

さらさらと流れる様な文字はまだ赤い。

『時間…たくさんお金掛かるから………時間掛かっちゃいましたけど……これで、どこにも行けます』

痛々しいと思う反面、とても美しい文字が刻まれている。

『それ、俺もいれるよ』

『だめです…これは…わたしの物です…………というか………ここの塔の図書館にこれ』

そう言いながら肩掛けバッグから古びた本が取り出された。


気難しそうな文字が並ぶ中、同じ紋章を見つけた。

『これ、読むのも時間掛かっちゃって…これ』


差し出された文字を追い掛ける。

書いたのは、モリス·バトラーという男で、考えたのはダン·パレル

名前に覚えがある。

ある日突然、連理の相手を置いて行ったやつだ。

自由に生きる為にお互いの体にお互いの文様を埋め込み、方や旅に出て帰ってこなかった方や人に絶望して裂け谷の向こうに居を構え誰とも交わらぬ生き方を選んだ者の名前だ。

『そうまでして離れたかったのかな』

ふとこぼれた声にシエルが手を握る。

『?離れませんよ?』

敵わないなと思いながら踏み出した雪の上に足跡が2つ並ぶ。


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