人間が入社志願書を100社に出す理由が分かった気がします!
「いや、本社は基本的に接客がメインなので――」
「確かに顔は崩れてますけど……あ! 蝋で顔を整形させますか?」
「申し訳ございませんが、今回は御縁が無かったということで」
――ガチャ! ツー,ツー。
「……あんたの会社なんか、こっちから願い下げよ!」
真面目で良い子だって言ってんのに、何で面接する前から断るのかしら? やっぱり、左顔が抉れているのが原因? いやいや! それなら電話じゃなくて面接の時に言われることだから、絶対に顔が問題じゃない。
「お~? 風香。また断られたのかぁ?」
この声質と独特の喋り方は……経理担当の朧ね。
何よ! 私が派遣登録した子と仕事先を結び付けないと、アンタが管理している利益も生まれないのよ! 私の苦労も知らないで、アンタは1日中パソコン叩いてるだけだから良いわよね。
「経理はお気楽でいいわね?」
「うへぇ、怖い怖い。ま、頑張ってくれよぉ」
「同情するなら、紹介先見つけてきてよ!」
なんで、会社に『ゾンビ派遣会社・ムーンライト』て言っただけで、身構えられるというか声が強張るのかしら? 昔みたいに人間は襲わないし、対価だってお金じゃなくて少量の血液だけよ? ゾンビは人間と違って、採血用穿刺器具1本分の血さえあれば、1ヵ月不眠不休で働ける。
「はぁ~。本当に腹立つ」
本当は血液だけじゃなくて、少量でいいから人肉も食べたいって言っているけど、人間と共存するために我慢させているのよ? 血を抜く時の痛みさえ我慢すれば、超が付くほど好条件の子ばっかりなのに、ゾンビって言うだけで断るなんて信じられない!
「あ~ぁ! やっぱり、会社名に問題がある――」
「風香、お疲れさま」
「しゃ、社長! ち、違うんです! 今のは、わぁ!」
ガッシャーン! カラン,カラン……。
「だいじょうぶか?」
「あ、はい……ありがとうございます」
椅子から派手に転げ落ちるところ見られちゃった。
うわぁ~ん! どうしよう、もうお嫁に……て! そうじゃない!
「社長! 私は会社名を変えた方がいいとか思ってませんから」
「……風香は優しいな。でも、会社名や会社方針に不満があるなら遠慮せず言ってほしい」
やっぱり聞かれちゃっていたんだ。
私達ゾンビが人間と共存できているのは、社長と人間のトップが協定を結んだおかげだけど、社長が覚醒させた能力のおかげでもあるんだよね。私達にとって社長は絶対的な存在だから、反論なんて許される行為じゃないのは分かっているけど……。
「あの、どうして会社名に堂々とゾンビ派遣と付けたんですか?」
「会社名を偽れば、もっと契約が取れると思うか?」
「……はい」
「そうか。俺は会社名を偽れば偽るほど、肩身が狭くなると思う」
隣にある椅子が軋んだから、社長は隣の席に座ったのかな? 目を見て話す事が出来ないけど、正面を向いて話をしないと失礼だよね。
「なんだ、なんだ? 社長に相談事かぁ?」
何で正面から朧の声が聞こえてくるの? あぁ、隣の席に座ったのは社長じゃなくて、朧だったわけね。緊張していたとはいえ、朧の存在に気付けなかった、私も阿保だけど……。
「アンタは、さっさと仕事しろ!」
「ぐっっは!! いってぇぇ!」
よし! 確かな蹴り応えがあったし、朧の声質と呼吸音が変わったから、確実に朧を蹴り飛ばせた。
「ははは、相変わらず2人は仲がいいな」
「そんな事はありません!」
「そうかな? おっと、会社名の話だったね」
またしても正面の椅子が軋む音が聞こえたけど、離れた所で朧が呻き声を上げながら、体を転がす音が聞こえるから、今度は絶対に社長が座った。
「風香? 会社名を偽れば、契約が増えると本気で思っているのか?」
「増えるかは分かりませんけど、少なくとも面接までは――」
「いいや、仮に面接の機会を取れても、身元を捏造した奴が来たら門前払いにあう。そこから悪評は広まるから、会社名をいくら変えても結果は同じだよ」
確かに自分の正体を偽って、就労できたとしても、嘘が真実になる事は絶対にないから、いつかはゾンビだとバレてしまう。そこから、あの会社名は実はゾンビ派遣会社だという事が、口コミとかネットで一気に広まるから、社長の言う通り会社名を偽った方が結果は悪くなる。
「あの、もう1つ聞いてもいいですか?」
「俺達は上司と部下の前に、1つの会社で働く仲間だから遠慮は無用だよ」
「そ、それでは、社長の夢って何ですか?」
「人間と信頼関係を築いて、貧困、格差社会、人間が抱える様々な問題解決に、俺達の存在が必要不可欠と言われるようになる事だ」
だから、この派遣会社を設立したのか。
でも、社長が覚醒させた能力を使えば、この世界をゾンビ社会に変える事なんて容易いはず。過去には、ゾンビだけの社会を築くために人間と争っていたのに、何で社長は突然人間と共存するなんて言い出したんだろう?
「どうしたの?」
「あ、いえ! 何でもないです」
理由はどうであれ、社長の夢が私の夢である事に変わりはない。社長が人間と信頼関係を築きたいと仰るなら、私は社長の夢を実現させるために、助力するのが私の仕事だ。
「長々と愚痴を聞いて頂き、ありがとうございました!」
「礼を言うのは俺の方だよ。いつも、ありがとう」
社長が会議以外で話を聞いてくれるだけでも、人間社会からしたらホワイト企業らしいけど、部下を労う言葉を掛けて、おまけに頭まで撫でてくれるなんて、ここで働けている私は幸せ物だぁ!
「よ~し! 頑張りますよ~!」
社長の夢を1日でも早く実現させるためにも、一生懸命頑張ろう。
「ふ、ふうかぁ。労災を――」
「さっさと働きなさい」