第4話
なぜ、そうしようと思ったのかはわからない。ダリウスはただ心が命じるまま、娘をかばわねばと考えた。雇い主と娘の間に立ちふさがりたいと思った。だが距離は遠く、とても間に合うはずがなかった。時間が凍り付いたように感じた刹那、ダリウスの体は人にはありえない速さで地を駆け、娘と雇い主の間に入り込んでいた。自分の潰れた右目が黒く光っていること、自分と同時に龍が叫んでいたこと、同じく娘の方に向かおうとした〈龍〉を置き去りにしていることには、気づいていない。
「その」
発射された鉛の弾を切り払い、雇い主に向かって駆けだす。
「子に」
雇い主の顔が驚愕に固まるのを見ながら距離を詰めていく。三十歩ほど離れていたはずの雇い主の顔が、なぜかすぐ目の前に見えた。
「手を」
気づくと、ダリウスの剣は、短筒ごと男を縦に斬り割いていた。
「出しては」
踏み込んだダリウスは左右二つに分かれた男の体にぶつかり跳ね飛ばしてしまう。脳漿と血しぶきやらなにやらを全身に浴びて、ダリウスはひどい有様になってしまった。
「ならん」
ようやくダリウスの体が動きを止めた。踏みしめた地面が割れていた。どこかで雇い主の体が地面に落ちたのだろう、ばしゃっ、ばしゃっと音がした。
「・・・?」
広間を静寂が支配した。
不意に、時間の進み方が元どおりになったようだった。ダリウスは血と脂でべとべとになった剣とまじまじと見た。力が抜け、からんと音を立てて剣が落ちる。自分が何をやったのかはわかったが、なぜこんなことをやったのかは全く理解できなかった。
〈龍〉が近寄ってきた。ダリウスには剣を取る気力も起きなかった。
『おぬし、見えたのか?』
「見えたとは、何をだ」
『あやつが撃った弾だ』
「あ?ううむ、見えた、ような覚えがあるが、はっきりわからん。いや、そんなことより、そもそもなんで自分がこんなことをしたのか、わからんのだ」
頭を落ち着かせるように、途切れ途切れにダリウスは言った。自問自答のようでもあり、〈龍〉に話しているようでもあった。〈龍〉は黙ってダリウスを観察しているようだった。
「なぜ、俺はこの娘を守ろうとしたのだ?俺の体はどうなっている?」
ダリウスはまだ気絶している娘に目をやる。次第に頭が冷えてきて、違和感を覚えた。さっきからなんだか視界が広いような気がする。
『おぬしの右眼、いつから?』
〈龍〉の問いに、ダリウスははっとなって右眼を瞬きしてみた。見えている。
「これは…まだ子供の時分に、妖にやられた。ずっと見えなかったのに、なぜ今になって」
『ふむ、そこが妖の出口になっておるな』
「はあ!?」
『先ほどのおぬしの力は、妖のものだ』
「はああ!?」
『おぬし、妖の血を引いておる』
「はあああああ!?」