第3話
『よかろう、特別に見せてやろう』
広間全体が薄っすらと黒く烟っていく。それはやがて集まり、大きな、大きな黒い霧のかたまりになった。そして次第になにかのかたちをとっていった。長く伸びた胴体。突き出した顎。黒く光っているとしか言えない眼。胴から伸びた太い腕と、爪。
まるで、この国の御伽噺に伝わる〈龍〉だった。
ごおおおおおおお!
〈龍〉は咆哮した。娘は気を失ってその場で倒れた。それを大入道が抱えて隅に運び、そっと横たえるのが見えた。雇い主と男衆はみな腰を抜かして尻餅を着いている。広間の向こうで震えて座り込んだ男衆の一人に、その巨体に似ぬ素早さでするすると〈龍〉が近づき、爪を振り下ろした。男の体はぐしゃりと潰れた。西瓜を落としたように赤い血と肉が弾けた。
「げえええ!」
「うわあああ!」
それを皮切りに〈龍〉が男衆を襲っていく。ただ一人、動けたのはダリウスだった。男衆がみな殺され、〈龍〉が雇い主に襲いかかろうとした直前、ダリウスの剣が爪を受け止めた。
「お前の相手は俺だ」
『ほう』
ダリウスの剣が、〈龍〉の黒い体を押し返したように見えた。
『面白い。こちらに来い』
〈龍〉はふわりと飛び上がると、広間の中央に戻り、ダリウスに向き直った。ダリウスは龍に向かって駆け出した。〈龍〉が爪を振り下ろしてくるのを躱し、腕の付け根に斬りつける。硬い音がして剣が跳ね返された。龍の鱗とは本当に硬いのだなとダリウスは思った。では、言い伝えにある逆鱗とやらが弱みなのだろうか。
「わあああああ!なんだこれは!!ひいい!」
背後から大声がした。呆然としていた雇い主は、ようやく状況を理解したらしい。〈龍〉と剣を交えながらちらりと横眼で見ると、怯えた雇い主が短筒を〈龍〉に向けた。バン、と大きな音がして鉛の弾が〈龍〉に吸い込まれるが、〈龍〉は気にした様子もない。
「糞っ、糞っ、なんだなんだよ!」
雇い主はわめいた。血走った眼で周囲を見まわすと、妖どもに守られるように横たわる娘に目を止めた。
「お前か!お前のせいか!」
雇い主が震える手で短筒に弾を込め、娘に向けた、その時。〈龍〉の爪を剣で受け止めていたダリウスの背筋に怖気が走った。
「「やめろ!!」」
雇い主が短筒を撃った。