第2話
ダリウスには妖が見える。妖とは、人ならぬ存在、としか言いようがない。実はこの世には多くの妖が存在するが、ほとんどの人には妖が見えない。妖が自ら人に姿を見せようとしない限りは。
ダリウスは生まれた時から妖が見えたわけではない。故郷を出て、腕っぷしで生きていくようになった十五の歳、妖に襲われて右眼をやられた。その時からだ、普段から妖が見えるようになったのは。そして、剣で妖を斬れるようになったのも。それ以後は、金で頼まれれば妖から人を守る仕事も請け負うようになった。世の中の怪異な出来事のいくつかは妖の仕業だ。たとえば人を病気にさせる。妖が人に取り付くと病気になることもあるらしい。印度のとある商人の娘の部屋に夜な夜な現れて娘の命の力を吸っていた、餓えた老人のような妖を斬ったことがある。そんな恐ろしいものでなくとも、いたずら好きと思える妖もいた。湖に近づく人を惑わす美しい女の姿をした妖を追っ払ったこともある。中華では、ダリウスは妖相手の用心棒と綽名がついていた。
世界を旅する中で、いろんな妖を見てきた。火の玉や大男といった妖はダリウスにとってそこそこ見慣れた存在ともいえる。
「せせせ、先生!助かりましたぜ!」
「皆、怪我はないか」
「平気ですが、ありゃいったい何です?」
「あれが妖だ。あの類は何度も見てきた」
「すげえ、本当に、本当なんだ・・・」
雇い主と残った男衆が羨望の目でダリウスを見ている。やや照れ臭くなったので、手を振ってやめさせた。
「それで、どうするのだ?先に進むか?村に戻るか?」
雇い主は男衆と顔を見合わせて少し相談していたが、やがて進むと決めた。
ダリウス達は本堂の奥に向かった。そこから森の中へ続く細い道があった。日が傾きつつあったが、日暮れまでにはまだ時間がある。とにかく進んでみようとなった。
四半時ほど山道を登る道すがら、何度も妖が出てきた。首が一丈ほども伸びた女。骸骨の群れ。みな、ダリウスには大した相手ではなかった。剣でちょっと脅してやると逃げていった。
やがて森の中にぽかりと空けた広間に出た。そこだけ木が途切れている。奥までは三十四、五間ほどもあるだろうか。不自然な広間ではあるとダリウスは感じた。
そこに娘がいた。今まで追い払った妖どもが寄り添うように浮いている。どういうことだ? 雇い主が顎をしゃくると、男衆の2人が娘の背後に走る。逃げられないようにするつもりだろう。だが男衆は妖が怖いのか、広間の端まで走っていった。
「おいおいおめえ!やっぱり妖に魅入られてたってのは本当のことだったんだな!」
雇い主が大声で叫ぶと、娘はびくりと後ずさった。
「しら・・・ない・・・わからない・・・」
「何言ってんだおめえ! なんでも構わねえ、こっちは腕利きの用心棒がいるんだ。先生、お願いします、先生!!」
雇い主は期待の籠った目でダリウスを見つめる。ダリウスは正直あまり気が進まなかったが、仕方なく剣を抜いた。
「妖どもを片付けたら、おめえにはきっちり話を聞かせてもらうからな!ここは俺達が砦として使うんだ、これ以上妖に出てこられちゃかなわねえ」
ダリウスが側にいれば怖いものはないと思ったのか、雇い主が娘を脅すようにわめく。
「これで妖どもは全部か?もっといるなら見せてみろ!ここにいらっしゃるだりうす先生が全部斬ってくれるからな!」
馬鹿やめろ、とダリウスは思った。そんな台詞を言って、碌なことはない。案の定、広間に何者かの声が響いた。
『よかろう、特別に見せてやろう』