第1話
ダリウスはこの国の生まれではない。海の向こうの遠い国からやってきた。何か目的があるわけでもない。故郷を追われ、流れ流れて生きてきた結果に過ぎない。
この島国に着いたのは一年ほど前だ。中華の国から船に乗って。いくつもの小国に分かれて戦乱が続いているというこの島国ならば、腕に覚えのあるダリウスは食うには困らないと思った。これまでいろいろな国を巡ってきたダリウスは、この国のことばもある程度は話せるようになっていた。
「だりうす先生、行きますぜ」
今の雇い主が言った。雇い主はこの近くの村の長の息子だ。この地方の小豪族の後継ぎといも言える。戦乱の世故、村は若い男衆を武装させ、時には近隣の村とを襲って田畑を奪い、時には逆に襲われることもある。そういう時代だった。
ダリウスは雇い主と共に村から昼間中歩いたところにある森にやってきていた。ここはいくさになった際に砦になる。他の村が抑える前に抑えておく。理由はそれだけだった。他にも村の男衆が五、六人着いてきている。森のそばには廃寺があり、そこから森に入る道があるという。
ダリウスが連れてこられたのには理由があった。この森には妖が棲むという。数年前、妖に魅入られた幼い娘を捨てたという話もあった。馬鹿馬鹿しいとは思わない。ダリウスはこれまで幾度か妖の類と戦ったことがある。この国の都に向かう途中に立ち寄った村で、問わず語りにそんな話をしたダリウスにちょうど森に手をつけようとした村長の息子が食いつき、一夜の用心棒に雇ったというわけだ。身の丈六尺ほどとこの国の男のくらべてかなり背が高く、がっしりとした体つきに右眼の潰れた恐ろしげな顔というダリウスの見かけも、百戦錬磨のつわものと頼もしく思えたのかもしれない。
「妖だか何だか知らないが、先生がいれば安心だ。それにコイツもある」
雇い主は懐から奇妙な道具を取り出した。数年前にこの国にたどり着いた、ダリウスの故郷からさらに遠くからやってきた南蛮人が持ち込んだという火縄銃。それを短く整えた、短筒という武器だそうだ。中に篭めた黒い薬に火縄で火をつけると鉛の弾が飛び出すという。弓矢に変わるいくさの武器として、上方では人気がでているらしい。
ダリウス達が山門を登って寺の境内に入ると、壊れかけた本堂があった。人が住んでいるとも思えないが、粗末な着物を着た幼い娘が立っていた。物音を聞きつけて出てきたのだろう。
「だ・・だ、れ?」
片言で尋ねる娘に、雇い主が答えた。
「なんだ手前は。もしかして、あの餓鬼か? 生きていたとは驚きだな。まあどうでもいい、ここは俺達が使う。お前は出ていけ」
「な、に?」
「ここから失せろって言ってんだ、わからないか」
雇い主はつかつかと娘に近づこうとした。すると。
「何をするかああああ」
ぼう、と音を立てて境内に火の玉がいくつも現れた。火の玉だけではない。見上げるような僧形の大男の妖、この国でいう大入道が、娘を守るように立っていた。
「ななな!なんだ!!」
「で、でたあああああ!!」
「おまえたち、なにものだああああ」
大入道が地響きを立ててのっしのっしと向かってきた。
「わあああああ!!」
たちまち、男衆の数人が逃げていった。雇い主はガクガクと震えている。ダリウスは剣を抜いた。故郷からずっと人生を共にしてきた、父の形見だ。カタナと呼ばれるこの国の刀剣とは違う。より厚くい曲刀だ。構えると大入道に斬りかかった。
「ぬうう???」
大入道は動きが鈍かった。一閃、二閃、簡単に斬る。大入道は慌てたように後ろに退いた。
「にげろおお」
大入道は背後に向かって言った。確かに、娘に言ったように見えた。娘は呆然としているように見える。
「にげろおお」
大入道がもう一度言うと、娘ははっとした顔で、本堂の裏に走っていった。
ダリウスはよそ見をしている大入道の胴体に深く剣を突き入れた。それで大入道は幻のように消えた。火の玉も消えた。ダリウスはしばらくあたりを見渡すと、雇い主に声をかけた。
「もう大丈夫だ」