料理と幼馴染と成長の話
一時間企画で制作しました。テーマは「まな板」「澄んだ青い空」です。
トントントンと包丁でまな板を叩く音が聞こえる。そんな音に感謝しないといけないのに何でかムカムカしながらキッチンに向かう。そこには本来は居るはずがない人物がいた。おかしいはずなのに、ここ数日ですっかり慣れてしまった幼馴染の風下 唯の姿だった。
「あ、おはよう。料理そろそろできるよー」
「おう、毎日ありがとうな。食器くらい出すぞ」
「あはは、ありがと。……じゃあ、お願いしてもいいかな?」
ニコニコしながらそんな風に声をかける幼馴染がなんで僕の料理を作っているのか、それには簡単な訳がある。
僕の親が仕事の関係で二週間ほど出張することになったのだ。学校の事があってついて行くわけにはいかなかった僕は今まで料理をしたこともなくて困ってしまった。これを機に料理を覚えなさいなんで母は言っていたがさすがに無茶だと思う。一応十分なお金は用意していってくれたのだが外食三昧か、と途方に暮れていたところ話を聞きつけた幼馴染の一家が協力してくれるようになった、という訳だ。
夕飯は風下家でお世話になりつつ、朝食はなぜか幼馴染の唯が毎朝来るようになったのだ。さすがに悪いと思い断ろうとしたが、『今、料理を勉強中なの。実験台みたいなものだから気にしないで』などと言われてしまい押し切られたのだ。一応、お金はちゃんと払ってはいる。だけど、何でか幼馴染が包丁を扱って料理する姿にモヤモヤと言葉にできない思いをしている。
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どうやら、今朝のメニューはソーセージの炒め物らしい。朝なのでシンプルなものでもそんなに問題ない。そう言う意味では練習にはぴったりだろう。唯は朝型で早起きが得意だからか余裕そうだ。早起きが苦手な僕からしてみればうらやましい限りだ。
「今日はどうかなー」
「いつも通り美味しいけど?」
「えへへ、ありがと」
「それはこっちのセリフだと思うけど」
ニコニコしているのを見てまたモヤっとする。なんでか分からないけど幼馴染はいつも嬉しそうだ。それに比べて僕は何が返せてるだろうか? ありがとう、なんて言葉しか返せない僕が不甲斐無い。
「今日は空が曇ってるね」
「そうだな、雨が降りそうだし折り畳みの傘でも用意しておこうかな」
「そうだねー、洗濯物は部屋干しかなー」
「洗濯もしてるのか?」
「あ、……う、うん。手伝いくらいだけど、まあね」
唯はいつの間にかいろいろできるようになっていたんだな、と感心すると同時にモヤモヤが強くなった気がした。
「あんまり無理しすぎるなよ。朝食くらいテキトーに買って食べるからこっちに無理してこなくてもいいぞ」
正体の分からないモヤモヤを持て余してつい強い口調で来なくてもいいなんて言ってしまった。傷付けてしまっただろうか? そう思って唯の方を向くと何やら怒った風だった。
「むー、そんなこと言うなら明日のメニューを変えるよ! 高野豆腐入れてやる」
「おい、僕が苦手なもの分かってて入れようとするなよ……悪かった」
「うん、よろしい! 許しましょう」
怒ってしまったようだけど、傷ついては居なさそうでほっとした。僕は昔からこの幼馴染には弱いのだ。
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「私の好きでやってる事なんだから気にしなくてもいいのに」
幼馴染の唯がそう笑うのは放課後、ショッピングセンターでの話だ。今朝、強く言い過ぎた代わりに荷物持ちになろうという訳で買い出しの手伝いにやってきたのだ。
「お前はそうでもこっちは気にするんだよ」
「エヘヘ、君はそうだよね。だから好きなんだけど」
「なんか言ったか」
「べ、別に。まあまあ、荷物持ちのお礼に明日の朝は君の好きなものを作るよ」
「そっか、じゃあどうするかな……」
食事は朝食の分のお金は僕が出している。さすがにそれくらいしないと肩身が狭いのだ。風下家の助力によってお金には意外と余裕があるから少し贅沢してもいいだろう。
「朝から重いかも知れないけど、焼き魚とかどうかな?」
僕は朝から焼き魚くらいなら食べれるけど、唯はそうじゃないかもしれないし提案するだけしてみよう。まあ、僕が魚好きという理由もあるけれど。
「……魚好きだもんね、いいよ」
「お、言ってみるものだな」
リクエストにも応える幼馴染を見て、またモヤモヤが再発したけど気にしないようにした。空はそんな僕の気持ちを映したように曇天だった。
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翌朝、トントンというまな板の音は聞こえない。今日は切り身を焼くだけのはずだから当たり前だがと思いながらキッチンに向かう僕の鼻はある異常を捕らえた。
「焦げ臭い?」
思わず独り言をこぼしてしまう。唯が今まで料理で失敗することは無かった。そのため余計に異常事態というように感じた。慌ててキッチンに向かう。
「唯! 焦げ臭いけど大丈夫か! 何かあったのか?」
「あっ……」
そこにあったのは焦げて真っ黒になった魚を前に立ちすくむ幼馴染の姿だった。
「あの、その、ごめん。失敗しちゃって」
うろたえる唯を見て僕は安堵した。安堵した?
「楽しみにしてたよね。ごめんね」
そして、安堵して、浮かんだ感情は自己嫌悪。気が付いていなかったモヤモヤの正体に気が付いて罪悪感がわいてくる。
僕は彼女の成長に嫉妬していたのだろう。そして、料理の出来ない自分がおいて行かれるように勝手に感じていた。だから料理する姿にモヤモヤを抱いて、その上で洗濯までやっていると聞いて敗北感を覚えた。そんな唯が失敗する姿を見て自分とまだ変わらないと思い安堵した。
何も言わない僕が怒っていると感じたのだろう。唯は今にも泣き出しそうだった。僕はそんな唯を見てようやく思考の海から抜け出すことが出来た。
「怒ってない。心配しただけだから。朝くらい一回抜いても平気だよ」
「ううぅ。ごめんなさい」
「こっちこそ、ごめん」
かってに嫉妬して、君の失敗に安堵して、ごめん。そんな思いを言っても君には伝わらないだろう。
「それはこっちのセリフだと思うよ?」
僕のあまりに真面目な顔と声がツボに入ったのだろう。唯は少し笑いながらそう言った。
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それから、出張から帰ってきた母に料理を教えてほしいと頼むことにした。嫉妬するくらいなら僕も少しは大人にならないと、と思い少しずつできることを増やしていきたい。そう思って空を見上げると澄んだ空が馬鹿みたいに広がっていた。
一方で唯は今では肉じゃがも作れるようになったらしい。魚ももう焦がすことは無くなったそうだ。
唯が料理を作ってる時のモヤモヤに自分以外に唯が料理を作っている可能性を考えていたという事に気が付いて、僕が幼馴染の唯の事を好きになっていると気づかされるのはもう少し先の話だ。
そうして、またモヤモヤを解決して今度は二人で済んだ空を見上げることになるのだった。
もっとモヤモヤ描写を頑張りたかったです。澄んだ青い空から最後にモヤモヤが晴れて空を見上げるシーンが思い浮かんでそこからモヤモヤを考えて話を作りました。もう少し小さな話でまとめればよかったかなと後悔してます。
主人公も唯も穏やかな性格なので喧嘩にならずにお互い自分が悪いんです、って言ってしまう人たちなのでストレスをためる展開になりませんでした。もっとカタルシスを勉強したいです。