8.客観
時間となり、俺は一人目的の場所を目指し、タクシーを使い近くにまで行った。まだ数百メートル程距離がある様だが、横断幕を掲げる人々が見える。歩き近づいて行くにつれ、人々の騒がしさが増した。
はっきりと確認できるようになると、その人の多さに圧倒される。一人でこの数十人を相手できるのか?だがやるしかない。力を抜き、一歩一歩その集団に近付く。
あちら側も俺に気が付いたのか、直ぐに囲む様な動きを見せる。少々おぞましい。だが、向こう側から寄って来るのは助かる。
「お前は役所の人間か!」
いきなり何を言うのだろう?この砕けた格好を見て公務員と言うとは、かなり疑い深い印象だ。
「いや、観光客だが。こんなに囲むのは止めてくれないか?」
ひそひそと何やら話しているが、警戒されたまま。その話し声には、やはり日本語では無いものも混じっていた。
「基地はどうなってるのか見たくて来たんだが、やはり無い方が良いのか?」
「当たり前だろ!」
言葉を間違えたか、強く言い返される。沖縄の土地は沖縄のもの。アメリカに支配されているこの状況はおかしいのだと。また、在日米軍が起こした問題も多い。それを何故政府は容認しているのかと。
尤もな意見だ。俺もそう思う。だが、それだけでは無いことも知った。この問題を解決するには米軍基地を退去させることも必要だが、この偏った意見を押し付ける外国人もどうにかしたい。
「話しを聞かせて貰っても良いか?」
俺はそう尋ね、奴等に話をさせる。そう、長く、米軍が来るまで。
話を聞いて、その内容に理解はできるものの、こちらからの問いには不鮮明な所、又は勢いに任せ押しきろうとする所さえある。何にせよ浅いのだ。
奴等の中には勿論、日本人も多くいる。良くあるが、悪く印象の有るもの。それを良く知りもせずに叩こうとする行為が今の日本で目立つ。本当は素晴らしいものでさえ、それにより塵と同じとなっているとも知らずに。
今の時代、昔よりも自ら学習のできる環境があるにも関わらず、周りに流され続けたのだろう。まあ、俺も前まで戦争という特殊な状況下でだが流されていたのだ、これ以上悪くは思うまい。
話、いや説教を聞いて一時間は経つだろうか、漸く米軍に動きがあった。金網の柵の向こう側から二人の米兵が見える。彼等は無線にて連絡を交わしながらこちらを指差している。人数を数えている様だ。
その二人に気を取られていると、柵の前に固まった俺達を囲う様に十数人の米兵が銃を片手に展開していた。そして「フリーズ」と声がかかる。
これは昴から聞いた。動くなという意味だ。柵のこちらは日本だが、動いてしまうと撃たれるかもしれない。大人しくしなければ。
それからその場に居た全員は拘束され、基地内の収容施設に移った。施設の中は広く、寛げる空間となっていたが周りが喧しい。無理もない、誰もここへ来る様なことはしていないのだから。
拘束されたまま暫くして、施設に比嘉がやって来た。知り合いだが、そうとは分からぬ様に他人を装う。比嘉は監視を務めている米兵の一人に話し掛ける。頭を下げ申し訳なさそうに対応する比嘉と、いつものことだと言わんばかりの顔の米兵。良くあることなのだろうな。
それから一人ずつ、比嘉から基地に入ってはいけないという説教を受ける時間となるのだが、例により順番は俺からだ。勿論説教は受けず、茶を飲みながら長々と世間話をしていた。先程比嘉から米兵にこちらのことを伝えており、催促されることもない。
比嘉の持つ電話機に昴から連絡が入る。「もう良いぞ。」と。部屋の壁に設置された時計を見ると短針が五を少し過ぎた辺りだった。思ったより楽ができたな。
俺は解放され、基地を後にする。基地の直ぐ外には見慣れた顔があった。「お疲れさん。」と軽い様子のその顔に、苛立ちと少しの安堵を感じ、俺はその頭をくしゃくしゃと荒く乱した。
東京へ戻るのは明日の昼。午前中は少し観光するらしいが、その案内で許してやろう。
宿までの道すがら昴達の話を聞いた。テントの数は十数個あり、それをただ畳んでトラックに積むというどこか業者の様なことを延々としていたらしい。そちらの方が楽だったな。こいつ曰く俺にはもっと頭を使う仕事をさせたいそうだ。性に合わないことはやりたくないのだが。まあ、でも上手くはいったんだ。文句は程々にしておこう。
翌日、朝から沖縄料理を振る舞う店でたらふく食べた後、土産を買い、もう飛行機の時間だと、短い観光を終え帰ることに。
結局は旅行を楽しめぬまま。仕事だと割り切れば良いのだが、あの透き通る海を堪能したかったと心に残る。生きていればまた来れよう。今はこの手に持つ甘い菓子だけでも、しっかりと味わうとしよう。