5.平穏
車内を見ると確かに徳本の姿が無い。つい先程まで隣に居たと思ったんだが、まだあの場に残ってるのか?
「ああ、徳本なら葛西さんの運転する車に乗ってたよ。」
運転する葛西さんがあっさりとそう声にする。長く息を吐く。何だ、別の車に乗ってたのか。先程声を上げた真壁さんも頭を掻いている。徳本のことを余程可愛がってる様だ。周りも声を出さずに笑っている。それを見て真壁さんの顔が赤くなった。こんな時だが、一気に力が抜ける。そして、安堵のせいか急に眠気が襲い、車の中眠りに落ちた。
・・・うっ!息苦しさを感じ、目が覚める。目の前には真壁さんが居り、鼻を摘ままれていた。
「おい桂、着いたぞ。」
あの倉庫に戻ってきた様だ。車を降りるとそこには徳本の姿もあり、改めて一安心する。そう思った時、真壁さんが徳本の頭を叩く。何で叩かれたのか分からない徳本はただ理由を求めたが、それを「うるせぇ。」と一蹴した。それを見て皆笑う。
「賑やかで良いねぇ。取り敢えずお疲れさん。」
声を聞いて昴が倉庫の中から出て来た。
「頭すみません、今回は逃げ帰ってきました。」
若頭補佐である安田さんが頭を下げた。安田さんは四十を過ぎた渋く男らしい人で現場で纏め役を務めている。
「別に良いって、皆帰って来てるし。相手はあの黒虎だぜ、ホントならうちみたいな小さい所が食って掛かっちゃいけないんだ。無事で良かったよ。」
後になって聞いたのだが、今回相手した中国マフィアは黒虎という組らしく今日本に来ている海外の勢力で一二を争う程とのこと。そしてあの銀髪の男は孔浩然と言い、中国本土では敵対組織の強者共を何人も潰してきたと噂される程の危険人物らしい。因みにこちらの松本組はここ東京を拠点とするヤクザの二次団体。構成員は二十五人ということで、俺を含めたこの場の二十二人、親父とあと二人になる。黒虎の日本に居る構成員は数百人と言われており、これでは話しにならない。
時刻は四時になろうという所。あと一時間もしたら日も出る頃だろう。先程車で少し寝たからか眠気は然程無い。すると、酒とつまみ買って来いとの指令があったので、近くまで買い出しに出ることに。しかし、車を運転できないと伝えると、皆声を揃えて「徳本出番だ。」と言う。扱いが完全に分かってきたな。
そんな訳で、俺と徳本は今コンビニに居る。休み無く開いている店というのは本当に便利だ。さて、酒はどれが良いのだろう?
「おい、ぼさっとすんな新入り。カゴ三つ持ってこい。」
言われた通りカゴを持ってくると、次々と酒を入れていく。ビールに芋焼酎、ハイボール。皆の好みを把握している様だ。さすが徳本先輩。
コンビニを出て倉庫に帰る間、徳本と話をした。何故ヤクザになったのかと。
「特に理由なんてねえよ。頭に拾って貰って、気付いたらヤクザやってんのさ。」
深掘りして聞いてみるが、はぐらかされる。あまり言いたくないのだろうな。もう少し仲良くなれたら聞くとしよう。
倉庫に着くと、もう半分くらいは寝ていた。もう朝だものな。残った者で酒を交わす。酒が入るとまた陽気になる。特に真壁さんは酒癖が悪い様で、徳本を相手に絡んでいた。いや、あれは通常か。少しして、日が顔を出す。目覚めに日光を浴びてこよう。
外には昴が居り、煙草を吹かしていた。
「ん、お疲れさん。今日はいるかい?」
昴は俺に気付くと煙草を勧めてくるが、今回は取らなかった。
「なあ右京、黒虎の孔を見てどう思った?」
「アイツは強い。恐らく、松本組の中で敵う者は居ない。可能なら相手にしない方が良い。」
「正直だねぇ。まあ今は良いけど、いずれはどうにかしないといけない奴だ。そんときゃ頼むわ!」
無邪気な顔でそう言う。「話し聞いてたか?」と聞き返すと、「ああ、聞いてたよ。」と口元を緩ませる。ふっ、こいつだけは。
一眠りしていた者達が起き始めると、帰路に就く。
我が家に着くと、一層安堵感が増す。そう言えば結局三日も休みを貰ったことになるのか。今月の給金は少ないかもな。
時刻は七時だが、酒が入り少し怠さもあると昼まで寝ることにした。
目覚まし時計より先に電話が鳴る。一体誰だ?
「はい、桂です。」
「あっ桂くん、香川だけど今大丈夫?」
「大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
「えっと、今日お昼ご飯とか一緒に行かないかなって?仕事とか大丈夫かな?」
「今日も休みなんで、良いですよ。」
「良かった。じゃあ・・・。」
待ち合わせの場所と時間を決める。今時刻は十一時前。待ち合わせまで一時間はある。一応身綺麗にはしておこう。汗を流し、着替える。その後は汗のかかない程度に待ち合わせの場所を目指した。
大きな駅の南口。人が多く往来し、彼女を見付けられるか不安になる。そんな時、電話が鳴った。彼女からだ。彼方もここへ着いた様だが、何処に居るのか分からない。手を上げここだと目立たせると、見付けられた様で合流した。
白黒の格子柄の服は落ち着きのある雰囲気を出し、今までの彼女とは違った印象を受ける。俺の居た時代より華やかで良いな。
それから彼女の案内で街を歩く。着いたのは古風な洋食店だった。テレビで良く見る洒落た店等が今の女には好まれているのかと思ったが、彼女は「ああいう所は落ち着かないんだ。」と、好いていないらしい。これは偏見だったな。しかし、こちらの方が俺も落ち着く。
料理を注文し、暫し彼女と話をした。仕事の事、一人暮らしの事、彼女が話すのをただ頷いているだけであったが、その顔が晴れていくのを感じる。余程心細い思いをしてたのだろう。
彼女の話が落ち着くと、今度は俺の話をした。混乱させぬ様に言葉を変えてだが、共感はしていたと思う。
食後のコーヒーを飲み終えた時にはこの店に入り、二時間近く経っていた。これは長々と話をし過ぎたか。勘定を済ませ、外をまたゆっくりと散歩する。
「何か右京くんと居ると落ち着くな。こっちの人チャラチャラしてる人多いからどうにも近寄り難くて。」
「確かにそんな見た目をしてる奴は多いな。俺が働いてる所の土工の奴らもそうなんだが、話してみると案外気の良い奴ばかりだよ。」
「そっか、私も偏見だったかな。さてと、今日はありがとね。大分リラックスできたよ。」
「またね。」と彼女に見送られながら、家路につく。うん、友人とはこういうものだ。昴の様なまともでは無い方が本当は珍しいんだ。
翌日土工の仕事に出ると同僚の皆に心配された。親方に呼び出された後に休んだものだから、辞めてしまうのではないかと思ったらしい。それを見てか親方は皆に拳骨を与える。思ったよりも優しい人なんだよな。
さて、今日も汗をかくとしよう。