33.博打
今日の国会が終わり、呼び出された場所に向かう。そこは先日高木に呼び出された党本部のあの部屋であり、呼び出したのもその人である。部屋には既に高木が居り、この前とは違った面持ちをしていた。
実はと言うと、この所党内の若手議員に声を掛け、高木と共に立ち上がらないかと吹いて回っていた。その影響か、高木の方にも話が耳に入り今に至る訳である。
「桂君、今日来て貰った理由は分かるかね。」
大きくは無いが通る声の中に怒りの感情が窺える。頷き応えると、
「困るんだよ。私はその気は無いとこの前話したときに伝わったと思うんだが。」
と溜息混じりにそう言われた。勿論事情は分かる。高木の立場というのもある。今党内で謀反を起こすのは今まで築き上げた物を壊すということ。最悪の場合、職を辞することになるやもしれぬそれは、悪手でしか無いのだ。しかし、
「高木さん。前にも言いましたが、あなたは国を背負って立てる器を持っている。そんなあなたが今の場所で燻るのは、若い世代の希望を削ぐものだ。高木さんほどの人もあそこまでしか行けないのかと。だからこそやりましょうよ。博打じゃ無く、勝つために戦うことを。」
言うだけ言った後、暫く沈黙が続く。そして、沈黙を破るその声は小さいものだったがはっきりと俺の耳に届いた。
「勝算は有るのか?」
その問いに真っ直ぐと「はい。」と返事をした。
すると震えながらに顔を押さえる高木の口元は笑っていたが、微かに覗く目は赤くなっていた。その様子は何かに解放されたかの様に見えた。
今になって思う、この高木を御輿として担ぎ上げただけで無く、本気で勝たせてやりたいと。無責任のままでは終われない。
詰まる所、次の総裁選迄に票を集めなくてはならないが、現時点で見込める票は全体の八分の一。短期間でかき集めにしては中々と言えるが、足りない。過半数を取らなければ意味が無いのだ。
しかしこれも、高木が出るとなればさらに動く。彼の人となりを知る者は少なからず揺れる。そこを今の派閥を抜けてでもと思う様に後押ししてやれば良い。それができれば勝ち戦だ。
勿論目的はそれだけで無い。この総裁選で一騒ぎすることで今の地位を危ぶまれる者達はこぞって動き出す。高木の票を落とそうと。それに絡む中に例の者が姿を現せば御の字。そうでなくとも、国政の膿を出せれば良い。
高木を動かせた時点で大方事態は進んでいる。後はどうなるか、隙を見逃さぬ様にだけ気を付けよう。
高木と今後の話をつけ、部屋を出る。そして喜一に電話を掛けた。これから忙しくなると。
喜一の伝で公安の信頼できる者を集め、それぞれの動向を見張る。情報収集のプロである彼らに任せれば何らかを掴むことができるだろう、きっと。
俺は俺で人をさらに集めなければ。そうだ有田にも伝えないと。電話を取り出すとタイミング良く着信が入る。表示されるのは非通知の文字。誰だ?怪しい電話、普通は出ない方が良い。しかし、胸騒ぎがする。
「もしもし。」
「桂議員ですね。」
応えた声は低い男のもの。それに聞き覚えの無い声だ。
「誰だ?」
「失礼しました。私の名前は申し上げられませんが、あなたにお話がありまして。あなたの奧さん、京子さんと言いましたか?その方が勤めていた会社をご存知ですよね。そしてその会社のオーナーのことも。」
なっ!俺がヤクザと繋がりがあると知っていると言うことか。そして、それをチラつかせることで脅そうとしている。国会議員が反社会組織と関わりがあるなど、世間に知られれば俺は間違い無く辞任に追いやられるからな。
「まあ、怪しい私の話など聞きたくないとは思いますが、私は知っていると理解して頂ければ結構です。それでは失礼します。」
俺を良く思わない奴の仕業だとは思うが、それにしてもタイミングが良すぎる。見られているのか、それとも・・・。いや、ここで不安になっては敵の思うつぼだ。普段通り、普段通りでいよう。
一つ厄介な電話があったが、有田に電話しないとな。
有田に掛けると「遂に来たか。」と待ちわびていた声を上げた。有田も出世欲の強い男だ。普通なら何年かかるか分からないことを一つ、二つ飛ばしで行けるのなら乗らない手はないという所らしい。
頼もしいが、同時に危ういとも思う。もし、今よりいい条件を他が提示しだしたら、あいつは鞍替えするだろうか。それだけが心配だ。
電話を終え、家へと急ぐ。その道のりはすっかりと暗くなっており、同じく帰宅を急ぐ者達で溢れていた。人混みを掻き分けながら電車へと乗り込む。揺られる電車の中一息吐くと、ふと何か違和感を感じた。
見られている。恐らく先程電話をしてきた者かその仲間だろう。更に俺の弱味を掴もうとしているのか、どうやってまくか。
視線のあった先を見る。しかしそこにはそれらしき者は居ない。何処に行ったと辺りを見渡そうとすると、背後にその気配を感じた。
「桂議員ですね。」




