31.一手
今日も何も変わらない。既に答えの出ている問題を意味も無く続けている。今は防衛大臣の何気ない発言の揚げ足を取り、そのまま引きずり下ろそうと野党は躍起だ。口を挟む隙も無く、連携されたそれは何が為のものなのだろう。自らが与党となる為の布石なのか、他国の工作員としての妨害なのだろうか。どちらにせよ見るに堪えない。よくやっていられるものだ。
「桂君、ちょっといいかね。」
席の隣、同じ自由国民党の高木だ。高木賢治、今回七期目のベテラン議員であり、還暦を少し過ぎたというのだが、スラッとしたその体は背筋が伸びており、若々しさがある。
「君に詳しく聞きたいことがあるんだが、この後党本部まで来てくれないか?」
党本部で話、何を聞かれるのだろう。この場で雑談できないことというのは恐らく他の党に聞かれてはいけないこと。或いは・・・、いや憶測は程々にしておこう。
俺は了承し、その場での話は終わった。喜一の話を聞いた後、俺は何があるか分からないと警戒しており、飲みの誘い等そういった疑わしいものを避けて過ごすようにしている。しかし断ってばかりでは先へは進めない。だから俺は断りながら対応する相手と場所を選定していた。そうそれこそが高木だ。
千代田区のビル群が並ぶ一画に自由国民党の本部がある。その中の三階の一室に連れられた俺の他には高木以外誰もいない。
「悪いな桂君、呼び出ししてしまって。では、早速だが話をしよう。」
高木の話は予想通り、派閥の話だった。高木は渡利派に属しており、俺にも加われとのこと。拍子抜けするほどに真っ直ぐな質問。
「断っても構わない。勿論断ったからといって何をするということも無い。どうかね?」
「高木さん、嬉しいお誘いですがお断りします。」
「そうか。他に支持する所があるのかね?」
「いえ、今はありません。ですので高木さん、あなたが新しい派閥を作りませんか?」
何を言うんだという顔をする高木。
あのまま話を続けていれば詰将棋の様に、丸め込まれてしまう。それ程にこの人は頭が回る。だから、話を進めぬ内に不意を突く。
それに高木を推すというのは嘘ではない。高木は今渡利の下に付いているものの、器としては国の上に立ってもおかしくない傑物。何より芯のある正義を持った珍しい男だ。しかし、渡利との面倒な師弟の関係性が枷となり、こうして燻っている。
今の俺には国の上に立つ程の経験も実力も無い。だからこそ、高木を立てる。高木を支持しようと考える者も少なくない。もし上手くいけば、高木が次の総理となる可能性もある。これが何を意味するか、それは言うまでも無い。
「桂君冗談は程々にしなさい。私を立てたいという世辞だけ受け取っておくよ。」
「私は本気で高木さんを推しております。今の党内で高木さん程の方はいない。渡利さんの下で思う所はあると思いますが、ご一考して下さい。」
「分かった、分かった。この話はここで終わりにしよう。すまなかったね。では。」
話が違う方向へと動くのを嫌がってか、強引に終わらせ、部屋を出て行った。
まずは一つ石を打った。これがどう動くかは高木しだいではあるが、上手く転じてくれることを願おう。
部屋を出て自販機のある二階へと降りる。少し緊張がしていたのか喉が渇いた。自販機の前、財布から小銭を取り出そうとしているとこちらに近づく足音が聞こえた。
「なんや桂か。」
「有田。」
有田翔平、関西出身の現衆議院議員。俺が議員となり初めて国会議事堂へ出勤した時に会った男だ。短髪長身で少し口うるさいこの男は俺と歳が同じらしく、何かとこちらを気にしている様だ。
俺達は缶コーヒーを買い、近くの椅子に座った。
「お前目え付けられとんで。ちったあ飲みに顔ださんと。」
「知ってるだろ俺には家庭があるんだ。妻が飯作って待ってるんだ帰らないといけない。」
「かぁ~、ええのお新婚さんは。けどな、この政治家ちゅうもんは表立って何かできるのは顔の広さがあってこそや。やから、飲みに出て顔を売るんも仕事の内やぞ。」
「面倒くさいんだよなそういうの。」
「甘い、甘いで桂。お前が知らん間に選別されてしまうぞ。」
選別、それは次の選挙の際に自由国民党から出馬する権利をどう割り振るかというもの。選挙に勝つために誰を出すか、いつ選挙を行うかというのは基本だが、当選後にそいつが同じ方向を向くかも考えている。離党や党内での反乱の様なことが起きないように。
つまり選別から外れれば次は無い。だから有田は顔を売れと言うのだ。
「有田一つ聞くが、お前が今党内で背中を追うとしたら誰かいるか?」
「そんなもんおるわけないやん。俺は自分が上に立たんと気がすまんのや、せやから誰かとかやないねん。俺は俺だけの道を進むんや。まあ、今は我慢の時やけどな。」
なる程、有田らしい。
「そんな有田に提案なんだが・・・。」
俺は今考えていることを有田に伝えた。すると「面白そうやな。」と乗り気になり、決行する時は伝えろとまで言われた。
後は高木しだい、良い方向に向けばいいが。




