30.敵襲
今日は何も無く、事務所で寛いでいる。跡目の件でまだ動きも無く、公安の仕事も上に説明したら他に回してくれる様になった。元々仕事に積極的では無かったけど、仕事が無かったら無いで暇だな。何しよう。
そんな時部屋の外が急に騒がしくなったと思ったら、真壁がドアを開け入ってきた。
「オヤジすんません。変な奴が事務所周り彷徨いてたんで、捕まえてきました。」
「痛いじゃないですか、放しなさい!」
聞いたことある声と、見たことのある容姿。
「またあんたか。」
俺は呆れとともに息をついた。この前俺をつけていた警察の女だった。
「和泉さんだっけ?何しに来たの?」
「あなたが悪さしないか見張りに来たんです!」
自信満々にそう言い放つ和泉だが、捕まったこの状況ではネタにしか聞こえない。
「でもさ、俺はこの通り何もしてない。端から見れば和泉さんのがストーカーしてる様に見えるんじゃない?警察や探偵の調査って結構グレーな所だからね気をつけた方がいいよ。」
恥ずかしさと怒りが混ざったように顔を赤くする和泉。うん、やっぱりこのポンコツぶりは面白いね。玩具が一つ増えた感覚だ。
真壁に放す様に伝え解放された和泉だったが、こうなった時の対処を考えていなかったのかあたふたしている。仕方ないと真壁に茶を出すように伝え、和泉を応接スペースに座らせた。
「それで、見張りに来て何か分かったかい?」
「分からないですよ!だって今日秋川さんずっと事務所の中じゃないですか!」
怒られても困るんだけどな。
「まあまあ。ヤクザだって事務所での仕事はあるさ。俺はそんなに暴れ回る奴じゃないし、付け回るのやめといたら?」
「いいえ、やめません!私はマル暴ですよ。ヤクザが悪さしないようにさせるのが仕事なんです!」
「うーん、あんまり向いてないと思うけどな。部署変えてもらったら?和泉さんなら地域課とかそういうのが似合いそうだと思うよ。」
そう言うと和泉は肩を落とした。
「そうですよね・・・。私がなりたかったのはドラマとかであるカッコイイ刑事さんのイメージなんですけど。やってみるとなんか合わなくて、交番で地域の皆の困り事を助ける市民のヒーローみたいな感じの方が良かったのかなって時々思うんです。」
あるあるだねえ。まあ仕事ができなければ次の人事異動で変えてもらえるだろ。
「まあ、そう気を落とすな。そうだ和泉さん甘いもんは好きかい?有名なとこのロールケーキがあんだけど食べる?」
「食べます!」
即答かよ。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のような変わり様。一瞬でぱあっと明るい表情になり、「どこのですか?」と聞く始末。ホント警察がこんなのでいいのかねえ。
立ち上がりロールケーキを取りに冷蔵庫へ向かおうとすると、衝撃と共に爆発音がした。何だ!音の方向からして下の階で爆発が起こったようだが、まさか。近くの窓から下を覗き込むと煙と赤い炎が見え、その近くには見慣れた黒服の男が十数人このビルを囲んでいた。来やがったか!
俺は目の前で慌てる和泉の手を取り、炎とは反対の非常階段の方へと走った。事務所の組員達は俺の様子を見て後ろに続く。
「秋川さん一体何なんですか!?何が起こってるんですか!?」
「悪いね和泉さん、今は説明してる暇は無いんだ。取り敢えずあんたをここから無事に逃がすから。」
戸惑いながらも、まずい状況だと理解した和泉は頷き、俺に付いてきた。
屋外にある非常階段へ繋がるドアを蹴破り外へ出る。外に出ると下から階段を駆け上がる音が響いた。兵隊達が上がって来ているようだ。さて、やってやるかねえ。
階段を降りていき、上ってきている兵隊達が見えたところで大きくジャンプをした。重力によって威力の増した蹴りは先頭の男に当たり、ドミノ倒しの様に踊り場まで落ちていく。その衝撃は相手を気絶させるに至り、巻き込んだ五人の男はぐったりとしている。しかし、まだ敵は居る。勢い任せに突進し、なるべくこの場から遠くへと走った。準備をしてきたということは俺の事務所の範囲で戦う想定をしているということ。わざわざ相手の策に乗ってやる必要は無いのだ。銃声は聞こえるものの、被弾はしない。
俺達は暫く走った後、交差点等の分かれ道で二人から三人で組となり散っていった。敵は勿論のこと俺だけを狙って付いてきているが、それは悪手だ。
まず、作戦からかけ離れた状態となっている筈なのにそれを続行していること。これにより優位性は無くなったと言ってもいい。
次にこの辺りが俺の庭だということ。建物の配置、時間に伴う人の動き、俺は長い間見てきた。どこをどう行けば良いか何て全て分かる。これで優位性は完全に俺のもの。
そして何より、逃げている俺に策があると知らないこと。見た感じ、ただ俺を狙い追ってきているだけだ。何が待っているとは知らずにな。さて、終わりにしよう。
俺はある細い路地に入り込んだ。追っ手とは三十メートルは離れており、奴等がこの路地に入るまでには数秒かかる。それだけあれば十分だ。
路地には多くの銃声が飛び交う。被弾し、叫ぶ声も。それらが鳴り止むと路地に静寂が戻った。
「痛たたた。ここ何処ですか?」
「ここは知り合いの奴のビルさ。さっきの路地に隠し扉があったんだ。これなら敵をまけるだろ。」
「そうですね、静かになりましたし、一先ずは安心ですね。それよりも!」
和泉がぐっと俺に寄ってきた。
「何なんですかさっきのは!私もう、殺されるのかと思って怖かったんですよ!」
そう言いながら俺の服を掴む和泉の手は震えていた。
「悪いな。俺も出世が早いもんだから色々と狙われてんのさ。でもこれで分かったろう、俺に関わんない方がいいって。」
「いえ、そういうことなら警察で保護します!その方が安全です!」
「懲りないねえ。ありがたい提案だけど、付いてはいけないな。俺もヤクザだからさ、分かるだろ?」
むうと、少し起こった様子の和泉の頭を軽く叩き宥める。別に行っても問題ないんだけどな。
それにしても強引な手に出たもんだ。仲間内での争いは基本厳禁。だからこそ正式な流れを踏まなければいけない。もし、それ以外でやる場合はバレない様に立ち回るもんだ。だが今日は違う、正面切ってやって来た。それはそうやっても問題が無い何かがあるということだ。小者の集まりだと思っていたが案外ヤバイかもしれないな。




