3.組
ヤクザ?ヤクザとは聞いたことはあるが深く関わりも無かったから良くは知らない。
「お前ヤクザって何って顔してんな。」
頷くと皆呆れた顔をする。
「頭も何で何も言わず連れてきたんだか。」
「それでヤクザとは何なのですか?」
「ヤクザってのはな、こう金と権力にまみれた・・・。あのアニキ、そういや俺達ってヤクザっぽいことしてないっすね。」
「今更か。まあ昔のヤクザと違って義理と人情ってのも違うし、特に今の頭はヤクザも頭を使って働けって、俺達をそれぞれの得意分野で堅気の仕事につかせたりしてるしな。さっきのだって、ヤクザのやり方じゃ無いよな。どう考えてもどっかの特殊部隊だ。頭は頭が良過ぎて良く分からんが、まあ付いていけば間違い無い。」
昴はヤクザ。考えを巡らそうとするが、元の駐車場に戻ったらしい。車を降り、三階の部屋に戻る。するともう一方の浜崎を狙った班も戻って来ていた。皆椅子に腰掛け寛いでいる。そして、街の様子を映す画面を眺めていた。
画面にはパトカーと救急車が多く見え、人を搬出している。目を凝らして見ると先程襲撃した事務所に居た者の姿を確認できた。画面の一つにニュース番組を映した物があり、この騒動の模様を語っている。
「昴!今回の・・・。」
「おらぁ!頭を呼び捨てするとは何事だ!」
そうか、今昴はこいつらの上官という所。口が滑ってしまった。
「真壁、構わない。右京はまあ友達だからな。そういう訳で勘弁してやってくれ。右京もできれば今は頭で二人の時は昴と呼んでくれ。」
その言葉に俺達は頷く。その後昴から手招きされて、部屋を出る。そして屋上まで上がった。月明かりに勝る地上の輝きを一望できるそこからの景色は中々に綺麗なものだった。昴は胸ポケットより煙草を取り出し、咥え火をつける。煙草の臭いは嫌いだったが何故かこの臭いは平気だった。どうだと勧められるがさすがに吸うまではしない。
「右京、今日のヤツはどうだった?」
「ヤクザってのはこんなことするのか?それに今回はただ同じヤクザの敵勢力を潰しに行っただけの様にしか思えなかったんだが?」
それを聞いて昴は高笑いする。何がおかしいのかと真面目に聞き返すと、謝りながら、
「そうだよな。言わねぇと分かんないよな。今日潰した浜崎組は敵勢力ってのも間違いねぇよ。ただそれだけじゃねぇんだ。この前テレビで見たあの批判ばかりしてた議員覚えてるかい?」
議員?確かそこそこ年の行った女の議員だったか。
「あの議員の後ろにはさっきの浜崎組が付いてんのさ。」
議員の後ろにヤクザ?成る程、議員は当選するために強い後援をヤクザはそのお礼に議員から金を貰えるといった所か。
詳しく話を聞くとあの女議員は十数年前に日本に帰化した外国人らしい。本国からの支援とヤクザの後ろ楯を利用し議員となり、今の総理大臣を引きずり下ろす為に批判を繰り返しているそうだ。
普通に見ていればただ喚いている様にしか感じないがそれでも効果はあるのだろうか?
昴に言わせると、やらないよりはましといった所で、実際にそれを信じる者も居り、また国会の決議にわざと時間をかけさせるという狙いもあるらしい。
なんとも回りくどい話だな。真っ向から宣戦布告をしないのだろうか。いや、今の平和を謳う日本は戦争などできやしないし、そんな日本に戦争を仕掛ける国は世界から淘汰されるやもしれんな。やはり難しい話だ。
「なあ昴、俺もヤクザに入ることになるのか?」
「そうだな。お試しで入っとけ。」
ようこそと昴が手を差し出してくる。お試しと言われてもヤクザとはそんなに軽いものなのだろうか。いや、命のやり取りをするこの集団はそんなに軽いものではない。簡単には頷かんと思ったが、もう半分以上足を踏み入れた。逃げることはできないのだろうな。渋々昴の手を取った。
もう一度差し出された煙草を今度は少し強めに引き抜き、そのまま咥える。火がつき、息を吸うと途端に噎せ返した。それを見て爆笑する昴に煙草を投げ付ける。もう二度と煙草は吸わん。
「あ~あ、勿体ね~。物を粗末にする奴の下にゃお化けが来るんだぜ。」
「ぶっ、懐かしいな。今の時代でも子供を仕付けるのに言うのか?」
「そうさ。良い子を育てるのに必要なことは今でも残ってるのさ。」
その言葉を聞いて、思わず吹き出した。良い子が聞いて呆れる。ちゃんと仕付けようとした親は今の昴を見てどう思うだろう。
話を続けていると昴の電話が鳴る。相手は渡辺の様だ。聞き取れる言葉からさっきの襲撃の事だと分かるが、話すその顔は険しい。電話が終わり、尋ねてみると渡辺が警察として現場の対応をしているらしい。その際わざと議員とヤクザに繋がりがあると漏らしたのだが、報道は素っ気ない反応だったとのこと。中々にニュースになりそうな事柄なのだが、興味が無いのかそういうものなのか。
「ふぅ、難しいね。やっぱり、ネットに拡散するのがいいか。」
どういうことかまた昴に尋ねる。
「テレビ局も買収されてんの。だから都合の悪いことは中々出てこないって訳。」
成る程、所謂プロパガンダと言うやつか。ふむ、思っているより敵は大きい様だ。やはり、踏み入れる場所を間違えたな。
昴の下にまた電話がかかる。敬語を使う様子から昴より上の者だろう。話の途中こちらを振り向く。その顔はまた良く無い顔をしといた。
「右京、親父の所に行くぞ。」
「親父?」
「そう、松本組組長、松本雄三さんだ。まあ人の良いお爺ちゃんと思って気楽に接したらいいさ。」
今までの所で昴の話に裏は有っても嘘は無いと思う。しかし、ヤクザの組長が人の良いお爺ちゃんとは俄には信じられないな。
そう思いつつ昴に付いて車に乗る。先程の場所が事務所ではないのか?車を走らせること三十分、一軒の家に着いた。そこは大きな敷地に趣のある日本家屋が建っており、夜の静寂の中一つの明かりのつく部屋が見える。昴に付いて中に入ると、その明かりのある部屋の縁側にて膝をつく。
「親父、秋川です。」
「おお、来たか、良いぞ入れ。」
障子を開けると、とうに還暦を過ぎた男が布団から体を起こしていた。白髪頭と皺の多いその顔付きは確かに人の良いお爺ちゃんに見える。
「今回も派手にやったな。これで奴等もぐっと勢力が弱まるってもんだ。しかし、いつもわりぃな俺がこんなじゃ無きゃお前ばかりに背負わせなくて良いんだが。」
「いや、親父は体治すのに専念して下さい。だから今は俺に任せて下さい。」
「言うようになったな。それで隣の奴が新入りか?」
「はい、桂右京と言います。」
ぐっと頭を下げる。
「そうか、死なねぇ程度に頑張りな。」
と親父は白い歯を見せる。優しげなその顔は何故ヤクザなのだろうかと不思議に思う。まあ、威圧感のある上官よりは数十倍ましだな。その後は近況報告や単なる世間話をして、親父の屋敷を後にした。
屋敷から帰る車の中、親父について聞いた。親父はもう歳が歳だけに体もあまり良くないらしい。その為、今松本組を纏めているのは頭である昴とのこと。もう親父を引退させて、代わったら良いのではと思ったが、昴は嫌らしい。力量も信頼も十分にあるように思うのだが、まあ何か考えがあるのだろう。
翌日、目が覚めると昼前だった。昨日は思っていたより疲れていたのだろう。そして腹も鳴る。取り敢えず飯だな。
昼食を作りながらテレビを流していると速報という文字が画面上に現れる。何だろうか?速報の後には、『駒田衆議院議員、指定暴力団との密接な関係があったことが発覚し、辞任。』と文章が流れた。
昨日のヤツだ。渡辺は駄目そうだったと聞いたが、どうやったんだ?不意に昴の悪い顔が浮かぶ。聞くのは止めておこう。今日はゆっくりしたい所なんだ。
そう思った矢先電話がかかる。
「どうした?」
「次の仕事だ、どうだ?右京行けそうか?」
一瞬電話を遠ざける。どうやら休みは無くなりそうだ。