26.呼出
「ああ、そうか。分かった引き続き頼むよ。うん、じゃあな。」
電話を切り、大きく息を付く。右京の状況は五分って所か、やっぱり現職は強いよな。裏方としてあいつを付けたことだし、まあ何とかなるだろ。
「親父、戻りました。」
真壁がある男を連れて帰ってきた。五年経ち、ムショから出て来た安田だ。思ったよりすっきりとした顔で、ムショでの生活が思いの外健康的だったことが窺える。
「安田すまなかったな、お前を出してやるまでに時間がかかって。」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
ここ数年の間にまた黒虎が日本へ侵攻しようとしているという噂が流れ始め、戦力を整えないといけないと安田をムショから出す様に動いていた。しかし、相手も中々厄介なもので、妨害され、漸く釈放できたという訳だ。
それにしても右京を極道の世界には引き戻せないのが本当に痛いな。あっちはあっちで重要だし、手が出せる範囲でやるしかない。
さてと、早速動くかねえ。真壁に皆を集める様に伝える。俺の座る前に組員が揃う。ここ数年で人員が増えたり、減ったりとしながら、今は俺を含め全員で二十一人となっている。
「よし揃ったな。今度、敵対する八坂組を潰そうと考えてる。奴等国会議員がバックに付いて最近調子付いてんだ、鬱陶しいだろ?だからこれ以上鬱陶しくならない様に徹底的に潰す。なんか文句ある奴はいるか?」
一応聞いてみるが、反論は無い。寧ろウキウキしている様に見える。うちの組の奴等も中々戦闘狂が多いから仕方ないか。
「じゃあ、いつも通りやるぞ、お前ら!」
歓喜の声に包まれた後、作戦を伝える。といっても大したことは無い。いつも通り暗がりの中を蹂躙するだけだ。なんせ相手の組はたったの八名に対し、こちらはその倍以上。戦力的差は決定的である、何の問題も無い。最後に決行は明日と伝え終わると解散し、俺は一服するため屋上へと上がった。
煙草に火を付け、咥える。以前は一人でも何も思わなかったが、今は右京が隣に居ないのが寂しく思う。もう当分は会わないだろうな。次に会うときはあいつが議員を引退するときだ。それまで邪魔はできない。ふう~と、大きく息をつく。
まあ今はさっきみたいなことで力になってやるか。それにアイツは表で堂々している方が良いしな。さて、事務所に戻るか。
組長となってからも基本的には若頭をしていたときと変わらない。松本さんが組長だった時も実質的に動いていたのは俺だしな。ただちょっと面倒なこともある。やたら他の直系の組長から煩く言われる様になったことだ。五年前に鈴川と春田の三人でした決闘。あれに負けてから他の古参の組長達から調子に乗り過ぎだのなんだの未だに言われ続けるのだから。正直大した奴等じゃないが鈴川の目が光る間は何もできないし、受け流すしか無い。やっぱり負けるとろくなことは無いな。
頭の中で色々思案しながら、椅子に凭れ掛かる。
今回の八坂組への攻撃は右京の手助けでもある。八坂組のバックに付くのは右京と同じ選挙区の議員であり、国会中に惰眠をむさぼるどうしようも無い奴だ。俺のバックにいる与党第一党のお偉いさんも「退場してもらえ。」との仰せで、断る訳にもいかないし、断る理由も無い。
ふう、ただ椅子に座ってるだけってのも暇だし、帰るか。そう思っていたらタイミング良く電話が鳴る。鬱陶しく思いながら受話器を手に取ると面倒な相手からだった。
「はい、秋川組事務所です。」
「おっ、その声は秋川だな。丁度良い、ちょっと面貸せや。」
「春田か。つまらん用事ならやめてほしいんだが。」
「そう言うなや。取り敢えず三十分後俺ん所来いよ。じゃあ、またな。」
そう一方的に伝えらまれた後電話は切れた。
行きたくねえな、絶対面倒臭いことだろ。行かなかったら行かなかったで厄介だし、電話に出ずに帰れば良かった。仕方無く、簡単に机の上を片付けて事務所を出た。
春田とはあの件以降、何故か気に入られて度々連れ回されている。ほとんどは飲みの誘いだが、何処の店に行くとかの話が無い場合は決まって面倒ごとだ。俺と春田は対等の立場なのに、人を便利屋か何かと勘違いしてんじゃないかあいつ?
車を走らせ着いた先は新宿の中心にある四十階建ての超高層ビル。その三十五階に春田の事務所がある。俺はビルの地下に車を止め、エレベーターで三十五階へと上がった。何でヤクザがこんな所に事務所構えてんだよホント。
綺麗なフロアに、綺麗な受付嬢。一目見ただけじゃヤクザの事務所とは思わないよな。受付嬢と目があると、ニコッと笑顔を返された。
「秋川だが、春田は居るか?」
「秋川様お待ちしておりました。社長から話は窺っております、どうぞこちらへ。」
社長か、いつも違和感しかないんだよなこれ。そう思いつつ奥の一室に案内されると大きな机を前に書類を手に取り眺める春田の姿があった。
「社長、秋川様がお見えになりました。」
その言葉を聞いた春田は書類を置くと「分かった。」と伝え、受付嬢は部屋を出て行った。
「よく来たな秋川。まあ座れよ。」
「よく来たじゃ無い、また人を小間使いにする気だろお前。そういうことは部下に言え、部下に。」
一喝してやったのだが、「まあまあ。」とあしらわれてしまう。これ以上続けても変わらないと諦め、部屋の応接スペースへと座った。
「それで、今日は何だって?」
「ああ、実はな・・・。」
話を聞いた後で、深く溜息をついた。
「今の話本当なのか?」
「間違いない。だからお前を呼んだんだ。あの件で俺達は目えつけられてんかんな。」
「それで、策はあるのか?」
「いや、無いね。俺達なら要らないだろ。それに今頃出て来るなんて遅すぎだ、そんなの相手じゃない。でも気をつけるこった。」
「分かってるさ。それにしても良いのか?俺にこんなこと教えて。」
俺がそう尋ねると春田は笑って、
「そりゃ俺としちゃお前には落ちてもらうのが都合が良い。だけどな、また次にお前と跡目を争う方が面白くなってんのさ。」
と言った。フフッ、自然と笑いが出るのはこいつに似たものを思っているからだろうな。「お前も気を付けろよ。」とだけ言い残し、ビルを後にした。
帰りの車でさっきの話を思い返す。鈴川の次の跡目争い、その時の為に他の直系の組長共が総出で俺と春田を潰そうとしているというものだった。良くも悪くも俺と春田は名の知れた極道。俺達が居れば今まで会長の座を密かに狙っていた小者達が面白くないと思う訳だ。やり方としては悪くは無い、それも一つの手だとは思う。でも、攻撃がある前にもう俺と春田にバレてるってのはどうなんだ?ちょっと間抜けだが、せっかく教えてもらったんだ、対策させてもらおうじゃないか。




