23.派遣
昴から公安の仕事を頼まれた翌日、俺は指定された雑居ビルに入った。見慣れた光景ではあるが薄暗いこの廊下は気味が悪い。
本当は昴の勇姿を見てやりたかったが仕方ないな。さて、今日の相棒はどんな奴だろう。
ビル内の一室のドアを開けると眼鏡を掛けた如何にもという雰囲気の男が立っていた。
「お前が公安の人間か?」
「ああそうだ。そう言うお前が秋川の寄こした奴か。うん、予定時間の十分前。遅れて来ない所は合格だな。」
いきなり何を言うんだこいつは?
「さて時間も惜しい、早速説明しよう。今回の相手は北朝鮮の工作員。奴等は装備は大したことないが、特殊訓練を受けた厄介さがある。お前、人殺しの経験はあるか?」
「あるが?」
「ならいい。殺すのを躊躇しているとこちらがやられる。一気にやることだ。奴等の拠点のビルは四階建てで、一二階がラウンジ、三四階が事務所になっている。これがその構造図だ。」
公安の男は近くに置いてあるテーブルに図面を広げて見せた。全ての部屋、出入口が網羅されており、男は指さしながら説明を続ける。
「決行は今から一時間後、正午に行う。場所は飲み屋街、昼間なら客もおらず攻めやすい。まずは裏口から侵入し、一階の隅の電気室で建物全ての電源を落とす。それから催涙ガスを放出。相手が戸惑っている隙を突き撃退という流れだ。工作員の人数は十五人。その内、男五人が主力で残り十人は接客用の女だ。まずは男を狙え。以上だが、分からないところはあるか?」
思っていたより単純な作戦。敵の数も黒虎より少ないし、何とかなるか。男に大丈夫だと伝えると、準備に差し掛かった。
防弾チョッキにガスマスク、それから二丁の拳銃にナイフ。そして最後にその装備を隠す様にスーツを身に纏った。何も知らなければサラリーマンに見られるだろうか。
時間となり近くに止めた車で目的地付近の駐車場まで行き、そこから裏路地へ入る。ここだと止められた場所は酒の空き瓶が入ったケースが多く積んであり、微かに酒の臭いが漂い、街中とは思えない静けさあがった。
指で秒を刻み、決行に移る。ビルの裏口、ドアのノブを回すが開かない。どうやら施錠されているようでいきなり失敗かと思ったが、男の持つ合鍵により解錠し、侵入する。内部は把握していると、電気室へ足を進める。上の階より物音はするもののこちらに気付いている様子は無い。見つからず電気室まで辿り着いた俺達は電気室の受電部を銃弾で破壊、ビルを停電させた。
すると、上の階より様子を見に来ようとしているのか足音が近付いてくる。ドアの側に身を潜め、開く瞬間を狙い、その首をナイフで切り裂いた。血飛沫が飛ぶ中、ドアを飛び出し俺は担当の三四階へと向かう。階段を駆け上がりながら催涙弾を投げ込み仕掛けていくと、聞き慣れない言葉が慌てた様子を伝えてきた。
まずは三階。息も落ち着かぬまま両手に拳銃を持ち声の聞こえる方へと足を進める。声の先の部屋には男二人に女が三人。顔を手で拭いながらくしゃみを撒き散らしていた。そこに弾を撃ち込む。その弾は一人の男の額、もう一人の男の腹を捉えた。悶える二人の男を他所に他の女達にも弾を撃ち込む。全て致命傷には至っておらず、悶えるそれらに近付きナイフで止めを刺す。一人、二人と目の前で仲間が死にゆく様を隣で見て怖くなったのか、金切り声を発し出した女。耳をキンと突く嫌な声だが、これはまずい。そう思った瞬間、上の階より走り階段を降りる音が複数したのである。あの敵が全員こっちに来るか、いや逃げる奴もいるかもしれない。どうする、いや、まずはこいつらを。この場にいる残り三人の息の根を止め、階段の方へ注意を向ける。こちらへ来る足音は二つ。
また部屋の入口にまた身を潜める。開くそのドアの先へナイフを伸ばそうとすると、目の前には銃口があった。くっ!咄嗟に横に転がり銃弾を回避したが、あと一歩遅ければ確実にやられていただろう。自然と心臓の鼓動が早くなる。落ち着け、落ち着け。敵に向き直る。視線の先には細い体にきつい顔付きの男が二人。そしてその手に拳銃をもって。銃口がこちらに向いていることに気付き、部屋の隅にある柱まで走り、身を隠した。その途中銃弾が腕を掠めたが、なんともない。
このままではまずい。しかし・・・くそ!時間を掛けている場合ではないと意を決して柱の陰から飛び出した。すると同時に「うっ!」という短い声と共に男達二人はその場に倒れ込んだ。何が起こった!?
「おい、引き上げるぞ。」
聞き覚えのある声の先に公安の男の姿があった。惚けていると「何をしてる、早く来い。」と呆れられてしまったので、頭を振るい、意識を戻す。血の付いた服を処理し、急いでビルを後にした。
「仕事は終わりだ。」
帰りの車の中そう告げられる。
「そうか、今日はすまなかった。」
「全くだ。お前は分からないところはあるかという俺の問いに大丈夫だと言った。しかし何だ、決行時の突入から躓くとは。お前は、分からないことも聞くことができない阿呆なのか?それとも何が分からないのか分からない馬鹿なのか?それから敵に追い詰められていたあの状況。もし敵が向かって来ずに逃げていたらどうしていたんだ?作戦が失敗したときのリスクを考えているのか?」
冷静な口調で淡々と発せられるその言葉は正論であり、ぐうの音も出ない。ぼろかすに言われたが、これは俺が悪いな。
「すまない。お前の言う通りだ。」
「分かれば良い。失敗から学ぶのであれば成長の兆しだ。」
成る程、昴が面倒臭い奴だと言ったのが分かる気がする。昴の性格なら合わないだろうな。
「そう言えば名前を聞いてないな。俺は桂右京。お前は?」
「橘喜一だ。」
橘喜一か。また共に仕事をするかもしれないし、覚えておこう。
そう言えば、昴の方はどうだろうか?この時間であればもう決着は着いただろうか?
橘に別れを告げると事務所へと急いだ。電話を繋げばすぐ分かることだが、直接アイツの声から聞きたい。
「昴!」
事務所のドアを勢い良く開け、中に入った。だが、誰も居ない。まだ帰ってきてないのか。はぁ~。一息ついて、水を飲む。今の時刻は午後二時十六分。入れ違いになってもいけない、待っていよう。椅子に座り、部屋を見渡す。いつもの賑やかさの無いこの静かな空間は時計の針が動く音が響き、落ち着かない。屋上に行くか。
部屋から出ようとするとエレベーターの動く音がした。今着いた所か。エレベーターの前で待ち、その扉が開く向こうから昴の笑う表情が見えた。
「おっ、右京。お前のが早かったのか、丁度良い屋上行こうや。」
全身至る所に赤い腫れの見えるその体は、如何に凄まじい戦いをしてきたのかが窺える。
屋上に着くと昴はいつものように煙草を口にくわえた。
「右京、公安の仕事はどうだった?」
「ああ、何とか橘のお陰でやり遂げられた。」
「そうか。喜一の奴面倒臭くなかったか?」
「いや、俺はあまり気にならなかったな。それよりも昴の方の話聞かせてくれないか?」
「ああ、そうだな・・・。」




