21.使い
「いててて。」
治療を受けながら声を漏らす昴。その露わとなった上半身は至る所が赤く腫れている。それよりも銃弾を受けた左肩だが、流れ出た血程に酷くは無く、その上っ面を掠めただけであり、今目の前に見える消毒の方がしみている様だ。
ここはあの雑居ビルに隠れた闇医者の治療室である。俺がこの時代に来てすぐに過ごした場所であるのだが、思い入れというものは特にない。何せずっと寝たきりであったから楽しいも何も無いのである。
それにしても、一騎打ちに横槍を入れるとは許せない。自分の大将がやられ、組が吸収されようというあの状況下でのこととを考えると分からなくも無いが、あれでは安藤組そのものの格が下がるのだ。だが、あの様子であれば、安藤組としても何かしらの対応はしてくるだろう。
治療を終え、服を着る昴。立ち上がるなり「飯行くぞ!」と腹を鳴らしながら先導を取る。元気な様で何よりだ。
昴の案内した先は丼物の店。夕食には少し早い時間というのもあり、組の全員が難なく入った。そして注文を聞き取りに来る店員に「カツ丼大盛り人数分。」と迷い無く伝える。
「そういうのは戦う前に食うもんじゃ無いのか?」
「カツ丼で縁起を担ぐってことかい?俺にとっちゃ、勝った後にドンと騒ぐ為のもんなんだよな。まあ、カツ丼がただ好きっていうのもあるけど。」
「でも人数分って、好きなの食わせてくれないのか?」
「まあまあそう言わず。ここのカツ丼旨いから。」
まあ、カツ丼は俺も好きな方だが、今はもっと胃に優しい物の方が良かったな。そんなことを余所に大盛りのカツ丼は目の前に運ばれて来る。厚みのある肉に、とろりとした卵。立ち込めるその湯気から食欲をそそる匂いが鼻を擽った。確かに旨そうだ。いただきます。
口にすると、衣に付いただし汁と豚肉からの肉汁が広がり、絶品だった。これは旨いな。続いて二口目をと思っているとクスクスと笑う声が聞こえた。
「ん、ああ、悪い。さっきと違ってがっつきそうになってるからなんか可笑しくてな。だけど、これで右京もここの虜だな。良かったらあの京子ちゃんにも教えてやれよ。」
「確かに旨いがどうなんだ?女性にはもっとあっさりとしたものが良いんじゃ無いのか?」
「お、おい何だ、桂、お前彼女いんのか?」
俺と昴の話を横で聞いていた徳本が驚いた様にそう聞いてくる。
「京子はただの友達ですよ。」
「何だ、そうか。」
何故がホッとした様子の徳本。
「いや、どう見ても右京と京子ちゃん両想いだろ?さっさと付き合うなり、結婚するなりすれば良いんじゃないか?」
昴がそう言うと、再び驚く徳本。ころころと変わる反応は面白いが、そうからかってやるなよ。
「簡単に言うが、俺と京子の状況知ってるだろ?」
「知った上で言ってんだけどな。まあいいさ。」
旨いカツ丼を食べ終えて、また酒だと店を変え騒ぐ。この前あれだけ騒いだ筈なのに今日も変わらずといった感じだ。傷に障るのではないかと思うのだが、本人が一番はしゃいでいる姿を見てやれやれと思う。真壁さんも止めたそうだが、言うに言えないといった所だ。明日がどうなっているか見物だな。
翌日また酒の臭いの立ち込める事務所で皆ぐったりとしている。今日は徳本の姿が見えないと思ったら、既にトイレに籠もっているらしい。前の失敗から学ばないのか、学ぶ気がないのが本当に自由な奴だ。
「右京、水をくれ。」
そうかすれた声で項垂れ手を伸ばす昴に水を汲んで渡す。一気に飲み干すと「あ~。」と深く息をついた。そして、立ち上がり、こきこきと首を左右に動かす。
「さて、動けそうな奴は・・・。うん、お前しかいないな。」
そう言って肩を叩かれた俺は、安藤組への使いを頼まれた。昨日の件、有耶無耶にならない内に話をしてこいとのことだ。
言われて出てきたはいいが、俺は何を話したら良いのだろう?組長同士の勝負について紙に書いて貰うとかそんな所か?とは言え、向こうも勝負に負けて気が立ってるかもしれない、警戒はしておいた方が良いな。
地図を頼りに安藤組の事務所まで来たのだが、その年季の入ったビルからは何やら怒号が飛び交っている。全て昨日の件についてであり、ビルに入るのを躊躇ってしまう。このままでもいけない。覚悟を決めて中に入ると鋭い眼光が多く俺を刺してきた。予想はしていたが、怯みそうになる。その視線の槍を受けながら、話のできそうな奴を探した。
「おい、あんたこの前見かけた気がするが、秋川組のもんか?」
そう声をかけてくるのは頭と呼ばれていた男だった。
「ああ、秋川組の桂だ。この前の決闘の件で話をしに来た。」
「そうか。そんなら、奥へ行きやしょう。」
連れて行かれたのは応接室といった感じの部屋で、ソファーがテーブルを挟んで向かい合って置いてある。その片方に腰を下ろすと物々しく周りを囲まれた。こうなったら面倒になる前にさっさと用件を済ませよう。
「えっと、取り敢えずこの前の決闘の件を書面ではっきりと残したい。こちらとしては有耶無耶にされては適わないからな。」
「成る程、ご尤も。ですが、書面など無くともそんな気はありやせんよ。」
笑いながらそう言う安藤組の頭に
「まあそう言わず書いてくれよ。そんなに手間でも無いだろう。」
と返す。口約束程効力の無いものは無い。まあ録音していれば別だが。少しして
「・・・ハハハハハ。」
「ん、どうかしたか?」
「いや、なかなか豪胆だと思ってな。敵の組の事務所にたった一人、それもこの人数を前に顔色一つ変えないとは。桂と言ったか、お前なかなか面白い奴だな。最近あまり見ねえ見込みのある若造だ。なあ、お前こっちに鞍替えしねえか?」
「断る。あんたの所より、うちの組の方が面白い。」
「ふん、秋川には勝てねえか。まあいい。さて、書いてやるとするか。おい、田村書くもん用意しろ。」
隣に立つ若い男は返事をし、紙と筆を用意した。その紙になかなかの達筆で、今回の取り決めを文書とする。
「良し。じゃあ持ってきな桂。」
「ああ。」
紙を受け取り、その場を去ろうとすると目の前に二人の男が立ちはだかった。
「これは何の真似だ?」
「頭はああ言ったが、俺たちゃ納得いかねえ!」
振り向くと安藤組の頭はただ笑っているだけである。
「桂、お前の力見てみたいからそいつらと相手してやってくれや。」
いやはや。結局こうなるのか。安藤組の下っ端二人に向き直る。何だろう、この前相手した黒虎の連中と比べて殺気も弱い。本当にやる気はあるのか?
そう思っていると、二人がかりで突進してくる。その攻撃を躱したり、受け止めたりしながら様子を見ているのだが動きに切れも無い。下っ端なら仕方ないか、いや、俺も下っ端だからあまり偉そうなことは思ってはいけないな。さて、反撃開始だ。
相手が攻撃してくるところを摑み、投技で床に叩き付ける。そして、二人共同じ様に床に横たわった。うん、久し振りに綺麗に投げることができてなかなかに爽快だ。
「腕も立つじゃねえか。」
拍手をしながら近付いてくる安藤組の頭。
「できれば止めて欲しかったが。」
「まあそう言うな。また暇なときにうちの若い奴ら相手してやってくれや。」
「それはごめんだ。じゃあ、今度こそ帰るからな。」
「ああ、また何時でも来な。」
また面倒が起きる前にと安藤組の事務所を後にした。これでお使いは済んだが、事務所の連中はまだ混沌とした状態だろうか。徳本先輩が片付けてくれるまでゆっくりと寄り道して帰るとしよう。




