20.勝負
騒いだ翌日、頭の痛みを鬱陶しく思いながら、職場へ向かう。いつもより少し早い時間に着いたのだが、特にすることもなく水を飲んで、体を落ち着かせる。一息つくと、親方がやって来た。
「何だ、今日は早いじゃねえか。」
「たまたまです。親方はいつもこの時間なんですか?」
「まあな。早く来たところ悪いが、秋川の旦那から話があってな。お前は暫く向こうに専従ってことになったんだ。」
なっ!聞いてないぞ!昨日一緒に飲んだのに、アイツめ。はぁ~。
「分かりました。また負担をかけますがよろしくお願いします。」
「構わん。それにしても、また大変なことになりそうだな。だがお前の席はここにもある。生きてまた殴られに来いや。」
と笑う親方。ヤクザの跡目争いは激しい戦いと聞くが、ここで働くのも嫌いじゃない。泥臭くても生き残ろう。まあ、殴られるのは勘弁だがな。
土工の職場を後にし、事務所に戻った。事務所にはゴミが散乱し、酒の臭いが漂っている。更にソファでいびきをかき寝る姿や、吐物を床にぶちまけながら寝ている姿などが見え、見るに堪えない。このままではと換気扇を回し、空き缶や空き瓶をゴミ袋に入れる。「うるせえな。」と回収した缶や瓶の音で数名目が覚めた様だが、床のそれを見て犯人の頭を強く叩いた。「痛え!」と飛び起きた徳本。しかし、気分が悪くなったのかまた吐き出しそうになっている。周囲がやめろよと睨み付けると一目散にトイレへと駆け込んで行った。
「あ~あ、汚えな。桂、あとキレイにしとけよ。それと窓開けとけ。」
真壁さんから面倒な役を任されてしまったが、このままでもいけない。せっせと床のそれを拭き取った。一応はキレイになったが、まだ臭いが残る。まあ、換気はしてるしそのうち消えることだろう。そう思っていると気怠そうにスプレーを吹きかけながら欠伸をする昴の姿があった。
「こりゃ本当に酷いね。やっぱり騒ぐときは片付けの無い外の店の方が良いかねえ。出禁にされてはかなわないけど。うーん、今日は休養だな。でも明日は安藤組に宣戦布告するからそのつもりでいろよ。」
休養となった訳だが、皆動きたくないのか、ソファでぐったりとしている。俺もその一人だ。家に帰る前にもう少し、この怠さを抜けさせよう。
「親父、安藤組との戦いはどんな作戦で行くんですか?」
真壁さんがそう聞くと、
「ああ、大したもんじゃないさ。俺が安藤にタイマンを挑んで勝つ。それだけだ。」
と昴は返した。
「えっ!昨日は、安藤は腕が立つから、作戦を考えて上手く立ち回る話をしてませんでしたか?」
「悪い、ちゃんと説明した方が良いな。まず、こちらは人数が少ない、まともにぶつかればこちら側が不利だ。そこで頭の悪い安藤にタイマンをけしかけるのさ。奴も正面から行かなければ、認めないだの卑怯だのと煩く言う古いタイプの人間だ。だから、タイマンには乗ってくる。こちらの意図も知らずにな。力はあるが正直奴なら勝てる。そこで言い訳のできない様に周りには見届け人としてお前達や向こうの組の奴等を付けてるのさ。これなら戦うのは安藤だけで、わざわざ戦争みたいな総力戦をしなくてもいい。楽な話だろ?」
作戦とは名ばかりの組長同士の一騎討ち。まあ言うだけなら簡単だが、本当に昴は強いのかが疑問だ。本人がそう言うのだ見守るとしよう。
話が終わり、再び怠惰な時間を過ごす。心地良い様な勿体ない様な微妙な感覚に時間を忘れ身を委ねる。腹が空いてきても面倒臭さが上回り、ぐったりとしていたのだが、皆から「昼飯買ってこい。」と声がかかり、仕方なく起き上がる。トイレから徳本を引っ張り出そうとしたが、まだ吐き気が収まっておらず、とてもじゃないが連れては行けなかった。
一人近くのコンビニへと行ったのだが、さすがに十四人分の弁当は多く、両手に持つ袋が破れてしまわないかとヒヤヒヤする。やはり車が欲しいな。だが今は免許証も金も無い。金は我慢して貯金していけば良いが、この忙しい日々に時間は取れないだろう。あと何ヶ月後、いや何年後になることか。
事務所に戻ると何やら騒がしい様子で、中に入るとその原因は直ぐに分かった。そこには見慣れない大柄な男とその脇に取り巻きが三人程居り、大柄な男が何か言っている。
「秋川おめえ、いきなり出て来たと思たら夢見過ぎと違うんか。」
「いやいや、ヤクザになったからには上に立ちたいと思うのは普通だろ?それに俺は今あんたとは対等の立場だ何にもおかしくねえ。」
「ふん、ガキが、大人しゅうしとけばいいものを。そこまで言うんなら相手したらあ。」
「場所は東帝会本部、時間は正午、良いな。」
「ふん、精々吠え面かく練習でもしとけや。」
そう言い残した男は荒々しく扉を開けて出て行った。話からしてあれが安藤組組長、安藤秀樹。厳つい顔と大きくごつい体付きに腕っ節は強く見えるが、小回りは効き難そうだな。それにしてもここに呼んだのか?いや、さっきの様子だと自ら出向いて来たのだろうな、血の気の多そうな感じでもあったし。
それはそれとして弁当が冷めてしまう。腹の鳴る皆に弁当を配った。弁当を渡す際に昴に安藤について聞いてみると「ああ、奴から来てくれて手間が省けた。」と全然気にしていなかった。これだけ余裕をかまして負ける姿も見てみたいが、それよりも見た目ひょろっとしている昴があれをどう倒すのか、そちらの方が楽しみだ。
翌日、俺達は組の車で東帝会本部へと出向いた。広く静かなその敷地には黒い正装を纏った男達がずらりと並んでいる。その中心には上半身裸の安藤の姿があった。その肩と背中には刺青があり、麒麟が描かれている。
「来たのお。ほんじゃ始める前に確認じゃが、負けたら跡目争いから降りる、それから勝った方の組の傘下に入るんでええのお。」
「ああ、いいぜ。」
昴も上半身を曝す。服の上からでは分からない鍛え上げられた肉体と、背中の虎の刺青。成る程、昴が強いというのも嘘では無さそうだ。
「さあ、やろうか。」
その言葉を皮切りに両者動き出す。安藤はその太い腕を伸ばし、昴を捉えようとするが、昴は横に飛び避けるとともにジャブを入れ、また少し距離を取った。その後も、攻撃を掻い潜りながら、確実に拳をぶつけていく。安藤のあの腕に掴まれれば一気に引きずり込まれ、一溜まり無いだろう。だからこそ、ヒットアンドアウェイで徐々に攻めるのは有効ではある。しかし、あの体付きからして安藤もかなりの体力があり、長引きそうに思う。勝てよ、昴。
その時である、安藤は昴を捉えた。その両腕を広げ、昴が攻める瞬間を狙い、ぐっとその腕で締め付け、捕まえたのである。
「チョロチョロとしよってからに。じゃが、もう逃げられんぞ。」
「いいから、放せよ。男とこんなむさ苦しく趣味は無いんだ。」
「口が減らんのう!」
そう言いながら安藤は頭を強く振り落とす。鈍い音が響き、その衝撃からか「くっ。」と声を漏らす昴。
思わず目を背けたくなる様な一撃だったが、問題なのはまだ捕らわれたままということ。こっからどうするんだ、昴。
もう一度と頭を振りかぶる安藤に、昴は勢い良く唾を飛ばす。その唾に目を瞑る隙を突き、自由の利く右足で安藤の左足を刈り取った。二人分の体重が乗る安藤のその不安定な右足は全てを支えられず、ゆっくりと倒れていく。昴は倒れた拍子に腕の拘束から抜け出し、距離を取った。
また最初の様な状況に戻ったのだが、受けたダメージの量で行くなら昴の方がやや大きく見える。昴の攻撃は手数が多いものの決定打となるものはない。しかし、安藤の攻撃は一撃で相手を怯ませようというもの。この差だろう。このままではジリ貧だな。
同じことを思っていたのか昴の攻撃に変化が出る。速さに重さが加わったのだ。体を捻り、繰り出す拳に体重を乗せ、破壊力を上げる。その拳は安藤の胴を捉え、快音を鳴らす。体の芯まで伝わったのか安藤も苦い顔をした。
その後距離も取らず、安藤の懐で攻防を続ける。また捕らえられるかもいれないというリスクを背負い、仕掛ける連続攻撃。一気に畳み掛けると安藤の拳を躱しながら、更に踏み込む。
全てを避けられはしなかったが、安藤の重い拳を受けても怯まず、仰け反らず、倒れず、ただ勝つという意志のこもった表情で向かっていく昴に自然と胸が熱くなる。横を見ると、俺と同じ様に両手にぐっと力が入り、熱い視線を送る組の仲間達の姿があった。負けるんじゃねえぞ昴。
そして決着の時。快音を鳴らしながら安藤の左頬に決まる昴の右拳。それを最後に安藤は崩れ落ちた。それを見てざわつく安藤組の組員。
「うっせえな、黙れ!」
昴のその声に辺りが静まる。
「この喧嘩俺の勝ちだ!分かったら・・・。」
その時、一つの銃声が鳴り響き、少しの血が飛んだ。目の前には左肩を押さえ、膝を落とす昴姿があり、押さえるその手には血が滲んでいた。
「おい、こりゃあどういうことじゃ!」
真壁さんが怒りを露わにして安藤組の組員達を見ている。その先には拳銃を手に持ち震えている一人の若い組員が居た。「こん畜生が!」と言いながら突撃していく真壁さん。そんな中、安藤組の壮年の組員が発砲した組員を殴り飛ばした。
「おどりゃあ!何しとんじゃ!」
周りから「頭」と呼ばれるその壮年の男は発砲した若い組員をボコボコにした。それを見て冷静になる真壁さん。落ち着いた所で壮年の男が話し出す。
「うちの若い奴がすみません。後でケジメを付けさせますんで。取り敢えず今日の所はここまでとして、また後日話を付けさせて下さい。」
「ああ、安藤が起きたらまたうちに連絡入れろ。さあ、帰るぞ!」
肩を押さえながら歩く昴に近寄る。
「おい、その肩大丈夫か?」
「ああ、ちょっと掠めただけさ。血は思ってるより出てるけどな心配する程じゃねえよ。」
車に乗り込み、東帝会本部を後にする。窓から見えるそこには頭を下げる安藤組の組員達の姿があった。本当に勝っちまったな昴。言ってた割に作戦なんか全然無くて、力と力のぶつかり合いだったが、それでも勝った。こりゃあ考えを改めないといけないな。




