10.突入
右足首を回す。痛みもなく滑らかに動く。もう大丈夫だ。
ヒアリに刺されてからというもの、周りから弄り倒された。腫れも引いたし、もう何も言わせない。それに今日はまた組の仕事の日だ。あのまま、事務所に行ってたらなんて言われたか。まあ良い、取り敢えず行くとしよう。
今日は昴は迎えに来ない。組の上官である昴にいつまでも迎えを頼んでは、真壁さん辺りが煩いからだ。
自転車をこぎ、汗を流しながら走ること三十分。事務所の地下駐車場に着いた。駐車場には黒塗りの車が二台止まっており、既に誰かが来てるようだ。
事務所に上がると安田さんと佐々木さんが一服していた。挨拶をすると佐々木さんが手招きする。佐々木さんは髪を茶に染め、一見して軽そうな見た目をしているが、頭が良く、しっかりとした三十代前半の男だ。そんな彼の近くに寄ると耳打ちで「お前とんだ勘違いしたらしいな。」とニヤニヤしながら言う。なっ!アイツ言いふらしたな。まあまあと言いつつもクスクスと笑いを止めない様子にこの人だけはと思ってしまう。
「そうそう、今日はこの三人での仕事だから。頼むぞ桂。」
三人?少数でも大丈夫なものなのだろうか?煙草を吸い終えた安田さんから説明を受ける。
今回の仕事は国会議員との接触。標的は衆議院議員の成瀬慶。成瀬は野党第一党である民和党で影響力を持ち、筈数年前に民和党が政権を取った際に総理大臣を務めていた程の人物らしい。
これはまた大物だな。決行は今日の夜。成瀬と接触しある話を持ち掛けるらしい。その話の内容は伝えられなかったが、俺の仕事は佐々木さんの護衛。まず二人と成瀬の自宅に直接会いに行く。何故か佐々木さんが面会の都合を付けれたらしい。何をしたのやら。そこで会って話をした上で、向こう側が話に乗ってこない場合、簡単には帰して貰えない恐れがある。そこを安田さんと俺でどうにかするということだ。
現在はまだ昼過ぎ。成瀬と会う前にこちらの身なりを整える。国会議員と会うのだ。堂々とヤクザだという格好をして行けば門前払いされる。その為、佐々木さんの伝で美容院に行き、髪型を整え、その後洋服店でスーツを購入した。変身した姿は良く見掛けるサラリーマンのそれだった。ふむ、これはきっちりとして見映えが良い。
それから早目の夕食を済ませ、成瀬の屋敷を目指した。
門構えからして立派なそれは普通に働いたのでは到底建てることのできない豪邸であり、また門には警備員が一人常駐している。佐々木さんから門の警備員に話し掛け、中へと通してもらう。中は美しい日本庭園があり、目を引かれる。屋敷に上がり、廊下を進む。案内された奥の一室にその男は居た。成瀬慶、齢六十八というその見た目はそのままだが、語らずして底知れぬ野心の様なものが窺える。
俺達は成瀬と机を挟んで座った。
「お初にお目にかかります。佐々木直久と申します。本日はお時間を頂きありがとうございます。」
「口上は良い、私も多忙な身だ。早々に用件を聞こう。」
「はい、ではこちらを見て下さい。」
佐々木さんは数枚の紙の束と、三枚の写真を机の上に出す。紙に何と書かれているか全て読めないが、一部「国費からの中国へ百億円の無断無利子資金援助。」という一文と写真には成瀬が誰かと握手を交わす様子が見えた。成る程、税金を中国へ流していたということか。
成瀬は紙を手に取り、一読する。読み終えると鼻で笑い、
「貴様はこれを見せたいが為に私に時間を要求したのか?」
と言う。それを佐々木さんは笑って、
「そうです。それにはあなたのしてきた悪行が全て書かれています。これを公表されてはまずいのでは無いですか?」
と返した。他の悪行が一体何をしたのか気になるが、恐らく他も海外と関係がある何かだろう。
「私から金をせびろうと言うのか?笑わせる。これっぽっちのもの何ともならんよ。私を誰だと思ってる、成瀬慶だ。貴様ら何処の骨とも分からぬ輩がどれだけ喚こうが皹一つつけられんよ。」
何と傲慢な。普通なら怒りや滑稽だと笑うかもしれないが、この男の言葉、妙に圧がある。
「それにこのまま帰しはせんよ。」
部屋に人が入ってくる。それは警備員と呼ぶには荒々しさを感じる風体な男が五人ほど。
どうするかと安田さんと佐々木さんに目を向けると、安田さんが既に動き出していた。
胸に忍ばせた拳銃を取り出し、強引に成瀬の頭を掴むと拳銃の先を成瀬の口の中に突き付ける。
「甘く見んじゃねぇ。俺の右手人差し指が引き金を引くまで一秒もかからない。お前の護衛は間に合わんな。」
成瀬は息苦しそうにしながら護衛を手で止める素振りを見せる。護衛がゆっくりと距離を取ったのを見て俺達も屋敷の出口へと進む。屋敷の外まで出たが、この後はどうする?
このまま逃げ帰れたとして、成瀬は警察を呼ぶ。そして俺達を捕まえに来るだろう。そうなれば逃げる意味がない。
考えている途中、安田さんが次の行動に出た。
「悪いが、お前はここまでだ。」
そう口にし、引き金を引いた。鳴り響く銃声を聞いたのか屋敷の中から声がする。人が来る前にと俺達は門を出た。門の外に居た筈の警備員は居らず、車が一台止まっている。俺達はさっと乗り込み、その場を後にした。
「お疲れさん。いや、やっぱり一筋縄にはいかなかったみたいだな。」
「頭すみません。成瀬を手にかけてしまった。直ぐサツが来る。そしたら暫くムショに入らないといけない。」
安田さん・・・。「そうか」と口にする昴は寂しそうだった。
その後、事務所に戻ると安田さんは最後にと煙草を一つ口にする。それを吸い終えると「じゃあな。」と残し、去って行った。
翌日、昨日の件が各テレビ局のニュースを占めていた。あの中に俺や佐々木さんも居たことは伝えられていない。




