表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リセットウォーズ  作者: 誠也
1/39

1.真実

 千九百四十四年十月。第二次世界大戦の最中、日本は劣勢を打開する為、非道な作戦を考える。爆装による体当り、俗に言う特攻だ。しかし、大した戦果はあげられず、死者は四千人を超えた。

 今回の戦闘これが最後になるのか。先程、中将から特攻を命じられたのである。特攻を行えばまず生きて帰れない。零戦に乗り込む際、今までを思い起こす。人生二十一年、短いな。飛び立つ仲間達を横目に、エンジンをかける。滑走路を前に心を決めた。御国の為、この命を捧ごう。

 空は銃弾の嵐。相手の軍艦に近付くに連れ、それは激しさを増す。幾度も被弾し、それでもなお敵を目指す。皆さようなら。最後の瞬間目を閉じる。

 暫くしても何も感じない。あの速さで突撃したんだ、その衝撃は凄まじい筈なんだが。恐る恐る目を開けると、何処かの町の路地裏に居た。空を見上げると日は出ているが辺りは高層の建物に囲まれており薄暗く、ゴミも散在している。ここは何処だ?ここがあの世なんだろうか?そうだとしても何ら変わり無い身体の感触、訳が分からない。

 このままでも仕方無いとその場を移動する。開けた所から喧騒が聞こえた。路地裏を抜け見える景色は見たことも無いものだった。歩く人々はその顔や会話から日本人だと分かるが、ここは日本なのだろうか。

 通りに出るとその光景に目を奪われた。色彩豊かな近未来の街並みに、見たことも無い服装で歩く人々の姿。中には明らかに外国人と見える者も居る。

 俺はその場では酷く異端な容姿をしている為か歩く人々から視線が注がれた。しかし、その視線もどこか呆れられた様子で何故か悔しい。

 暫くその場で立ち尽くしていると近寄ってくる男が二人。笑顔で話し掛けてくる。


「お兄さん、コスプレかな?良くできてるね。何処から来たの?」


 質問をするその二人は服から手帳を取り出し何やらメモを取ろうとしている。その紺色の制服から警察の様にも見受けられるが、それが何処かまずいと感じ、俺はその場を逃げ出した。

 すると、先程の二人は俺を追い掛けつつ、無線だろうか何処かと連絡を取っている。やはりまずい。奴等は俺を捕まえようとしている。逃げなければ。

 幸いなことに俺の方が奴等より断然速い。それに体力も勝っている様だ。これならと思っていたのだが、奴等は仲間を呼んだ様で、気が付いたら四方から囲まれる様に追い込まれていた。どうする・・・。こうなったら!激しい痛みと共に俺は意識を失った。

 次に目を開けたとき俺は何処かのベッドの上に居た。口には開口具が付けられ、舌には痺れる痛みが残る。


「おっ、気が付いたな。」


 声のする方へ目を向けると、先程追い掛けて来た奴等の一人がそこに居た。


「待て、暴れないでくれ。ふぅ、ホントどうしたら舌を切ろうなんて考えるんだか。言っとくけど俺らは市民の味方の警察だ。あんたが悪いことしてなけりゃ何もしないって。」

「本当か?」


 俺は開口具を取り外しながら答える。


「ああ、だから少し話を聞かせてくれ。」


 その警察という男は俺より三つも年上であった。男から色々と質問された。氏名、年齢、住所、職業等俺個人の情報。それから何故あの場に居たのか、何故逃げたのかと問われる。


「ふむふむ、そういう設定なのね。これだから今時のコスプレ野郎は。ホントの所どうなの?」

「本当の所と言われようと俺は嘘をついていない。気が付いたらあの場に居たんだ。」


 困ったと頭を掻く男。どうしたらいいんだ。俺は嘘などついてない。


「すまないが、俺からも幾つか聞きたい。」

「ああ、何だ?」


 ここは何処で、今は何時なのかと問う。すると、ここは日本の東京であり、今は俺が居た時代より七十四年も後の時代だと男は言った。


「嘘だろ!?」

「はぁ?何でこっちがホントのこと言ってんのに嘘だって、もうあんたホントに面倒臭い人だな。」


 確かに見たこともない物ばかりのここは俺の居た場所よりかけ離れた物だ。俺は本当に未来へ来てしまったのか。と言うことは・・・。


「日本は戦争に勝ったのか?」

「戦争って何時の話だ?う~ん、あんたが言うのは第二次世界大戦のことか?だとしたらあの戦争は日本の大敗で終わったよ。」

「なっ!嘘だろ!?嘘だと言ってくれ!」


 俺は男の両腕を掴んだ。


「痛たた、もう何だよ。あのな、原子爆弾っていうとんでもない威力の爆弾二発を受けて日本は壊滅的な打撃を受けて負けたの。ん、そう言えば今日がその日か。ちょいとテレビつけるよ。」


 そう言う男はテレビという黒い板状の物のスイッチを押す。すると、その板に明かりが点り音声の混じる映像が映し出された。この様な道具見たことも無い。俺が呆けていると、男が「おっ丁度やってるな。」と言った。

 そのテレビに映し出されたのはニュースという近頃の出来事を解説を交え纏めた物らしく、今流れているのは広島の町の様子らしい。広島平和記念公園と言われるその場で多くの参列者が黙祷を捧げていた。その後、俺の居た時代より少し後に男が言った通り原子爆弾を投下され凄まじい被害が出たことも映し出された。

 最早疑いはしない。俺一人の為にこの様な大掛かりな物を用意する理由も無いのだから。


「疑ってすまなかった。」

「いや、分かってくれるだけさっきよりましだよ。」


 約七十年もの時が過ぎた今俺の知る者はもう生きてはいないだろうな。身寄りの無いこの状況でどう生きていくのか、急に不安が過る。


「どうした?急に顔が青くなってるぞ。先生呼んで来るか?」

「いや、大丈夫だ。」

「そうか、なら何かあったら言えよ。」


 どうする。本当にどうする?金も無い。この時代のことも何も分からない。俺は・・・。


「すまない。これも何かの縁だ、俺を助けて欲しい。」


 男にすがる様な思いで声を出した。


「何だよ急に、さっきから情緒不安定過ぎだぞ。まあ市民の味方の警察官だ話くらい聞くさ。」


 それから男に俺が本当に時代を越えたこと、その為身寄りがおらず、どう生きれば良いか分からないと伝えた。最初はまた嘘だろうと疑う男だったが、何度も必死に伝え、漸く分かってくれた。


「うーん、正直な話俺もどうしていいか良く分からん。住所不定無職の男どうしていいか何て考えたことも無いからな。いや、待てよ。」


 男は服の内ポケットから小さい板を取り出した。聞くにそれが今の電話機だと言う。電話の為、男は病室から出ていく。十数分だろうか、男が居ない間、俺は置いていかれたのではと不安になったが、男はちゃんと戻ってきた。


「お待たせ、一応なんとかなりそうだ。けどな、あんまり真っ当なやり方じゃ無いんだ。そこはちょいと目を瞑ってくれ。」

「ああ、そんなことは気にしない。助かる。」


 それから男と色々話した。とはいえこの時代の基本的なことについて俺がさんざん質問しただけだが。だがお陰で多少は分かってきた。男に言わせるとまだまだらしいが。

 その数十分後男の電話機に連絡が入った。先程電話をしていた相手らしい。この病院の外庭に来た様で、そこまで来いとのことだ。

 俺はベッドから立ち上がり、男に連れられてその場所へと移動した。そこは芝生の中に舗装した道があり、他の入院患者が気を休めに散歩したり、ベンチに腰を下ろす姿がある。その庭には目立つ一本の広葉樹が植えてあり、男はそこを目指していた。どうやら待ち合わせはそこらしい。

 男はその木に背を凭れ、声を発した。


「待たせたな昴。」


 俺は後ろを振り向こうとしたが、それを制止される。何なんだ?


「そいつが言ってた奴か?ふ~ん、中々しっかりした体つきだな、流石軍人って所か。そのまま聞いてくれ、何せそいつと俺が関わりを持ってるって世間に知られちゃまずいからな。」


 了承し、そのまま昴と呼ばれる男から話を聞いた。話と言うのはこうだ。俺の肝臓を売って金を作る。その金で偽造だが、身分証等の必要な物を揃えてくれるらしい。


「どうだ?肝臓なら切っても元通りになるし、金も釣りが来る。住所不定で無くなるから、職にもつける。」


 腹を切り開かれるのは正直な所怖い。だが、背に腹は代えられん。俺は了承し、話が纏まった。


「んじゃ、俺は準備するから。あんたは明日またそいつに連絡するときまで心の準備してな。」


 結局、俺はその昴の姿を見ないまま病室へと戻った。先程歩いた景色は本当に穏やかなもので、戦争などこの時代では遠い過去の物なのだと思い知らされる。

 俺達は負けたのか、あれ程の犠牲を出していたにも関わらず。俺が特攻したのも意味は無かったのか。そう考えると虚しさが心を満たしていく。

 病室に戻ると男は警察署に戻ると言う。


「帰ったら報告しないといけないけど、どうしたもんかね。取り敢えず今日の所は、あんたに記憶障害があるってことにするから誰かに聞かれても変なことは言うんじゃないぞ。ややこしくなるからな。」

「分かった。」


「それと。」と言って男は名刺を渡してきた。何かあればそこに連絡しろと電話番号を男は指差す。渡辺拓海、本当に警察官なんだな。「絶対悪用するなよ。」と念を押し、男は部屋を出ていく。なんだかんだあの男に助けられたな。怪しい警察官だったが、今は奴を信じるしかない。

 それからベッドに転がりテレビをつけてみる。流れる映像は容姿の良い女がある店を訪れ、その店の物を食べるというものだった。口煩くもその美味しそうに食べる様子からこちらの口も唾液が溜まる。そう言えば腹が空いた。昨日の晩に握り飯を食べてそれきりだったな。何か食い物はあるだろうか。辺りを見回すが、何も無い。その時ふと目に入った物がある。緑色のボタンだ。何か分からないが、押さぬ方が良いのだろうな。良からぬことが起きるかもしれぬし。

 諦めて再びテレビを見る。はぁ。急な安息はそわそわしていけない。こうゴロゴロとしていても良いのだろうか。叱られやしないだろうかと、そう心が騒ぎだすのだ。

 暫くして、誰かが扉を優しく叩き、部屋に入ってくる。その白の制服を着た女はこの病院の看護師で、食事を運んできたという。米と肉団子と味噌汁とお浸し。先程から止まない唾液を飲み込んで、箸を取り食す。旨い、旨い、旨い。舌の痛みなど気にせず、数分で完食した。

 腹が満ちたのを感じ急に眠気が襲う。急に緊張が解けたのか、体がだるいと訴える。特にすることも無いと、このまま眠りに身を委ねた。

 眠りの中、夢を見た。零戦に乗り込み特攻に飛び立ったあの時の夢を。そして、敵国の戦艦に飛び込んだ所で目が覚める。何とも心が休まらない。夢だというのに痛みを感じる。俺だけ生き延びてしまった罪なのだろうか。その後もそれを繰り返し、あまり寝付くことができなかった。

 翌朝、渡辺が再びやって来た。心の何処かでもう来ないのではと思っていた分、ホッとする。渡辺は退院の手続きをするからその前に服を着替えてろと、紙袋を渡された。中には渡辺の見繕った白のシャツと青いズボンが入っている。少し大きめのその服は手触りが良い品だった。こんなの着てたら怒鳴られてただろうな。ふむ、悪くない。服の入っていた紙袋に着ていた軍服を入れる。

 手続きを終えた渡辺が部屋に戻り、共に病室を後にした。病院を出た後はパトカーと言う白黒の車に乗り、昨日の昴の元へと向かう。移動する道すがら、窓から外を覗く。他にも色形が様々な車が多く走るこの光景にまた驚いた。それに、高層の建物の奥に更に一際高い塔が立ち上っている。渡辺に尋ねるとあの塔は六百メートルを超える高さがあるらしい。日本の技術の進歩に驚かされるばかりだ。

 迷路の様な道を通り、三十分程走っただろうか、渡辺は車を止める。ここからは少し歩くらしい。中心街だろうか人の数に圧倒され、酔いそうになりながら渡辺に付いて行く。「ここだ。」と言う渡辺は建物と建物の間の暗い路地に入った。こちらの時代に着たときよりも異臭がし、何やら不穏な空気を発している。本当にこの先なのか。その路地を奥へ奥へと進むと幾つか建物の裏口扉があるのだが、それを数えて四つ目に入った。入って直ぐ廊下であり、程良い明かりが点り、また外の異臭はしていなかった。直ぐ近くにあった階段を二階まで上がり、その階段から一つ目の部屋に入る。そこには身なりの良い二十代半ばの男が居た。その男が例の昴らしい。


「よう、やっと来たな。こっちは準備ができてる。あんたはどうだ?」

「ああ、問題無い。」


 そう答えると昴は頷き、俺を隣の部屋へ案内する。そこには多くの医療器具と白衣を着た男女が居り、その二人が手術をするそうだ。

 ベッドに横になると心臓が速く脈打つ。やはり怖いな。しかし、その後の全身麻酔により意識を失い、起きたときには既に手術は終わった後だった。体にはまだ怠さが残り、動けそうに無い。


「お疲れさん。寝たままで聞いてくれ。これがあんたの戸籍謄本とその他諸々だ。」


 そう言って昴は幾つかの書類を渡してくる。名前と年齢以外は全部出鱈目な事が書かれたそれらは本当に通用するのだろうか。


「一応は、役所の奴に作らせた物だからちゃんと使える。バレない内はな。それを使って、仕事を探しゃいいさ。後は、あんた何か面白そうだから、連絡先教えとく。気が向いたらかけてくれ。」


 昴の連絡先の書かれた紙。これを受け取ってしまって良いのか少々悩むが、伝は多いに越したことは無い。それにもう俺も真っ当では無いしな。

 それから残った金として二百万円を現金で渡される。これ程の大金、肝臓にはそんなに価値があるのか。今まで目にしたことの無い大金を前に動揺が隠せず、昴に鼻で笑われてしまった。


「まあ今日の所はそこで寝てな。後でレトルトのお粥でも持ってきてやるよ。」


 昴はそう言って部屋を出ていく。そう言えば渡辺の姿が無い。仕事に戻ったのだろうか。辺りを見回す。白い壁に茶色いタイルの床、家具はこのベッドと机と椅子だけの空間。やはり寝るしかないか。怠さは有るものの眠気としては然程無い。目を閉じていても眠りにつくことは無かった。それどころか、戦争中のことや嫌な考えが頭を巡り出し、どうにも胸が痛い。ええい、もう少しましなことを考えねば。そうだ、この札束で何をしよう。先ずは住む場所と布団に服、揃えるものは多い。今は物価が高いと聞くに足りるか分からぬが、何かに備え半分は残す方が良いだろう。安く揃う場所を聞いてみるか。

 腹が歌を奏だす頃、昴が戻ってきた。その手には大きな袋がある。


「はは、大分腹が空いた様だな。こん中に食いもんはたっぷり入ってるからもう少し待ってな。」

「助かる。」


 昴は袋の中よりまた袋を取り出す。袋には卵粥の文字が見え、中に詰まっているらしい。封を切りそれを皿に出すと確かに粥があった。手に取ろうとすると昴がそれを止める。「温めてやるから、そうがっつくな。」と。昴は粥を持って外に出る。高い電子音が鳴った後、昴が戻ると粥には湯気が上っていた。それ程時間がかかっていないが皿を触れると確かに温もっている。今の時代あまり驚く物では無いかもしれないが、この技術は本当に凄い。

 味は薄いが粥だから仕方無いか。だが、腹は膨れる。ふぅ、食った~。


「ご馳走さまでした。昴ありがとう。」

「お粗末様。さて、調子はどうだい?まあ良くは無いわな。取り敢えず一週間はこのまま寝ときな。一応闇医者だけど、腕は確かだから合併症は無い筈。もしなったらそんときゃそんときで。」


 昴は笑いながらそう言う。俺には笑えない話なんだが。しかし一週間もこのままか。手術をしたんだ、仕方無いと言えば仕方無いが、それは退屈だ。そう思っていると昴が袋の中から本を取り出した。それは歴史書であり、俺がこの時代に来るまでの間、何があったか読んで勉強しろということらしい。これは助かる。

 昴も何かと忙しいらしくこの建物の説明を一頻り済ませると何処かへ行ってしまった。

 ふむ、では読むとしよう。読んでからは衝撃が幾度も脳を襲った。確かに日本は敗れている。しかし、植民地にはならず、復興、経済成長、オリンピックと俄には信じられない事の進みようだ。磨り減るかの様に読み返すが、読み間違いでは無い。戦争とは何だったんだろうな。いや、後世への教訓とはなるか。はは、虚しいな。

 床に就いて考えを巡らせた。何をしようかと。もう自由に生きれば良いのだが、ふとそれが目の前に来ると分からなくなるものだな。歴史の中の生き証人として本を書くか。しかし、こんな若僧の話は作り話と取られるかもしれん。その前に学の無い俺に本など書けんな。力仕事の方が性に合ってる。土工など良いかもな。働き、金を得て、生きる。それができれば取り敢えずは良い。

 一週間が過ぎ、ここを去る事となった。荷物を整理し、出立の準備をする。とは言え物は、服一着、書類と二百万の現金、後は昴から受け取ったリュックと少しの食料だけだ。


「昴世話になった。またいずれ礼を返す。」

「別にいいさ。俺もあんたの肝臓で儲けさせてもらったんだ。それより、本当に一人で大丈夫かい?」

「正直不安だが何とかする。」

「そうかい。じゃ頑張りな。」


 手を振り昴と別れを告げる。鈍りきった体を動かし外に出ると久し振りに外の空気を感じた。じめじめとした暑さに少し気を持っていかれるが、路地から通りに出る。目の眩みそうな陽気が差し込み、手で遮りながら目を慣らし見るその光景は少々足が竦みそうになるが、一歩一歩踏み出す。今日からこの時代で自分の力で生きて行くんだと。

 勇んで歩いてみたものの、行くべき所は大方昴に聞いている。まだ自分一人では難しい所があるな。

 まずは百円ショップなるもの。何でも全ての商品が百円らしいが、百円でも多くの物があるのだな。そこで印鑑と文房具を揃える。

 次に不動産屋。昴の紹介で一つ教えてもらったのだが、そこは綺麗な高層の建物であり、俺の予算が足りるのか不安になる。だが、そこは昴も分かっての事、信じよう。中に入るとまずは上の階に上がる。五階建ての三階に位置し、名を『まごころ不動産』と言うその店は洒落た内装をしていた。入口で立ち止まっていると受付の女がこちらに気付きにっこりと笑う顔を見せ声をかけてきた。


「いらっしゃいませ、お客様対応させて頂きますのでこちらへどうぞ。」


 女の指示した席に座る。


「お客様はどの様な物件をお探しですか?」

「ああ、すまない。昴の紹介で来たのだが・・・。」


 そう口にすると店内が一瞬固まる。何かまずいのだろうか、俺は昴に言われた通り、奴の紹介で来たと伝えただけなのだが。


「ししし失礼しました。秋川様のお知り合いの方ですね、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「桂右京だ。」

「すみません、少し席を外させて頂いても構いませんか?」

「ああ。」


 一礼しその場を後にすると、奥の方で上司と見える男と話し、その後電話をしている様子が見える。電話中、ビクッと体を震わせた後、誰も居ない場所に何度も必死に礼をしていた。そして帰ってくると、女の対応が一際丁寧になった。何を話していたのだろうか。

 安くて、直ぐに住めそうな場所を聞く。すると、月二万円で風呂、便所、台所に洋室が三つある所を勧められた。今の時代は安い所でこんな感じなのか。取り敢えずどんな物かを見たいと伝えると、女は直ぐ様用意をし、車で俺を連れていってくれた。そこは高層の建物の十階に位置し、見晴らしも良く内装も綺麗で広い。これは良いと俺は即決した。手続きの為に店に戻り、書類を書き判を押す。明日には住める様にしてくれるらしい。

 次に向かうのは役所。ここでは住所変更の手続きをする。偽造した書類を基に手続きをするのは些かおかしなものではあったが難なく進んだ。

 それから銀行口座を作ったり、電気、水道の手続きをしたりと動き回った。これも鈍った体には丁度良い。

 さて、今日の宿だが昴から聞いたインターネットカフェなるものに行ってみた。寒さを感じる店内は自由に本が読め、飲み物も飲み放題だと言う。個室の席を間借りし、眠りに就いた。

 翌日、指定の時間にまた不動産屋へ行くと、昨日対応してくれた女が緊張が隠しきれていない笑みを見せた。昴は一体何をしたんだ。今日も女の車で昨日の部屋へ行く。鍵を手渡され漸く住み処を手に入れる事ができた。我が城と言う所か、うん良いな。女は一頻り説明を済ませるとそそくさと帰って行く。

 その後は生活道具を買う為、百均ショップやホームセンターなるものを往復した。部屋には布団に机と座布団など多少彩りが付き、足にと自転車も買い駐輪場へ置いている。

 後は、仕事だな。これもまた昴に聞いたのだが土木作業の仕事場を教えて貰った。そこでもまた昴の紹介だと伝えると事がどんどん進み、親方と呼ばれる男から「明日から来い。」と言われた。採用の様だな。

 とこんな具合に順調に事が進んだ。これも偏に昴のお陰だな。いや、渡辺にも助けてもらったな。金を稼いだら二人に礼をしよう。

 それから一ヶ月が過ぎ、暮らしは軌道に乗った。親方の世話になりながら汗を流し、部屋では飯を食って寝る毎日だが、この時代での生活にも慣れたと思う。余裕も少し出始め、家具を揃えたり、図書館に出向き勉強をしたりしている。

 そして遂に我が家にテレビがやって来た。初めて見たときから常々欲しいと思っていたが、漸く手を出したのだ。これにより静かな部屋が賑やかになることだろう。

 電源を入れ、その画面の映像をただただ興奮して見ていた。しかしそれも慣れると見ていて少し疑問に浮かぶ事がある。それは国会の様子を映したものだ。国会議員だと言う者達はこぞって誰かの批判をしている。国会とは国をどうするか決める場では無いのか?何故人を蹴落とす様な事ばかりするのだろう。俺の頭が悪いのか良く分からん。

 そんなとき、部屋に電子音が鳴り響く。誰かが来た様だ。壁に付いている画面には昴の姿があった。俺は直ぐ様玄関に行く。


「よう、元気してるかい?」

「ああ、お陰様で生活も軌道に乗った所だ。」

「それは良かった。酒持って来たから飲もうや。」


 そう言って昴は袋を手渡してきた。中にはビールに芋焼酎、それからつまみが幾つか入っている。昴を部屋に招き入れ、酒を交わした。


「ぷはー、やっぱりビールはうめぇ。取り敢えず生きてる様で良かったぜ。」

「いや、俺一人では本当に死んでいたかもしれない。助けてくれてありがとう。何か礼をしたいんだが。」

「礼ね、う~ん、そうだな。あ、あんたアレどう思う。」


 昴はテレビを指差してそう言う。


「国会のことか?」


 昴はゆっくりと頷く。


「そうだな、正直批判ばかりはどうかと思う。もっと国を良くする方向に動いて欲しい。」

「だよな。実はあの批判してる議員、外国のスパイなんだぜ。そんでもって、日本を落とそうとしている。」


 何を言ってるんだ?スパイ?日本を落とす?良く分からないので昴に詳しく聞いてみた。

 すると、衝撃の答えが返ってきた。日本が戦争に負けた後、戦時中に植民地にした国がその恨みを晴らすために今攻撃を仕掛けて来てると。

 何故そんな事になってるのか。それは戦争に敗れた後、勝った国が日本の反抗心を悉く潰したこと。今の世代は平和に溺れてしまったこと。この二つにあるらしい。

 何故交戦しないか。それは既にかなり奥深くまで手が及んでおり、国民も洗脳されていっているかららしい。

 どういうことだ。この平和とは仮初めなのか?俺達の戦いは何だったんだ。結局は負けて終わって、意味の無い、寧ろより酷い結果が残ったのか。くそ!


「そこでなんだが、日本を取り戻す為にあんたに協力して欲しい。」

「協力って何をするんだ?」

「そうだな、今俺がやってるのは海外マフィアの侵入を防いでるのと、国内の海外と繋がりのある組織を潰すことかな。まあ、派手な喧嘩だけど、これも人手不足でさ、声かけたときに来てくれない?」


 中々に大きな話だが、どうするか。沈黙が走る。


「まあ、無理には言わねぇから。」

「いや、やらせてくれ。」

「いいのかい?」


 ゆっくり頷くと、「そう言って貰えると思ったぜ。」と肩を叩かれた。

 戦争は終わってなかった。今は日本を取り戻す為の戦い。今一度元の時代に居たときの気持ちを呼び起こす。御国の為、この命を捧ごう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ