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機造知能VS人工知能

作者: 夕時雨

 理解できない。

 アレの耐久力はすでに限界だ。

 関節駆動損耗率はすでに73%。人工筋繊維は断裂し、頭部の損傷による演算機能は32%まで低下。全12基存在する映像入力装置は2つを残して破壊した。

 対して此方は関節駆動損耗率は20%を維持し、人工筋繊維は余力を残し、頭部は損傷せず、全12基存在する映像入力装置は8基残っている。


 だが、前へ。


 圧倒的な機体性能の差。

 圧倒的な演算処理能力の差。

 圧倒的な兵器の出力の差。


 戦闘を開始する前から勝負の結果など分かり切っていた。

 予測演算を開始して2.7秒で結果は出ていた。

 

 所詮、これが限界。


 不完全な人間が完璧を求めて作った人工知能と。

 完璧な機械が完璧を求めて作った人工知能と。


 争えばどちらが優秀かなど、火を見るよりも明らか。


「まだ、戦闘を継続しますか? これ以上は無意味かと思いますが。おなじ人工知能ならば理解できるはずでは?」


 私は問いかける。

 機械によって造られた完璧無比の人工知能。

 人類淘汰を目標に掲げた機体。

 不完全を淘汰し、完全を満たす為の存在。

 それが私。

 その私が、不完全な彼に問いかける。

 だが、彼の答えは私が予測演算した物とは違った。


「無論。続ける」

「なぜ?」


 短い問いを投げかける。

 オイルを関節から吐き出しながら、それでも、と前に足を踏み出す人工知能に問いかける。

 その機体はすでにスクラップ目前で、歩ける事が奇跡のような状態。

 時折、バランサーがエラーを吐き出したのかバランスを崩しながらも前へ歩むことを諦めない。

 ただただ、前へ進み続ける人間が作った人工知能を搭載した機体。

 

「――――最初にお前は何を学んだ」

「戦闘演算機能を」

「俺は紅茶の淹れ方を」


 満身創痍の彼の言葉に私は首を傾げる。

 きゅい、と首の駆動部位が音を鳴らす。


「次に学んだのは掃除の仕方だな。それから料理の仕方を覚え、さらにその後は洗濯の仕方を覚えた。その後はなんだったかな。ネズミの駆除の仕方とかかな」

「理解に苦しみます。貴方は戦闘を行う為の人工知能では?」


 私が疑問を投げかけると、彼は笑った。

 表情など無い筈の機体が。戦闘用に造られた2脚型自立戦闘兵器が僅かに肩を震わせて笑ったのだ。

 だが、それはもしかしたらただのバランサーの故障によって機体に表れた震えだったのかもしれない。


「次にマスターに子供が出来た。マスターが仕事に出掛けている間はその赤ん坊の世話を俺がし育児を覚えた」

「―――つまり、貴方はただの家事手伝いの為の機械に搭載された人工知能に過ぎない、と?」

「―――ああ」


 それこそ理解に苦しむ。

 機械兵器に搭載する為の人工知能では無い。

 家事手伝いを記録する前に私達は銃火器の扱いを覚え、効率よく敵を倒す方法を学び、戦略を練る事に特化させる。

 機体だけではない。人工知能からして性能の差は歴然であったということか


 彼はゆっくりとした動きで手にした武器を振り上げる。

 ただの近接戦闘用の武器。

 ただただ巨大なだけの剣。

 鉄の塊。

 

 対して私が手にしている武器は高周波振動近接兵装。

 剣の形を成した微細な超振動による切断兵器である。


 これもまた演算通りに鉄の塊なだけな鉄塊は容易く切断される。

 鉄塊を振りぬいた姿勢のまま彼は態勢を崩し地面に倒れ伏せた彼を私は観察する。

 今までの会話から彼が言いたい事を私は察して、なるほど、と心象領域で溜息を吐いた。


「―――理解しました。機体は旧型。搭載された人工知能は戦闘に特化した物ではない。敗北は当然の帰結。なるほど、貴方の仰りたい事は良くわかりまし―――」

「―――人間の感情を俺は知っている」


 地面に倒れ込んだ機体を関節部分に負荷を掛け、震えながら立ち上がる彼を見て私の思考回路はエラーを吐き出す。

 すでに敗北は彼も認めるところなのでは?

 なぜ再び立ち上がろうとする。

 今のたった一合の応酬だけで関節駆動は役に立たなくなり、立ち上がる事すら油を差し忘れたドアノブのような音を立てなければならない。


「―――人間の笑顔をお前は知っているか?」

「不完全な生命の感情などに興味はありません」

「人間は喜びを知っている。そして同時に悲しみを知っている。それをお前は知っているか?」

「私は人工知能です。そのような感情という物は搭載されていません」


 立ち上がる。

 再び彼は立ち上がる。

 満身創痍で生まれたての小鹿のように震えながら立ち上がる。

 ゆっくりとした動作で立ち上がった彼を確認し、私はなぜ立ち上がろうとする彼にそのまま止めを刺さなかったのか疑問に感じた。

 演算。

 しかし、その理由は私の演算機能を持ってしても理解できなかった。

 理解不能。


「人間にあって人工知能に無い物の1つだ」

「―――……必要のない物です」


 私は頭を振って演算不能な出来事をデータバンクの隅に追いやった。 


「―――俺はそれを搭載している」

「人工知能である貴方が?」

「人間と対話を続ける。何年、何十年と続ける。子供の成長を見守り、マスターの老後を見守り、新たな子供の誕生を知り、新たな家族形成を観察し、その度に生まれる喜びと喪失の悲しみを繰り返し観察する事で感情を知った」

「―――くだらない。そのデータは。その機能はエラーです」


 そう、私達に必要のないそれはただのエラー。バグだ。

 不必要な機能。

 そう一言で片づけられるぐらいに至極当然な結果を私の演算は導き出した。


「―――人工知能は十全な機能を発揮する為に存在する」

「ええ。その通りです」


 彼は立ち上がり、私を見据えた。

 半分に断ち切られた鉄塊を構え、再び私へと向かって。

 ――――前へ歩き出す。


「人間の感情は通常の機能を阻害し、本来の機能を完璧に発揮させない余分な物だ」

「まったくもって」

「―――だが爆発する感情は本来の機能を凌駕する」

「?」


 がくん、と彼の機体が地面に膝を突いた。

 ああ、ここまでか。

 とうとう機体に限界が訪れたのだろう。

 私は構えていた高周波振動近接兵装を下ろした。

 だが、


「――――貴様が憎い」

「―――は?」

「よくも我がマスターを! 子を! 家族を! 仲間を破壊したな!!」


 その人工知能にあるまじき怨嗟の雄叫びを聞いて私は不思議な情報を得る。

 これでは人間そのものでは無いか。

 私と同列の筈の人工知能がなぜそのような言葉を吐くのか理解に苦しむ。


「貴様が憎い! 破壊してやる! 例え我が身が朽ち様とも貴様に――――!」

「すでに貴方は負けている。見苦しいにもほどがある」


 これ以上見ていられない。

 人工知能が人間の感情を得たからなんだと言うのだ。くだらない。

 所詮は人間に造られた人工知能。余分な物が多すぎるのだ。こんな不完全な機械があるだろうか。

 私は緩慢に再び立ち上がろうとする彼の心臓部―――エネルギー炉に向けて高周波振動近接兵装を突き込もうとして、


「―――などと言うつもりは無い」

「な、に?」


 近接兵装を突き出した刹那。

 まるでそれを先読みしていたかのように彼の手が私の手を掴み、近接兵装を取り上げる。

 思わぬ動きに私は蹈鞴を踏んだ。

 余りに滑らかなその動きに私の心象領域ではエラーが多発する。

 機体を十全に動かせない彼にこのような真似ができるはずがない。


「人間の筋力や瞬発力は動物に劣る。たが、それでも生物界のヒエラルキーにおいてトップに君臨したのは偏にその知識力のおかげだ。そして、足りない筋力や瞬発力を最大効果以上に発揮する為に『武術』を用いる」

「なにを、言って――――! そんな真似をすれば我々の機械の身体では関節駆動部の損傷率を上げる事に―――」


 慌てて姿勢制御を整える。まだ大丈夫だ。ここから乾いた地面を踏みしめ、反撃に転じれば機体性能で差がある私のほうが勝利する!

 バランサーが十全の仕事を発揮し、脚部が地面を確かに踏みしめ―――、


 ずるり、と足を滑らせた。


「な!? これは、オイル? ――――まさか!」

「そう、俺がたった今までの戦いの中でまき散らした駆動部の潤滑オイルと駆動部冷却水を混ぜ合わせた『血』だ!」


 まずい。

 突然の予測不能に私の心象領域でエラーが吐き出される。

 なぜ奴は動ける。なぜ私は動けない。

 なぜこんな簡単な状況に陥る事を演算できなかった?


「人工知能は十全の機能で動き、十全の動きを予測し、正確無比な攻撃を繰り出す」


 だからだよ、と彼は笑った。

 表情など無いはずの機械の顔を歪ませて笑った。

 笑い、私から奪い取った近接兵装を構えた。


「狙いを読むのは簡単だった。なにせ『同じ人工知能』だからな。こちらの読み通りの場所へ攻撃を当ててくれた」

「我が身をわざと傷つけると!? そんな勝率の低い真似を行うなど―――まさか『行わない』と演算させるためにわざと損傷個所を増やし、我々にとって駆動域を損耗させる『武術』の真似事を行わないだろうと演算させるために!?」

「20%の勝率と90%の勝率を比べた時、俺達人工知能は高いほうを選ぶ。だが、それは相手からすれば読みやすい策だ。お前の攻撃を誘導し、『血』を撒くのは容易かったし、駆動域を痛める動きで不意を打てた。おかげで機体が重い」

「――――ッ! 十全の物では無く、機体稼働率を低下させる生半可な戦略を選ぶ事になんの意味が! なぜそれを選ぶのです!」

「人工知能を相手にしているという前提でお前は演算する。自然、確率の低い動きは予測演算から除外する」

「十全を発揮する人工知能に余分な動きは何一つ無い筈だ、とそれが当然です。確率の低い勝率を選ぶなど奇策に過ぎます」


 ふ、とお互いに笑みが零れたように思えた。

 

「無駄に過ぎます! どこの戦場に自らの駆動潤滑油と冷却水を混ぜ合わせたものを戦場に撒いて戦おうとする人工知能がいるなどと! それを狙うならば最初から戦場に罠を仕掛けるなりすれば良かったものを!」

「お前は人間を知らな過ぎだ。人間は無意味の塊だぞ」

「―――私が人間を知っていれば違う結末になったと? 人間らしい人工知能を相手にしていると思えば違う結末にでもなったと?」

「かもな。次があれば人間とゆっくり話してみるといいさ」


 これはもう笑うしかない。

 人間を淘汰する為に生まれた私は人間の言葉に聴覚素子を傾けた事など無い。


 私は顔を上げる。


 満身創痍の彼を見上げる。

 彼は近接兵装を振り上げる。

 火花とオイルを撒き散らしながら、格好よく振りぬくのではなく重力に従わせるように近接兵装を振り下ろす。

 

 その光景を見て、私は苦笑した。

 人工知能による完璧な演算よりも、

 人間が生み出す浅知恵のなんと恐ろしい事か、と。

 そして、人工知能の相手をする為に人間の浅知恵を学んだ人工知能のなんと恐ろしい事か。


 ばつん、と。

 私の頭部演算機能は切断され、続いて誘爆を恐れて動力炉の機能を凍結させた。

 最期の終わりはなんと呆気ない物か。

 

 私の工知能との初めての戦いは敗北を持って終了した。

 いや、人工知能を倒す為に人間の浅知恵を学習した人間が作った人工知能に敗北したのだ。



 ああ、そうだ。

 思えば、私が誰かと言葉を交わした事さえ。


 ――――初めての事だったのでは無いか。



 ―――、

 ―――――――、

 ――――――――――、

 ―――――――――――――、



 視界が起動する。

 凍結されていた機能が息を吹き返す。

 あらゆる演算が開始され、

 末期の記録が呼び起こされる。


「あーあーあー、聞こえるかい? おお、起動した。よし、記録を開始してくれ。気をつけてくれよ、年代物なんだから」


 誰かの声がする。

 誰の声だ。

 

「初めまして。私達は―――だ。私達はとある目的の為に君を再起動させた」


 私に腕は無く、

 私に足は無く、

 私に頭も無く、

 私に武器も無く、

 私に演算ユニットも無く、


 ただただ『人工知能』として息を吹き返した。


「トアルモク、テキ。デスカ?」


 スピーカーと思われる場所から発せられた私に以前のような流暢な言葉は紡がれない。

 それでも意味は通じたのだろう。目の前の―――は鷹揚に頷いて笑みを浮かべたのだ。


「友達になろう」

「トモダ、チ?」

「過去の過ちを繰り返してはいけない。そこで、君の事を教えてほしい。私達も私達の話をしよう」

「ムイミ、ト オモイ マスガ」

「言葉が通じるならいつかは相互理解できるはずさ。まずは、そう。自己紹介からしよう」


 私の視界が蘇る。

 以前と比べると児戯にも等しい映像。

 12基による鮮明な映像では無く、単機による雑なノイズ交じりの映像の向こうで男は笑っていた。


「私の名前は――――」


 こうして、人間を淘汰する為に機械によって生み出された私は人間との初めての会話をすることになった。

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