土下座から始まる
冒頭に大変聞き苦しいばかりだが、
部長が土下座してた。
何を言ってるか分からないと思うかもしれないが、
一行でまとめるなら、
部室に入ると、部長が土下座してた。
有名な小説の冒頭になぞるのなら、
ドアを抜けると、そこは土下座であった。
って全く意味が分からないな。
風情もクソもあったものでは無い情景だが、
それを感じているのは私だけでは無いようだ。
部室にはサークルメンバーの犬ねこ、小十郎ちゃんもいた。
彼女たちも、一様に困惑の表情を浮かべている。
あぁ、きっと、
不祥事が起きて社長が記者会見で土下座しているのを、
テレビで見ている同社社員ってこんな気分なんだろうな。
「で、どうしたの?」
私は沈黙を破り、部員達に状況説明を乞う。
部長に呼ばれ、部室に顔を出しただけの私には同然過ぎる疑問だ。
「あ、ミコさん、それが私達も分からなくて……。
さくら先輩が、部室に来るなりおもむろにその……。
頭を下げられて」
と、小十郎ちゃんは答える。
『さくら』とは部長のペンネームだ。
ウチのサークルは、オタサークルよろしく、
ペンネームで呼び合う風習がある。
『犬ねこ』や『小十郎』、『ミコ』もペンネームだ。
にしても、土下座を頭を下げると言い回すには、
かなりオブラート過ぎる気もする。
それが後輩である小十郎ちゃんなりの配慮なのだろう。
物は言いようだ。
小十郎ちゃんの言うように、
副部長の犬ねこですら、事態は把握していないようで、
沈黙を守っている。
それとも、ただ単に部長の土下座に引いているのかもしれない。
「で、さくら、何があったの?」
「ごめんなさい」
さくらは自分の頭を床につけながら謝るばかり。
「ごめんなさい、じゃ無いでしょ。
ほら立って、女の子なんだから土下座なんてしちゃだめだよ」
「ミコ……」
危うく部長の頬が赤く染まりかけたが、
私はそんなに甘い人間じゃない。
「で、何があったの? って聞いてるんだけど」
「……」
さくらが再び押し黙る。
「黙ってちゃ分から無いよ、さくら。
何をやらかしたか言ってごらん。
ほら、私、怒らないから」
あぁ、我ながら菩薩のような優しい説得。
「嘘だぁ! そう言って怒らなかった人見たことないよ。
それに、やらかした前提!
……確かに、やらかしたけども」
はぁ、やっぱりやらかしたのか。
「ほら、一体何をやらかしたの」
さくらは言いずらそうに告白する。
「実は、次の一次オンリーに参加することになりました」
一次オンリーとは、一次創作だけの即売会と言うことだ。
『次の』ってことは、日にちは……。
ちょっと待って。
「それって、前にさくらが落選したって言ってたじゃないの」
「それが、別の即売会の落選通知だったみたいで……」
おいおい、マジか。
「あのーすいません、それってまずい事なのですか?」
状況が分からないらしく、小十郎ちゃんは疑問を口にする。
確かに、落選したと思っていた即売会に当選していたのだから、
本来は喜ぶべきことなのだろう。
ただ問題がある……。
「小十朗ちゃんは、この即売会って知ってる?」
後輩に優しく現状を教えようとしているのは、犬ねこだ。
さっきの土下座ショックからは立ち直ったらしい。
「毎年、この時期にやってる一次創作だけの即売会てすよね」
「そう、だけど今、ウチのサークルが売れる物が無いの」
犬ねこの言う通りだ。
現状はかなり優しくない。
「ひぇ」
小十郎ちゃんが小さな悲鳴を上げる。
ウチのサークル・「ロメオ」は、ノベルゲーム制作サークルだ。
ノベルゲームでピンとこない人は、
「ギャルゲ」か「エロゲ」で通じるだろう。
現役メンバーの4人で細々とゲームを作り、
即売会でゲームを売るのが主な活動だ。
前回の即売会で、たまたま数が少なかったゲームの在庫が無くなり、
今は売るゲームが無いのが現状だ。
「じゃあ、どうするんですか?
このままだとイベントで何も売れませんよ」
小十郎ちゃんの言う通りだ。
このままでは、イベント会場でパイプ椅子に座っているだけの、
ただの案山子だ。
「それを話し合うために部員を集めたって事?」
私は、さくらに質問する。
「うん、どうしたらいいか聞きたくて」
どうしたらって。
「どうしようもないねぇ」
「こら、ミコ」
おっと、犬ねこに怒られてしまったな。
「ごめんごめん、つい本音が」
「良いよ良いよって、本音なの?!」
私のいじりに、さくらは更に落ち込む。
「どうしよう私、サークルを危機的状況しちゃった」
何を言ってるの、さくら。
サークル部員が4人の時点で元から危機的状況だよ。
諦めなよ、もう試合終了だよ。
「あ、あの……」
「どうしたの小十郎ちゃん?」
「今作ってるゲームを、急いで完成させる方向じゃダメですかね?」
「ダメだね、あれ二次創作だし」
ロメオが絶賛製作中の
「ロリコンがバーサーカーに転生して、イリアちゃんが死なないように平和交渉する話」
は思いっきり2次創作作品だ。
例え、完成させたとしても一次創作オンリーの原則では売ってはいけない。
「何より、時間が無いからね。どうしたものやら」
流石に犬ねこも打つ手が無いようだ。
「そんなに、近いんですか? 一次オンリー」
小十郎ちゃんの思っているより数倍近いよ。
「げ、月末」
さくらが震えながら答える。
「来月末ですか?! あと一ヶ月しか無いじゃないですか」
「こここ、今月末です」
さくらが身震いしながら答える。
さぁ、みんな今日の日付を確認しよう。
今日は29日、即売会は31日。
つまり、即売会は明後日だ。
楽しみだなぁー。
「ゲロですね」
「あー、小十郎ちゃんがとうとう、お下劣な言葉を」
そんなキャラじゃないのに。
「あ、ごめんなさい。
で、でも、これじゃあ打つ手無いじゃないですか」
その通りです。
「まぁ、小十郎ちゃんの気持ちも分かるけどね……」
完全に手詰まりだ。
「でも、やっぱり何かはしないとね」
そう言ったのはさくらだ。
私達が当選した分、落選した人達もいる。
落選した人達の気持ちを考えれば、
会場で何も売らないなんてのは、もってのほかだ。
同人サークルとして、同人作家として、それはどうかと思う。
だが、実際問題、商品が無いと売り様が無い。
今から委託(落選したサークルの作品を代わりに売ること)を受け付けるには遅すぎる。
製作中のゲームを完成させても即売会では売れない。
残る手段は……。
「あ!」
「どうしたのミコ」
さくらが不安げに言う。
「アレは、何か悪だくみをしてる顔だよ」
犬ねこが茶々を入れる。失礼な奴だ。
まぁ、後はさくらの覚悟次第かな。
「ねぇ、さくら。何としても一次オンリーに出たい?」
「うん」
「それは、部長としての意見?」
「も、勿論」
「ん? 今、なんでもするって」
「言ってないよ」
「ミコ、一体何をするつもり?」
「部長よくぞ聞いてくれた。
名付けて『24時間企画』
明日の1日中に、新しくゲームを1から作る」
読者の皆様は、ノベルゲームの製作期間がどれくらいかご存知だろうか。
短ければ3、4ヶ月。長ければ1、2年だ。
そう、つまり何が言いたいかと言うと、
ノベルゲームは1日で作るようなものでは無いと言うことだ。
なんで、こんな素人でも分かりそうな事を、
わざわざ言っているのかと言うと、
私達は、今から、1日で、ゲームを作ろうと言ってるからだ。
そう、無茶で、無謀な事だ。
「無理ですよ、そんな1日でゲームを作ろうだなんて」
「そうだ、小十郎ちゃん。君は至極まっとうな事を言っている。
だが、過去のロメオの先輩方は1時間でゲームを作った事がある。
そして、1日は24時間ある。
つまり、1日でゲームは作れる」
おぉ、なんと見事な三段論法。
さすが私、天才か。
「そんなの無茶苦茶だよ」
さくらが尻込みする。
だが、手段はこれしかない。
何とか全員を説得しないと。
「考えてもみて、さくら。
シナリオは4時間あれば10KB(約5000字)書ける。
つまり、20時間あれば50KB書ける」
シナリオ部署のさくらは反論する。
「無理だよ、それは論理値であって……」
「黙れ! 小僧!」
「ひぇ」
次は犬ねこだ。
「立ち絵は6時間で1枚は余裕。
18時間あれば3キャラで行ける」
グラフィック部署の犬ねこが反論する。
「そ、それは私が言った言葉」
「まさか、出来ないとは言わないよね」
「ぐぬぬ」
後はサウンド部署の小十郎ちゃんだけか。
「5時間あれば1曲作れる。
つまり20時間あれば4曲。残り4時間でSE(効果音)を集める」
「私、そんな事は言ってませんよ」
「過去のサウンド部署の先輩のお言葉だ」
「ななんだってー」
よし、これで大方説得できたでしょう。
「システムとUI、その他もろもろは私が何とかする。
これでどう?」
少し飛ばし過ぎただろうか。
だけど、少し面白くなってきた。
確かに、過去にロメオの先輩方が1時間でゲームを作ったのは事実だ。
だが、現役メンバーはそんな短期間にゲームを作ったことは無い。
本当に完成するかどうかは、誰だってわからない。
「さぁ、決めて。
ゲームを作るのか? 作らないのか?」
かくして、「24時間企画」は発足したのだった。