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金魚

作者: BMCdual

暗号MONA小説賞第1回応募作品です。小説家になろう自体初投稿の為至らぬ点もあるかとは思いますが何卒よろしくお願いします。

都会の喧騒の中に身を投じると、時折自分の存在が揺らぐ。それは錯覚のようなそういう感覚ではなく、本当の意味で自身の存在が揺らいでいる。そう思ったのは私が物心付いた後、小学生の頃だ。

人と人が行き交う交差点。その中心で私はふと立ち止まる。するとそれはまるで海の波に漂う浮遊感のように始まる。

私は昔からこの感覚が怖かった。だから一度もその揺らぎの先を見ようと思ったことは無い。興味はあったが昔からやや物事に冷めた性格だった私はこれは生まれつきの精神的な病の類だと、そういうものだと考えていた。これはただの目眩であり人混みの中にいるとストレスや緊張から突発的に発症してしまう、そういう類の個人が抱える心の病は程度が違えど必ずあるものだと、そう自分に言い聞かせていた。

「……」

今私の目の前には多くの人が行き交う交差点がある。そこを通る人々は様々だ。

未来を見つめるように顔を上げ、真っ直ぐ前を向いて進む人。隣にいる友達と会話し、楽しげに話す人。眉間に皺を寄せ険しい顔つきで人を押しのけ歩く人。人に押しのけられていまにも倒れそうにすら見える気弱な人。俯いて携帯を見ながら歩く人。

多くの人が行き交う交差点の中に私は足を運んだ。そしてその流れの中心で立ち止まる。

私はその日、初めて揺らぎの向こうへと落ちてみることにしたのだ。


◆ ◆ ◆


「……お母さん」

理不尽ではないだろうか、これはあまりにも

「……お父さん」

世の中何十億と人がいる中でなぜ私に

「……」

誰のせいでこうなった、いったい誰がこんな事を

「……あぁ」

それが誰のせいでもない時、どうすればいいのか私は知らない。


◆ ◆ ◆


「……」

私は目を覚ました。

いつからこうしていたのだろう。何故だかすごく長い間眠っていた気がしたが、こうして目を開くと私はただ立っていた。

あの瞬間からそこまで時間は経っていなかったのかもしれない。

しかし妙なことに気づく。人が一人もいないのだ。

「私は確か」

人通りの多い交差点にいたはずだ。しかし人はおらずそこは一切の音のない静寂に包まれていた。

そして、代わりに周囲は濃い霧のようなもので辺りが覆われていた。

霧なんてさっきまでは無かった。そう思いつつ辺りを見回し始める。するとその霧は徐々に晴れて来ていることがわかった。そして霧が晴れるにつれ周囲の様子が見えてくるとそこは自分がさっきまで立っていた交差点であることがわかり、人もいると分かった。

「……」

何かが起こったわけではなかった。きっと霧も自分が見た幻覚のようなものでやはり私の今までの体験は何らかの体、精神の不調だった。

そう確信する直前、それは霧が晴れた時のことだ。私は目の前の光景に目を疑った。そこにいた人々は人ではなかった。人のような姿をした半透明な黒色の影がただゆっくりと私の前を通っていったのだ。それは例えるなら、夕暮れの影法師のような長くゆらゆらと揺れる不安定な存在で、それが私の周りをただ何をすることもなく漂っていた。

「ーー!」

それを見た私の反応は至極当然といえばその通りだろう。悲鳴を上げた。その寸前に口を抑え漏れる声を留めたが、それでも留めきれない私の声が周囲にこだまする。

しかし、周囲の影は私に目もくれずただ歩いている。

その一点においてはある意味こちらに目もくれず歩く交差点を行き交う人々と同じだった。

そして驚いたのはそれだけでは無かった。交差点の周りの風景が一変していた。そこは先程まで夕暮れ時だった筈だが、既に日は沈み周囲のビルや街灯は煌々と明かりをともし、私がいた交差点の風景とは全く違う建物が立ち並んでいた。

歪で、今にも崩れそうな、まるで家と家を積み重ねたような建造物の数々、それに絡みつく蔦のように取り付けられた無数のパイプ、それは至る所からは意図的なのかそれとも故意的なのか定期的に蒸気のようなものを吹き出していた。

そして空。空は存在しなかった。私を包んでいた霧のようなもので空の多くは覆われていたがそこには先程の建物がまるで天から生えるように建てられていた。その建物の一部は地上の歪なビルと繋がり天と地を繋げる架け橋となってている。

気が動転していた。いよいよ頭はおかしくなったらしい。これは間違いなく幻覚だ。

私がそう思い振り向くと私の視界に白い煙が立ち込め覆った。甲高い、水道を一度に捻ったような唸る様な音が私の耳の鼓膜を震わす。私はその時圧倒された幻覚の中で初めて足を動かし、その煙から逃れるように数歩後ろへと下がった。見ると私の背中から数メートル離れた先から、歪なビルに巻き付くパイプの一部が蒸気のようなものを吹き出していた。

「なにっ……これ」

その蒸気は加湿器から出る煙程度の熱さを持っていた。匂いは土と鉄を混ぜたような、ちょうど地下鉄内の匂いを濃密にしたようなそんな匂いだった。

そしてその蒸気は周囲を霧のように覆ったがやがて先程の霧の様に周囲に馴染んで消えてた。

私はまた、自分の周囲を見る。そこには変わらず不可思議な世界が広がっていた。


◆ ◆ ◆


既にどれぐらいの時間が経っただろう。体感では一時間、いや二時間位だろうか。携帯の電源は何故かつかなくなり、腕時計を常備していなかった私はここに来て以来時間がどれほど経ったのか分からないでいた。空が建物に覆われている以上、周りの雰囲気でおおよその時間を感じ取ることも出来ず、その不可思議な世界を歩いていた。

私はこの世界の不思議さ、不気味さにパニックに陥りながらも心を落ち着かせるよう自分に言い聞かせ、まずまた揺らぐのか試した。しかし私は揺らぐことは無かった。初めの交差点でも、より影の多い所でも私は揺らぐことは無かった。影に話しかけてみても一切の反応はなく、それどころか影は私の体をすり抜けた。

その後、私は影の中に実態のある人のような姿をしたものに何度か出会った。最初出会った時、私はそれの服の裾を掴み振り向かせたがその姿に思わずこの世界で二度目の悲鳴を上げることとなった。彼らには頭がなかったのだ。代わりに巨大な時計のような形をした何かが頭から生えていた。他に出会ったそれらもラジオのようなもの塔のようなものカンテラのようなもの、様々な見た目をした頭を持つ何かがこの街には徘徊していた。

一度目に出会った時計頭のそれは私の悲鳴を聞いても一切微動だにせずそこに立ちっぱなしだった。私が驚きに固まっているとそれはまるで何事も無かったかのようにそっぽを向き、元々行こうとしていた道を進み始めた。

その後、数度出会ったそれらもまた同じような反応を繰り返すばかりで何を質問しても、何度制止を繰り返してもそれらは私に無反応だった。

「すいません! ここはどこですか!!」

私の言葉は自然と熱を帯び始め、もう何十度目かの質問を繰り返す。しかし、結果は変わらない。

繰り返される同じ結果に肩を落とす。その時、ふと疑問に思った。徘徊する彼らはいったいどこに行くのか、と。

私は今話しかけたそれを見る。頭部には潜水ヘルメットのようなものが付いていて、フロントガラスの向こうに頭部はなく水色の液体の中に赤色の液体が混ざり合わずに漂っている。服装は茶色のロングコート、内側にスーツを着ていて身長は190cmほどでこれはほかのそれらとほぼ共通の特徴だ。

それ……名前が無いのは不便と感じた私はそれを潜水メットと呼ぶことにした。

潜水メットは私に掴まれると少しの間立ち止まったが、しばらくするとまたゆっくりと歩き始める。

私はその歩く後ろに隠れることなくついて行く。何かアクションを起こさないかと淡い期待もあったがやはり全く動かなかった。

この世界に来て三時間が経過したあたりだろうか、潜水メットは相変わらずゆっくりとした歩調で歩いている。

しかし、周りの雰囲気は少しづつ変わりつつあった。先程の歪なビルに混じり中華風の赤色を基調とした木造建築が組み込まれていることが多くなり、今まで10分探して一人見つけられた潜水メットの仲間が気がつくと周りに疎らながらも見えるほど密集してきた。

歪なビルは一つ一つ独立して建っているのではなく、互いに繋がり合い、まるで一つの大きな壁のように見えることが多くなった。

そして街の至る所にやや大きい用水路のようなものが増え、そこに船が行き交っていた。

船の中には潜水メットの仲間がいて、潜水メットと同じように機械的に船を漕いでいる。

そんな風景を横目にしていた時の事だ。私は突然、何かにぶつかったのだ。

慌てて前を向くとそこには潜水メットがいた。どうやら歩くことをやめ、そこに立っているようだ。

そして潜水メットは今まで全く関心を向けていなかった筈の私の方を見る。

私はその時心臓を掴まれるような息苦しい恐怖を感じた。今の今までこの世界の不思議さに圧倒されていたが私はこれらの正体も、当然目の前の潜水メットの正体も知らないのだ。今までこちらに全く関心を示さなかったことからそういう存在なのだろうと勝手に考えていたが、これらが私に危害を加えない保証なんてないのだ。

潜水メットは数秒私を見つめると突然右手を上げる。

「ひっ……!」

私は目をつぶり思わずしゃがみ込んでしまう。

しかし、潜水メットは何もしてこない。私は恐る恐る目を開けると潜水メットは一点の方向を指差し静止していた。

私はその方向を見る。潜水メットが指差した先。そこには潜水メットの仲間が次々と入っていく建物があった。ほかのビルと同じように複数の建物を寄せ集めたような歪な形をしていたが心做しかほかのビルよりも統一感をもった見た目をした。それは周囲の壁状に寄せ集められた歪なビルが収束するように、その中心に構えられていた。

中心には大きな扉があり次々入っていく潜水メットの仲間によって常に開け放たれている。

「……行けってこと?」

私は恐る恐る潜水メットに尋ねるが潜水メットはやはり一切答えない。そして暫くするとまた再び歩き出し、ほかの仲間とともに指差したその建物へと入っていく。

私は一人残された。そして潜水メットが指をさして入っていったその建物を見る。

そして、先程の潜水メットの行動を思い出す。あれはそもそも私にした事なのだろうか、と疑問に思ったのだ。今まで、そして今も全く私に関心を示さなかった彼らがいったい何故、そしてどうしてここに来て指を指したのか……

数秒考えて、考えても答えは出るようなものでは無いと自分の中で結論づける。そもそも他に行く宛がないのだ。

私は躊躇いながらも彼らに混じりその建物の中に入った。


◆ ◆ ◆


無数の水槽が並ぶ空間。天井は高く、その天井に届きそうなほど積み上げられた大量の水槽、水槽一つ一つは小さいが地面から天井まで続く水槽の山、更にそれが何処まで続いているのか果てが見えないほど続いているのだから圧巻される。そこに泳ぐ魚はそれに合わせた小型の金魚のような魚が多く、どれも息を呑むような美しいものばかりだ。アクアリウムというものだろうか、水槽の中には数種類の観賞魚が数匹泳いでおり、水槽一つ一つにテーマがあるように感じられる。それはまるで水族館というよりも水槽の山の大きさも相まって子供の頃両親に連れて行ってもらった大型の熱帯魚ショップを思い出させる。

両親。

その時私はふとこの世界に来た時のことを思い出す。この世界に来た理由……

思えばこの世界は何なのだろうか、私はここに来る前に自暴自棄にも似た喪失感と虚無感に襲われて……

ここに来てその感情は皮肉にも消えていた。それよりもここは何なのか、どうすれば戻れるのか、考えている内に喪失感だとか虚無感は消えていた。

両脇に壁のように積み上げられた水槽の山。二つの山の間隔は10mほどで潜水メットの仲間は既にそこらかしこに歩いている。水槽の枠には外に見らた中華風の枠組みが多く、所々にある灯篭のような光源の橙色の灯りが水槽の中を照らしていた。

その中で私は見覚えのあるものを見つけた。それは水槽の前に立つ潜水メットだ。

「あの……」

私は思わず声をかけてしまった。しかし、潜水メットの反応は予想していたものではなかった。

潜水メットは無視せずこちらを向いたのだ。

私は少し驚いたが今度はしっかりと潜水メットを見つめた。

「ここはどこですか」

改めて聞く。すると潜水メットは何も言わず私に背を向け歩き出す。私が来た道とは反対の道だ。

私はまた、潜水メットのあとを追う。

10分ほど歩いた後だろうか。山のような水槽の向こう。そこには室内プールのような空間が広がっていた。プールと言ってもそれは私達が通ってきた道の先の果て、開けた空間とどこまでも続く水面がまるで海のように果てしなく広がっていたのだ。

水面は緩やかに波打ち、そこに先程の水槽の部屋で見た灯篭のようなものが浮かべられている。

「……!」

私が海を見ていた時だ。後ろから歩いてきた潜水メットの仲間の一人が私の前にでてその海へと落ちたのだ。

私は慌てて落ちた水面を見る。しかし、そこに彼は居なかった。あったのは彼の頭に付いていたテレビのような物だけでそれががゆっくりと水の底へ沈んでいく。その周りには赤や黄色の色とりどりの金魚がどこからともなく現れそのテレビの隙間へと入って行き、そして目で見えなくなるくらい深くに沈んでいく様が私の目に映った。

それは彼だけではないここに来た多くの潜水メットの仲間が次々とその水へと飛び込む同じように頭を残し水底に沈んでいく。

その光景に気を取られていた私だがそこでハッと我に返り、隣を見る。そこには潜水メットがただ立っていた。そして潜水メットもまた、一歩、また一歩進みそのプールの様な海へと進む。

「待って!」

私は思わず潜水メットの手をつかむ。何故そうしたのかはわからない。そもそもそれほどまでに彼に思い入れがある訳でもない。しかし何故か引き止めずにいられなかった。

「あなたも行くの?」

潜水メットはこちらを見る。そして浅く頷く。

「私は……どうすれば良いの?」

そう尋ねると彼は何も言わず私の頭に手を置く、不思議と安心するような暖かな温もりを感じる手だった。

そしてその直後頭から手を離すと潜水メットは海へと飛び込んだ。

水の飛沫が私の頬をかすめ水面に大きな波紋を描く。そして水の中には潜水ヘルメットのみが残りゆらゆらと沈んでいく。


◆ ◆ ◆


「この魚私絶対ちゃんと育てる!」

いつかの私の声が聞こえる。

「この宇宙服をこの子の住処にするの!」

潜水メットを持った幼い子供がそう言う。

「パパにもママにも大きくなった魚を見せて驚かせるから!」

その魚は大きくならない。

「絶対驚くから!」

驚く相手もいない。


◆ ◆ ◆


「……」

そこは私の部屋だった。私は私の部屋で寝ていた。

当然だあれが現実のはずはない。やっぱり私の幻覚か、妄想か、何らかの病か。

私はベットから転げるように降りる。

あれはきっと、悲しむ私が見た都合のいい夢なのだ。

私はいつからか空っぽになっていた水槽を見る。

懐かしい子供の頃の夢を見た気がした。



潜水メットが入った水槽には二匹の魚が泳いでいた。


この度は金魚をお読みいただきありがとうございました。

この話で少しでも多くの方の楽しみになれたのなら作者としてそれ以上の喜びはございません。

短くはありますがこれにて締めの言葉とさせて頂きます。


BMCdual

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