来世で逢いましょう
箸休めに(主に作者の)
※家紋 武範 氏による「過去の挫折企画」に参加の為の追記
この作品はNiO 氏による企画「ゴブリンキス大賞」への参加作品でした。
企画コンセプトは「ゴブリンだって恋したっていいじゃないか」ということで、ヒーロー&ヒロイン(のどちらかでも可)がゴブリンであることが条件でした。
ですので、登場人物にゴブリンがでてきます。
結構自信作でしたが一般からの評価が皆無で当時は泣いた(笑)
森を二人の男女が逃げていた。
男は騎士であった。名をガブリオという。平民生まれの彼は、たゆまぬ鍛練を重ね騎士へと至った。
女は姫であった。名をアイリーンという。末姫である彼女は、その美しさ、聡明さで寵愛を受けた。
そして運命神の巡り合わせか二人は共に恋に落ちた。一目惚れであったという。
しかし、周囲は二人が結ばれる事をよしとはしなかった。
無理もない。平民と王族である。身分が違いすぎた。
だが、二人は諦めなかった。
「例え身分違いであろうとも、なんといわれようとも、姫を慕う気持ちを消すことはできぬ」
「こんな王道な展開に、身を焦がさなくてどうするというのでしょう」
……二人は周囲に憚ることなく言葉を漏らす。
そして二人は手に手をとって野へと下った。
それを知った時の王は怒り狂い、二人に追っ手を送る。我が意にそぐわぬのならば殺せ、と。
二人は逃げた。迫り来る追っ手をかわしながら。男はかつての同僚に手をかけてでも姫を守った。
このままでは逃げきれない。二人は追っ手をまくために『魔の森』に入る決断をした。
森は恵みに溢れていて多くの民を潤していたのだが、奥深くには恐ろしい、それはとてもとても恐ろしい魔物が徘徊していた。見つかるようならばしつこく追い回し、その命を刈り取っていくために森を抜けた者はいないといわれている。
二人は賭けた。森にはいれば追っ手も諦めるのではないか。森を抜ければ二人静かに暮らせる場所があるのではないか、と。
そして賭けに勝ち、負けた。
鬱蒼と生い茂る木々の中を進む。すでに追っ手の気配はなかった。巨木のウロに身を潜ませた二人は初めての安らぎの夜を迎えた。
翌朝、歩き出した二人はやがて遥か先に光を見いだす。森を抜けられる、その思いが男の気を緩ませたのか。
男は膝に矢を受けた。
矢の出所へと目を追った二人は見た。己の倍はあるほどの大きな生き物だった。動物の皮らしき物を身体中に纏っていた。その目は鋭く二人を捉えている。
森の魔物がそこにいた。
本能で理解していた。逃げねば死ぬ。そしてそれはきっと叶わぬ事も。
あからさまな殺気を放ちながら魔物は矢をつがえる。
二人は逃げ出した。来た道を戻る様に森の奥へと。
そして冒頭へと物語は戻る。
あの後、何射か撃たれた。男は女を庇い傷を増やし、血を失っていた。
男の顔には死相が浮かんで見えた。
「アイリーン、君だけでも逃げるんだ。僕がここで食い止める」
男は笑う。女に心配をかけぬように。
「いいえ、ガブリオ。それはだめよ。二人でなければ、何のための逃避行でしょうか」
女は男の背に回した腕に力を込める。けして手放さないと男に伝えるために。
「僕は膝に矢を受けた。残念だけどもう走れないよ。だから君は早く逃げるんだ」
男は女の肩を押して引き剥がそうとする。逃がすために。生きてほしいために。
「ならば私が貴方の足になるわ。これでも力はあるのよ。貴方くらい平気だわ」
女は笑う。男を助けるために。二人で生きるために。
男は折れた。そんな笑顔をみせられては、と。女に涙を流させぬために。
二人は再び歩き出した。女は男を支え、男は女に寄り添って。
それはまるで長年つれそった夫婦の様にみえた。
だがそれも、ほんの一瞬の幻だったのかもしれない。
森の魔物の数が増えた。
そして既に囲まれているようだった。
男と女は理解した。もう逃げられないのだと。
ならば、
「ねえ、知ってる? ガブリオ」
「なんだい? アイリーン」
男と女は木を背に並んで座る。
「人は死んでも、また生まれ変わるんですって」
「輪廻転生かい?」
「ええ。今回はこんなことになっちゃったけど、次生まれ変わっても貴方と共に居たいわ」
「あぁ、そうだね。今度は身分なんて下らないモノのない場所で君と……」
女は微笑んだ。男が己の意を汲んでくれたことが嬉しかった。
男は照れていた。こんな不甲斐ない結末を迎えた自分をまた選んでくれるのかと。
「ちゃんと私を見つけてくれる?」
「もちろんさ。それに君のその手のアザがきっと教えてくれる」
男は女の手を取り、手の甲に浮かんだ特徴的なアザを愛しそうになぜた。
「君こそ、迎えにいった僕をわかってくれるかい?」
「私があなたのその目の輝きを間違えると? ひどい人ね」
女は男の手を強く握り返す。決して手放さぬように。
「そうだわ、おまじないをしましょう」
「どんなのだい?」
「二人が同じ時代、同じ場所に生まれ変われるように!」
女は己の腰ひもで握った二人の手に巻き付ける。
片手で奮闘する女を助けたのは男の手であった。
男と女、二人で繋いだその手を残った手でキツく縛り上げた。
決して手放すことがないように、また再び来世で出会えると願いを込めて。
男は笑った。
女も笑った。
そこには確かに幸せがあった。
森の魔物の気配が近づいてくる。それは二人の最後を伝えるモノで。
女がいう。
「ねえ、森の魔物に殺されるのは少しシャクじゃない?」
男が答える。
「そうだな。 それは少し面白くないな」
女は男に剣を手渡すと、その胸にその体を預ける。
「じゃあ、お願いね」
男は受け取った剣を逆手に持つと、女の背中へと手をまわす。
「愛しているよ、アイリーン」
「私も愛しているわ、ガブリオ」
男は笑う。これは別れではないのだと。
女も笑う。これは出会うための旅立ちなのだと。
「じゃあ、来世で」
「あぁ、来世で」
自然と二人は唇を交わす。
男は女の背に這わせた手に力を込める。
二人の気配を感じ取れなくなった森の魔物が見たものは、木を背に抱き合う二人。
女の右手は男の左手を握りしめ、さらに紐で離れぬようにと結ばれていた。
男の右手に握りしめられた剣は女の心臓を突き刺していた。
己の心臓と共に。まるで縫い合わせる様に。
森の魔物たちは、しばらくその場に佇んでいた。
そして、時は流れる。
「はーい。お待ちどうさま」
女は愛想よく、料理が乗った皿を熊のような大男の前に置く。
大男は切り分けた肉片を口を運び咀嚼すると、あまりの旨さに目を見開く。
「かあぁっ、相変わらずうめぇな。この町に寄ったらこれをくわにゃ損ってもんだ」
「ははは、嬉しいこと言ってくれるね。だけど、誉めてもまけないぜ?」
厨房で調理をしている男が答えた。
「分かってるさ。これをまけろというのは料理に対する冒涜だぜ、ガブリオ」
「あぁ、そうだ。どうせそれじゃ足りないんだろ。良かったら試食をしてくれないか? 感想が聞きたい」
大男は破顔する。この男が作る料理は旨いのだ。一体どんなものがでてくるか楽しみになる。
「ちょっとあなた? オーダー貯まっているんですから、喋ってばかりいないでお仕事してください」
「おっと、いけねいけね」
「おおい、ガブリオ。お前、所帯もったんか? はー、あんなべっぴんさん何処で拐ってきた?」
料理以上に驚いた大男は、先程から尻を眺めていた女を指差して訪ねる。
「人聞きの悪いこと言わないでください! ちゃんとプロポーズしてくれて嫁いできたんです!」
「仕入れ先の開拓中にな。ひとめぼれってやつさ。なあ、アイリーン。お前もだよな? こいつとはきっと前世からの繋がりがあるんじゃないかって。決めては手のアザを見たときでな。あぁ、この女は俺のだって。誰にも渡すもんかってその場で拝み倒して」
「拝み倒すっていうか…… あれは土下座っていうのよ、もう」
始まる二人の掛け合い、いやノロケか。
周囲の客からはこの馬鹿野郎、始まると長いんだぞコレ。という恨みがましい視線が大男に突き刺さる。
続くノロケに耳を傾けながら、先程頼んだ料理を食べ終わり一息つく。
前以上にいい雰囲気になったこの店の空気を感じて大男の顔に自然と笑みが溢れる。
「おっと、待たせたかな。料理法は変わらんのだが素材がちょっと特別でな」
「ほう。そんなに珍しいものか?」
「オスの方は珍しくもねえがな。メスが手に入ったんだ。今朝方持ち込まれてきてな。ちょっとクセがオスより強かったんで合挽きにしてみたんだ。番の様だったんで相乗効果がでないかなーってな」
「なんだよ、そりゃ」
男の冗談混じりの説明に大男も笑いながら突っ込んだ。
「あいよ、おまちどうさま」
出されたのはとても旨そうな香りを放っていた。
男が料理名をいう。
「番肉の【ゴブリンハンバーグ】だ!!」